九話 帝国の進撃
人間どもから鹵獲した武器を分解・解析には手こずったが、苦労の甲斐もあり、鉄砲と大砲の存在を知ることができた。
フレイムが新生魔王軍に居なければ、解析はさらに難航していただろう。
「フレイム、礼を言うぞ。 助かった」
「ありがどうございまずぅぅ! ごうえいのぎわみでずぅぅぅぅ!!!」
白狼を神のように崇める狂信者フレイムは、神からの心からの感謝を捧げられたことを命日を迎えた人間のように喜び、涙混じりけの嗚咽と共に感謝を述べた。
「白狼、フレイム、人間どもの結界が壊れる頃合いだ。 行こう」
白竜が彼らの巣へと入り、定期報告と進言をする。
鉄の槍と剣で拵えた白狼の巣に気安く出入りすることが許されるのは、新生魔王軍においてはフレイムと白竜の2体だけだ。
それ以外の魔物が入ろうものなら、簡単に消し炭にされるか、あるいは狼の糧となるであろう。
「うむ、ようやくか」
「まちくたびれましたよ!」
人間たちの最期の砦。
光の防壁に護られた最後の拠点。
その壁が今まさに崩壊を迎えているのだ。
「既に全軍に伝えてある。 今すぐに出撃可能だが、どうする? 待機させておくか?」
「その必要はないぞ我が友よ。 腹を減らした魔物が、数千年間も人を憎む者たちだぞ? 面白いことになるぞ」
ロック砦を落とした時のように、またしても乱恥気騒ぎの大祭りになるのかとフレイムは期待した。
また血飛沫や人間の踊り食いができるのかと、フレイムは心を踊らせていた。
あの戦から食事として人間を摂っていない。
魔力を蓄えるためにも肉の柔らかい人間の女子供をぺろりといきたい所だ。
魔物の軍勢は白狼の予想した通りに動いていた。
彼の命令など待たずとも、彼らは己の役割を理解している。
野蛮で獰猛、理性を持たず、自分勝手な魔物たちは待機などのような、ただ待つだけの任務など苦手なのだが、白狼という絶対的カリスマがそれを認めた。
「結界が破れた瞬間、総攻撃を始めるぞ」
涎を垂らして待ちわび、待ちくたびれて騒いでいる魔物たちの喧騒の中であってなお、白狼の声は下品に張り上げずとも、歴然とした気迫と響きを持ってこの場の全てを支配した。
お祭り騒ぎが一瞬にして、しん、と静まり返る。
と、次に大爆発を起こす。
爆音が騒音にとって変わり、地獄の鬼ような魔性たちが大喝采をあげる。
「白狼様! 我らに勝利を!」
「我らに勝利を! 勝利を! 勝利を! 勝利を! 勝利を! 勝利を! 勝利を! 勝利を!」
長い長い年月をかけて牙を抜かれ、爪を剥がされ、追い立てられ、迫害の限りを尽くされた魔物たちは、惨めにも生き延びてきた怪物たちは、復讐の完遂を目前に箍が外れたように盛り上がり続ける。
「静まれええええええええ!!!」
他の魔物よりも頭が高い位置に陣取った白狼による大渇一声。魔物たちは静まり、注目が集まる。
全員の注目が集まるのを待ってから白狼は話を進める。
「みなの者、オレを信じてよくここまで戦い、生き延びてくれた。 貴公らの活躍と血肉によりオレはかつて憎み、殺しあったこの国の心臓まで牙を突き立てることができた!
だが、まだ敵はいる。 かつての敵よりも脆弱で、弱く、そして人間の弱き力に酔いしれた無能な人間どもがな!
これより! 我らは最後の城攻めを行う!!
この光の王国を潰し、光を漆黒よりも暗き闇で塗りつぶす!
闇雲に抱かれし、闇の時代の訪れを告げる魔の物たちよ!
戦え!殺せ!喰らえ!犯せ!奪え!拐え!潰せ!
この戦は魔物たち全てが受けてきた屈辱と虐殺の日々に報いるためのものなのだ!!
さあ戦え!魔物たちよ!
さあ戦え!この白狼のために!!」
「全軍――――――突撃せよ!!!」
◇
帝国から派遣された勇者マコトが王国へ現着した際には、既に王国の障壁として機能していた光の壁も、城も砦も、全てが崩壊し、炎の渦に呑まれていた。
兵士、民間人問わず、多くの人々が火だるまとなり、燃える城塞から逃げようとして高所から飛び降りる。
地獄だ。そう思った。
その地獄の渦は狼のような獣の姿を象っており、中心で地獄の番狼を操るのは信じがたいことに、小さな子猫だった。
それは、マコトどころか幼い子供の手のひらにすら納まりそうなほど小さく、そしてか弱そうな動物だ。 マコトは猫という動物が如何に弱いものなのかを知っている。
子供時代から、勉学や修行の疲れを癒すために猫や犬を虐待して遊んでいたからだ。
彼らの絶叫はマコトの暗い心を癒すための清涼剤として、そして明日を生きるための活力となっていた。
そんな経験から、マコトは猫や犬を見下していた。
「はんっ。 たかが猫かよ。 魔力があるからって、調子乗ってんなよ」
言うや否や、マコトは剣を抜き、子猫へ切りかかる。
王国民を助けるのは後回しだ。どうせもう助から奴らの方が多いのだし、マコトはそもそも人を救うことに意義を見いだしていない。
助かりたきゃ自分で助かれ。
これがマコトの持論だった。
民間人の断末魔や命乞い、神に救いや慈悲を求める声もこの冷酷な男の心には届いていない。
勇者にすら見捨てられ、残酷な運命のもと無念のうちに果てた王国民たちは性別さえ区別できないほどに炭となり、灰となって空を漂うのみだ。
「おや?いいの? あのにんげんどもたすけないの?」
火に巻かれる人間たちを小さな爪で指差して、薄ら笑いを浮かべて尋ねるフレイム。
ハンッと鼻で笑って答えるマコト。
「助かりたきゃ勝手に助かるっての! オレの知ったことかってんだ!」
マコトの剣撃を炎狼に咥えさせた炎の剣で受け止めるフレイムは、マコトの言い分に眼を見開らざるを得なかった。
「なんとなんと!なんてにんげんなの! まものみたいだーー!」
「うるせえ!化け物が人間様を語ってんじゃねえ!!」
マコトの握る剣、イーヴィルキラーという名前の聖剣が魔力の色を宿す。 マコトの魔力の色は赤。 フレイムと同じ炎の魔法を使う勇者だ。
「おお! わたしとおんなじだー! おそろいだー!」
「死ね!!!!」
マコトが剣を振りかぶる。
「でも弱いねー?」
炎刃一閃。 推進力の原理で加速したフレイムがマコトの首をすれ違い様にはね飛ばした。
フレイムは小柄な見た目の印象通り、体重は子どもが片手で持てるほど軽い。
軽いが故に瞬間的加速力、最高速度に置いては新生魔王軍屈指の瞬発力を保持している。
「やっぱりにんげんはよわよわだね、にゃあ♪」
「でもこの人、誰だったんだろう?」
帝国が世界に誇る勇者はただ一匹の魔物すら仕留めることも出来ず、人知れずにひっそりと若い命を散らしたのだった。