誰にも分からない
リズビア視点→マルクス視点になります
少し長めです
ここにきて何時間か経過してもはっきりリーマス子爵領とコーリン男爵領の問題は手詰まり状態である。
コトリ
白い手袋が現れ、花柄の装飾されたティーカップと受け皿が机に置かれる。
「ありがとうございます」
「いいえ。集中されるのもよろしいですが、お身体に障りますので休憩を挟まれてください」
「ええ、そうさせていただきます」
若い執事に促されて紅茶に口をつける。
熱中しすぎていたせいか彼がここに入ってきたのに全く気付かなかった。
彼は紅茶と一緒に軽く摘まめる軽食も持ってきてくれたようで、一口大のサンドウィッチが皿にのっている。
本来蔵書室での飲食はご法度ではあるが、彼の気遣いが行き届いているのを感じるとさすが侯爵家の執事だなと感心してしまう。もちろん公爵家の使用人もみんな凄いんだけどここまで若いのに完璧な配慮が出来るというのは中々いないと思う。
うちの場合はレットやヴィオが最年少ではあるけど2人は特別での採用―つまりリズビアの我が儘による採用でしかも孤児であったこともあり完璧を強いられる立ち位置でもあったわけで…。本当に2人には申し訳ない。
他にやりたいこととかあったかもしれないのに。
本当は話し合って選択肢を与えるべきなんだろうけど、心許した相手を手放すというのは簡単ではない。いつかは…と思うけどそれはまだ先な気がする。こんなのでいいはずがないけれど、それでも‥‥‥
「お嬢様方は熱心ですね」
「え?」
彼はシルビアの前にも軽食の皿を差し出す。その動作はとても綺麗だ。
「旦那様は明確な答えのない問いをよくお出しになられます。答えがないのに点数をつけられるという理不尽を我々使用人も何度も経験しておりますので」
閣下はそう言う問題がお好きなのかしら?
まぁ、すべてに答えがあるものなんて宰相として働いていれば少ないとは思うけど。
「中には途中で諦める者、投げ出す者もいますから。お嬢様方は幼いのに熱心に旦那様にいただいた問題に向き合ってらっしゃるなと思いまして」
「…我が家ではこのような問題を出されたことはないので新鮮なのです。それに妹とこうして一緒に何かできるというのは姉として嬉しいことですし。投げ出したり、諦めたりすることはできることをすべてやってからでも遅くないと思うので、私はやれるところまでやってみたいなと思っているだけです」
シルビアとこうして二人で一緒に何かをするというのは案外初めてかもしれない。
本を読むことや刺繍を刺すことは一緒の空間でやることはあっても別々の作業をしている。つまり一つを互いに分け合うような形ではない。結局は個人のものでしかない。
けれどこの問題はお互いが協力して本を探し、意見を交わし、一つの問題に向き合っている。
共同作業というのは初めてなのだ。だから、どんなに問題が難しくても嫌だなとか諦めたいとかよりも楽しいという気持ちが勝るのだ。
シルビアは私の言葉に驚いたあと嬉しそうにはにかむ。
その表情にまた私も嬉しくなる。
「…マルコス様もそのように楽しまれればよろしいのに」
給仕の手をわずかに止めた彼はとても悲しそうな表情とともにポツリととても小さな声を漏らす。それは本当に一瞬で瞬きの間に彼は先ほどまでの優し気な表情に戻っていた。
先程の言葉について言及したくても一瞬すぎて自分が見聞きしたものに自信がなくなり、聞くのを躊躇ってしまう。
彼は「何かあればお呼びください」と会釈して部屋を退出する。
その後ろ姿をじっと見つめる。
マルコスは閣下から出された問いを一人で解いていた。しかもこの部屋で
もしもそうだとしたら?一人でこの本の山の中助け合える人もなく答えを出すのはどんなに心細いことか
私だってシルがいるから楽しめているけれど一人だったら心折れているかもしれない。
いや、私ならエリオットやアローに聞いたりお父さまやお兄様に助言をいただきに行ったりするだろう。絶対にする。何ならレットやヴィオが本を探すのを手伝ってくれる。
そう言えばマルコスにはこの屋敷に入ってから専属の従者がいるような場面を見ていない。
彼はそれらを一人でやっているのではないだろうか?
