七話 光の王国 殲滅戦開始
城下町はもう白狼軍の支配下だ。生き残った兵士も市民もみな、魔物の腹に収まるのを待つだけの虜囚の身となっている。
戦う力が無ければ人としての誇りすら持たぬ愚鈍な人間どもが仲間や友達を売ってまで醜く生にすがる姿は滑稽であり、最高の道化だ。
ロック砦の人間とは天と地ほどの差があると言わざるをえない。
その醜い姿は魔物たちの嗜虐心をそそり、道化同士で殺しあわせ、老いた両親や幼い子供を絞めさせたりと悪逆無道の限りを尽くしていた。
道化たちも飽きたから頭からバリバリと喰われ、脳を破壊されてもなお魔法の力で意識だけはしっかりと定かなまま、魔物の異臭漂う胃袋の中で溶かされた。
その酸味の強い味は魔物には大不評だった。
魔力の炎に飲まれ、人食いの魔物たちが踊る阿鼻叫喚となった街をバッググラウンドにして白狼とフレイムは魔法使いへ迫る。
「貴様、名はなんと言う?」
「わ、わたくしは、〝リリス〟と申します」
「おい女! にんげんには〝ふぁみりーねーむ〟というモノがあると聞いたぞ! フルネームで答えろ!」
「わたくしにファミリーネームはありません。 わたくしは孤児でしたから……」
「そうか。 ならばリリス・ウィッチでいいな? 俺の部下にもリリスという吸血鬼がいるのでな。 奴とかぶるとなにかと面倒だ」
リリス。
魔王軍だった時に共に戦っていたあの女吸血鬼はいずこへ消えた?
封印された話や殺された話は聞かなんだ。どうせそのうち合流するだろうが、合流すればプライドの高いあの女のことだ。
人間ごときが同じ名前を名乗ることを許せなくてトラブルとなるだろう。名前ひとつで流血沙汰とは……魔物の心とは難儀なものだ。
「では、今よりわたくしはウィッチの姓を名乗るのですか?」
「あぁ、そうだ。 では我が第二の眷属リリス・ウィッチよ。 この光の城の地下へ案内してもらう。 我々を先導しろ」
「ハクローさまハクローさま! なにかご用件があるのでしょうか!」
「光の王国には我が半身が眠っておるのだ。 我が力と血の半身がな」
「?」
小首を傾げるフレイムだったが、白狼に黙ってついて行けば言葉の意味もすぐに分かる。
「ここが地下入口です。 ですがここに入るには魔法の鍵が必要です」
「うむ、鍵は持っているのだろうな?」
「そ、それが………」
歯切れの悪いリリスの返事に事情を察した白狼は第一の眷属に命じる。
「フレイム。解析しろ」
「りょーかいです!」
鍵を小さな肉球で弄り回し、鍵穴の中を覗いたり魔法をかけたりとせかせか動き回って色々と調査する。
ここで使われる魔法鍵について解説しよう。
魔法鍵は重要機密を守るために開発された魔法で、その魔法はある種の空間魔法として機能する。
魔法鍵がかかった扉のある部屋は、現実世界とは隔離された空間となり、外からも内からも干渉不可となる魔法だ。
扉以外からの出入りは不可能となり、転送や転移でもその部屋には跳べないし、逃げられない。
外側から部屋の扉部分以外を破壊しても室内に保管されたものには影響を与えない。
魔法のかかった扉は専用の鍵が無ければ開けられない。
内部では時間の流れが変わるため、室内に保管したものが風化することもない。
普段から飢饉に備えて非常食を蓄えておく貴族や王族もいるが、今回の部屋は話が違う。
光の王国の光の城、その地下へと続く秘密の隠し部屋だ。
住み込みで働いていたリリスの知識が無ければ見つけることは至難だったのだ。
王国人どもはご丁寧なことに、この部屋の周りの匂いや服の繊維などの痕跡を不自然にならない程度に整えていたからだ。
おまけに、地下扉がある場所は迷路のように設計された城の中でも設計上は道を知っている者で無ければ絶対にたどり着けない場所にあった。
