課題を解いて
執事に案内されたのは応接室だった。
「こちらで少々お待ちください」
「わかりました。ありがとうございます」
開かれた応接室に入ればパタンとドアが閉まる。
大きな窓によって外の光が存分に入り込む温かで明るい部屋には、質のいいソファーとテーブルが備え付けられていて…
「ようこそ、わざわざご足労いただきありがとうございます。シルビア様、リズビア様」
…。
「ごきげんよう、マルコス様。本日は侯爵閣下にお招きいただけ光栄ですわ」
シルビアがマルコスに挨拶を返す。
私が生み出した幻覚でもなんでもなく奴はシルビアにも認識できている本物らしい。
なぜ?早くない?
てか、ここ応接室なんですけど?どうして家の者である貴方が先にここに入っているのか全く理解できない。
本来応接質というのは来客人が先に使用人に通され、遅れてから家の者が顔を出すというものだろう。本人が先にいるというのは本人にとっての一番使用されているまたは勝手知ったる部屋であることが多い。
さてそれを踏まえてだ…なぜあの人はここに居るのだろうか。ああ頭が痛いわ。合わずに済めば御の字だと思っていたのにこんなに早く会うだなんて。最悪ね。
「ごきげんよう、マルコス様。何故こちらに?使用人の方にはここで待つようにお伺いしたのだけれど貴方様がいるということは部屋を間違ったのかしら?」
「いいえ。こちらの部屋で間違いありませんよ、リズビア様」
「…そうですか。では、失礼いたしますね」
マルコスは何食わぬ顔で対応したので一応許可を得てソファーに腰かける。
さっきので使用人の不備という線は消えマルコス本人がわざとこの場にいるということがはっきりした。もちろん何らかの理由(個人的かどうかは不明だけど)があることは分かった。
コンコン
ドアが開き侯爵閣下がお見えになる。
ソファーから立ち上がり、閣下の方を向いて淑女の礼をシルビアとともにとる。
「「ごきげんよう、侯爵閣下。本日はお招きいただき光栄です」」
「遠いところようこそおいでくださいました。リズビア様とシルビア様にお越しいただけて
よかった。しかし申し訳ないことに急用が入りまして私自ら蔵書室を案内できないので、愚息に案内させることになりますがよろしかったですか?」
「はい、マルコス様にご用事がないのでしたら」
「問題ありませんよ、シルビア嬢。俺は父上に願われることなくとも貴女をご案内したいと思っていたのですから」
「まぁ!ありがとうございます」
シルビアが嬉しそうに若干頬を染めながら笑う。
なるほどね、マルコスは閣下の代わりに蔵書を案内すると…え?それってきょうずっとこいつと一緒に行動するの??
「閣下がお忙しいのは承知の上で来訪させていただいたのですから気に病まないでください」
「ありがとうございます、リズビア様シルビア様。…実は蔵書室に向かったら考えていただこうと思っていた問題がございまして」
「問題…ですか?」
視界の端でマルコスが“問題”という言葉に反応して動きをわずかに止めるのが映る。
閣下はそれを一瞥してまた私へと視線を戻す。
その瞳は灰色でこの二人がどこまでも親子であることを証明するようだ。
「はい。シャッフェクローラ領では現在川の増水による被害が危険視されています。それからバルーウィ領では主要作物であるトウモロコシの生産量が落ち、その他の第二第三作物の生産量も年々落ちておりあと2,3年もつかどうかというところです。リーマス領とコーリン領では通行手段が限りある為、上手く商売ができないという問題もあります」
東―ゼルダ公爵家管轄・シャッフェクローラ伯爵領。大きな特徴は領地に沿うようにして流れる川。川のおかげで作物も家畜も豊富であり農業の地としても有名。また、木舟を使用した荷物運びなども観光の名所として取り上げられることもある。
同じくゼルダ公爵家管轄・バルーウィ男爵領。確かに年々作物の生産、出荷量が減少気味だったがあと2,3年もつかと言われるほど深刻だとは思っていなかった。
西―グランビア公爵家管轄・リーマス子爵領、コーリン男爵領。交通手段の限りというのがよく分からないわ。基本的に交通の手段は馬車が一般。もしくは馬。基本国内であれば船は使わないし…。しかも2領間での交通面の問題として考えられるとするなら交通料や商売に関する関税料となるが同じ管轄域内でというのは考えにくい。
「それら3つの問題に対しての最適解をお考えいただきたいのです」
閣下は面白そうに笑われる。
最適解を見つけろ…ね。しかも3つもの問題に対して。
閣下がこの問題を与えて見たいものは私が問題を解決できるかどうかではないのだろう。
「かしこまりました。出来る限りの回答を探したいとは思いますわ」
「ぜひよろしくお願いいたします。それでは私は失礼いたしますので、後は愚息にお伺いください」
「ありがとうございます」
閣下が出て行った扉を見つめた後、後を振り向き2人に声をかける。
「ということですので、さっそく案内いただいても?」
「…わかりました。こちらです」
マルコスは怪訝そうに一瞬眉をひそめた後、何事もなかったかのように私達を蔵書室に案内する。
「先ほどの課題」
隣を歩くシルビアが心配そうにこちらを見つめる。
その青はわずかに不安で揺れている。
「お受けして大丈夫ですか?」
「おそらくだけどシャッフェクローラ伯爵領の問題は一番難しいわ。だって相手が自然ですもの。リーマス子爵領とコーリン男爵領の間の交通手段を私は知らないから調べてみる必要があるけどおそらく原因となりそうなのは3つのうちのどれかになるし、バルーウィ男爵領に関しては自領内だけで解決できるかも知れないもの」
はじめにリーマス領とコーリン領の交通手段を調べて、問題点を炙り出す。
そのあとにバルーウィ領の主要作物に関する植物図鑑を調べて、土壌についての資料も探す。作物が育たない、育ちにくくなる理由として考えられるのは作物自体の病気もしくは天候、土である。我が国の天候は比較的安定しているしここ数年で大きな災害も聞いていない。となれば天候が要因として考えるのは外しても問題ないはず。
シャッフェクローラ領は川の増水と言っていた。まずは川がどれくらいの深さあるのか、その長さ、川のまわりの地形を調べて過去の川の氾濫被害を調べる必要もある。国外の事例も漁る方がいいだろうし、そう言うのに対策するのが得意な領地も探る必要がある。
今日一日で見つけるのは難しいから交渉は必要だろうけど…おそらくそれは閣下も見越しているだろうし問題ないだろう。
「お姉さまは凄いですね。あの課題からもう原因を絞るところまで考えられているなんて…」
シルビアは先ほどまでの不安げな表情から純粋な驚きの表情を見せる。
「あはは、これでも一応みんなに鍛えられてるからね~」
領地間の貿易に伴う問題点とか、作物についてとか、土地のこととか、取引のこととか。
それはもう鬼のようにノグマイン商会の幹部たちにしごかれているのだ。
書類仕事を私にさせる傍ら彼らは書類を通していろいろな知識を私に与えてくれる。
それが無駄にならずに発揮されているというのは人に言われて初めて実感するものなのかもしれないわね。
苦笑しながら返答する私をマルコスは酷く冷めた視線で見ていたことには気づかなかった。
リズビアのフラグ回収が早すぎるなって思ってます。
リズビアとマルコスって水と油?みたいな関係だなって思ってます。