だから、あの蔑みや敵意が向けられているとしたら?なんとなく今までの会話や態度のつじつまが合う様な合わないような。
う~ん。すべて憶測でしかないけれど可能性は高くないかしら?気のせいかな
「お姉さま?いかがなさいました?」
「うぇ?あ、何でもないよ!大丈夫!!それよりもう結構時間が経ってるからそろそろリーマス領とコーリン領の問題のまとめを書いてシャッフェクローラ領の問題に移りましょう」
「そうですね。さすがに泊まるわけにはいきませんから」
さして今まで交流もなく親しくもなかった家にいきなり泊まったりしたらどこでどんなうわさが流れることか…。社交界の噂の出どころは家主やその家族だけでなく使用人の場合もあるのだから。屋敷に関わる人間全員の口止めなんてよほどでない限り不可能である。
さて、気を取り直してペンを持ち紙に向き合う。
今ここでの解答はあくまで仮定だ。これ以上を求めるのなら1週間は時間をいただく必要があるしね。もちろん1週間でも足りないんだけど。ないよりはマシってことで交渉してみようっと。
サラサラとインクを紙の上に滑らせる。
コンコン
自室の扉がノックされる。返事もしていないのに勝手に開かれ、開いた相手を不機嫌に睨みつけるが相手は全く反応しない。慣れた手つきで紅茶と少量の菓子をテーブルに置く。
「お前はいつも許可なく入るなと言っているだろう」
「マルコス様の許可を待っていたら日がくれますから」
相手は机のまわりに散乱している本や紙をまとめていく。
「また暴れられたのですか?」
「人聞きの悪い。暴れるわけないだろう。ただむしゃくしゃして読み漁って放置していただけだ」
現にイライラして資料を片っ端から読んでは床へ置き、資料を引っ張り出して目を通してはそのまま放置しと片付けをしなかっただけである。おかげで部屋の入り口付近以外は本や書類がばらまかれた惨状になっているわけだが気にしたことではない。
「ガーナ公爵家のご令嬢はずっと蔵書室にこもりっぱなしですよ」
ガンッ
拳を窓ガラスの格子にぶつける。相手を睨めば男は飄々とした態度でなおも口を紡ぐ。
「ずっとマルコス様が退出なさってから一度も休憩を入れずに本を読まれては紙に書きだし、話し合い、答えを導こうと―」
「うるさい!!それを僕に言ってお前はなにを言いたいんだ!!」
「…」
「父上は僕の解答に不満だったからあのご令嬢に同じ問いを出したんだろう⁈」
わざわざ2年前のあの頃から俺の前でやたらとリズビア・ガーナの話を振るようになった。
めったに僕のことも誉めないあの人が興味を持ち、たまに褒める令嬢が気に入らなかった。噂を聞けば公爵家の巡りで皇太子妃として最有力候補だなんて言われているが実際はちやほやされて育った間抜けな女だと思った。実際に2年前の領地祭で出会ったあの女はアホ面を曝しながら何食わぬ顔で領地の特産を食べていた。周りの視線にも気づかず哀れだと思った。
父の見る目も落ちたものだと心底がっかりした。
なのに…あの女を褒めることは年々増えて行った。“時期王妃の目覚めがいい”やら“あの年で何と慈悲深いことか”、“国の繁栄に貢献する”そんな話を山ほど聞いた。
実の息子がどんなに頑張っても誉める言葉もねぎらいの言葉も何一つないくせに。あの女が女に生まれただけなのでこの差だ。それが何より理解に苦しんだ。
例えあの女と同じことを僕がやったとしてもあの人は他人の真似事だとしか思わないだろう。決して僕を見ようとしない。
それが悔しくて、腹立たしくて―
「旦那様は意味無き事を質問はしません。そしてその場に貴方様をお呼びになることもありません。マルコス様、旦那様の意図を察していないわけではないでしょう?」
彼―侯爵家の最年少執事であるデモーラ・ソルベは薄紫の瞳をまっすぐ向けてくる。
その瞳は僕の内側までのぞき込んでくるようで心地悪い。
「知らない。僕には父上の考えなんてこれっぽっちも理解できない。今までのことだって母上のことだって全部全部理解などできない!!」
理解などしたくない。理解してしまえばこの怒りの矛先がどこに向かえばいいのか分からなくなってしまいそうで…
そうなってしまえば僕は―
ギリッ
噛みしめた歯がぶつかり合って軋みを上げる。
「マルコスさ―」
「うるさい!!もう、出ていけ!お前に僕の気持ちなんて分かるはずない。分かってたまるか!もう放っておいてくれ」
この行為がどれほど愚かなことかデモーラに八つ当たりをしても何もならないことを分かってはいるのだ。それでも、どうか‥‥‥‥‥‥
「放っておいてくれ。頼むから」
これ以上誰かを傷つけたくもないんだ。
握りしめた拳に爪が食い込む。それでも押さえつけないとこの気持ちが爆発してしまいそうで怖いんだ。お前を責めたいわけでも八つ当たりしたいわけでもない。
ただ、ただ―
バンッ!!
「失礼仕りますわ!!マルコス様。至急、どうしても、死ぬほど嫌ですが、仕方がないのでお力添えいただきたくお迎えに上がりました!!」
部屋の扉を豪快に開け放ったのは今この場に一番来てほしくなかった僕の嫌いなリズビア・ガーナだった。
実の親が自分よりも他の子供を褒めるっていうのは実は子供にとっては結構なストレス原になるそうです。
人間の感情って難しい~
しかし、リズの空気ぶち壊す感が好きです。