リリスも城では重要な立ち位置にいたからこそこの場所を知ることができたのだろう。
「ハクローさま! 開きました!」
ガチャン、という金属音がして施錠が解けたことを告げる。
「よし、リリス、お前が先頭に行け」
「わ、わかりました……」
「ほら、速くいけよー」
「お、押さないでよ………」
速くもフレイムとリリスの間にヒエラルキーが形成されつつあるが、白狼は興味も無い。
「入るぞ。 扉が狭いな」
人間用に作られた扉は象以上の巨体の白狼にはとても狭い。
ミスリル合金よりも頑丈な毛皮で通路を粉砕しながら入室する。
目的のものさえ手に入れば戻ってくることはないのだから構わない。
地下は迷宮のように入り組んだ構造をしていて、城で暮らしていたリリスでさえ道を見失い迷ってしまいそうになったが、白狼は迷わずに奥へ奥へと進んでいく。そこにあるなにかに導かれるように。
レンガを踏み砕いて進む先にあるのは、紫に光る球体。
大きさは人間の心臓ほどで、脈を打っているかのように光っている。
これは魔物の心臓のようだが果たして……………。
これが白狼の目的のものなのか。
「これだ。 俺の半身。 俺の血。 俺の力。 我が古き友よ」
白狼が地に伏せて敬意を示す。それにどれほどの価値があるのかはフレイムにさえ理解の及ばないところだが、その宝玉から放たれる魔力はフレイムの持つ力を遥かに上回っていた。
心臓には魂もきちんと残っている。
フレイムの死者蘇生なら肉体を復元することは可能だ。
「再生しろ。できるか?」
「はっ! りょーかいです!」
二の句もなくフレイムは了承する。
魔の理を司るフレイムであれば、物理に反することである死者蘇生など他愛もなく簡単なことだ。
魂の残りカスから肉体の記憶を読み込んで肉体を復元。
無限地獄の底に囚われていた精神を解放し、現世に召喚して肉体へ注ぐ。
消耗した魂を回復させれば完成だ。
そして、目を覚ました生物は………………。
一頭の白い竜だった。
「久しいな、兄」
「我を甦らせたのはお前か、狼よ」
二人はお知り合いなんでしょうか?
フレイムは目の前の掛け合いに首を傾げたが、黙って見ていた。
フェンリルがドラゴンを兄と呼び、ドラゴンがフェンリルを狼と呼ぶ。
互いに兄弟と認識しておられるそうだが、なぜなのかフレイムには分からない。
フレイムはかつて家族も兄弟も捨てた身だ。
血の繋がった肉親さえも捨てるほど凄惨な経験をしたフレイムが血の繋がりに絆されることはない。彼女は血族も愛も絆も信じない。
あるのは力への渇望と忠誠だけだ。
だが、それは臆面も面に出さず、主のご家族との対面を静かに見守った。
繋がりに関しては自分が首を挟む問題ではないからだ。
「兄者よ、今、我ら魔王軍は復活を遂げた。 他の国々に囚われている兄弟姉妹たちも悠久の眠りから呼び起こし、いざ世界廃滅の任をやり遂げようぞ!」
「承知したぞ弟よ。 ならば我はダークワールドに行こう。あそこには我らの妹、【闇の王女】が眠っている。 お主はこのまま光のの王国を灰にするのだ!」
「承知した、兄者よ」
話は決まった。では行こう。
白狼は霧となって姿を眩ます。
白竜は翼を広げ、長い首をもたげると空の神へ吠えるが如く、ブレスを放つ。
地下から天の果てまで貫く魔力の奔流が満月に照らされた光の国全域を隅々まで汲まなく照らす。
魔物の侵攻に日々を脅えて暮らしている人々は、城の方角から伸びる天に届く光の柱を神の光だと口々に叫び、祈りの姿勢を捧げた。
その光が悪魔の吐息だと知るまで、人々は神に守られる安らぎを得ることができた。偽りの神に人々は踊らされていたのだった。