八話 帝国軍の勇者
光の王国最大の都市、王都シャインシテーィが白狼率いる新生魔王軍の手に堕ちてから数日経過。
少数の残存兵力は位の高い魔法使いを筆頭に都市の一角に立て籠っていた。
この一角、緊急避難区域として指定されている区域は〝魔力炉〟という魔力を生み出す炉によって防壁を張り、立て籠るための準備がされている砦だ。
しかし、防御の要である魔力炉には問題があった。
「魔法使いよ、魔法防御は後どれほどの期間は持つ?」
砦の内部、指揮官は部下の魔法使いに問う。
魔法関連のことは専門化である魔法使いに聞くべきだ。
「残り三週間で貯蔵していた魔力を使い切ります。 生成している量ではその後は数日も持ちますまい」
炉が生成できる魔力量では、消費量に追い付かないというデメリットが生じていたのだ。
王国は何世代も前からその問題に気づいていながら放置していたツケを今になって払わされていたのだ。
残った兵士では魔王軍とは戦えない。というより、蟻のように簡単に踏み潰されて終わるだけだ。
「他の砦街からの連絡は?」
「ありました。 近い砦から増援が来るまで四週間はかかります」
「それまでは我々だけで持ちこたえるしかない、か……………」
「それでも我々にはまだ希望がありまする。 神聖帝国の勇者とその仲間ならば、数千年前の戦争で異界から現れた勇者マコトの子孫ならば、到着まで十日もかかりますまい」
◇
帝国の場内、勇者の自室。
「マコト様、御出陣の支度を!」
「わかってる。 俺様を誰だと思ってやがる?」
傲岸不遜な態度で準備を急かす兵士に威圧的に振る舞う青年。
青年の部屋はこれでもかと絢爛な装飾と家具で埋め尽くされている。国民の税を湯水のように使っている証拠だ。
「ったく、狼一匹ぐらいでなに騒いでるんだか。 俺様が今まで何匹のフェンリルを仕留めてきたと思ってやがる」
皇帝陛下の第一子、皇子マコト。
彼はかつて異世界から召喚された勇者と同じ名前と血を引き、帝国内最強の力を誇ることから増長しきっていた。
兵士の視界の横には、部屋の隅で折り重なるよう倒れている裸の少女たちが映る。
運動で火照った艶やかな肌と、荒い息遣いが兵士の劣情を煽った。
「お急ぎください。 王国内では今も新生魔王軍による虐殺が続いています」
「なにが魔王だ。 そんなやつは俺様が首にして部屋に飾ってやるさ。 今の内に調子に乗らせておけばいい」
◇
市民はこの都市を守る防御魔法を〝ライトガード(光の盾)〟と言っていたが、光の盾は木っ端魔物が相手なら、確かにそうだった。
白狼とフレイムの背中で調子に乗っていた雑魚魔物のゴブリンが盾を破ろうとして消滅したのを見てからは、誰も防壁には触ろうとしなくなった。
「むう、この牙でも裂けぬか」
砦の壁を食い破ろうとする白狼だが、牙が立たずに間抜けを晒すだけに終わった。
五千年前の戦いでは白狼の闇の牙の前には紙くずにも満たない淡い光のはずだったが眠っていた間に改良と高出力化がされていた。当然のことなのだが、やはり時代に置いていかれたような気分だ。
昔なら体当たりでもぶち破れた壁ならなおさらだ。
敵兵の大半は白狼と、彼によって封印から放たれた白竜の手で粗方は片付けられた。
僅かな生き残りの民は地下に潜り、昨日までの明るく希望に満ちた日々とはうって変わって頭の上を歩く魔物たちに足音に怯えて暮らしていた。地の底は死神の足元に他ならないのだ。
白狼と白竜の殲滅を免れた僅かな残存兵力は誇りを失わず、正気を保ったまま、果敢にも魔王軍への反抗作戦を練り、戦いの時を待っていた。
白狼、白竜ら幹部もその動向は悟っていたが、あえて無視を決め込んでいた。
フレイムは幹部同士の会話には混ぜて貰えなかった。諦めずに話に入ろうとするとガン無視された。
ならば、と足元でごろ寝して手を犬かきのように動かす渾身のあざといポーズ! これは芸術点も高い!
あざといポーズ決めたら今度は「邪魔だ」と怒った白狼に蹴っ飛ばされて壊れた家にシュートされた。不憫なり、フレイム。
「やつら、なにか武器の用意をしているらしいな。 大砲や、銃、この時代の最先端の兵器をな。ロック砦にもあった武器だ。
なにか詳しいことはわからぬか? ハクリューよ」
「すまない兄弟。 長い間封印されていたから私にもわからぬ」
「わたしたちにもぶきはありますよ! このつめときばです!」
頭にたんこぶをつけて戻ってきたフレイムが爪と牙を見せびらかす。フレイムはこの直後、「黙っていろ」と無言で蹴られた。
真に不憫なり、フレイム。
「それで、あの武器で死んだ者は何人いる?」
「およそ100人くらいです! 死んだやつぜんいん埋めてきましたよ! 作業たいへんでした!」
「なら死体を掘り返して調べたい。 頼めるか?」
「しょーちです! ………………えっ!? また掘るんですか!!??」
「そうだ。 頼んだぞ」
言うだけ言うと白狼は出ていった。 白竜も後に続く。
たった一匹、王座にポツンと取り残されたフレイムはこれからの仕事の億劫さにただ呆然としているのだった。