悪魔は微笑む
長めです
殿下の腕の中で動けない私を殿下は見つめながらクツクツと笑う。
腹立つ!!私の反応で楽しんでいる…
「殿下、お戯れをおやめになってくださ―」
「戯れでなければいいのか?」
「は?」
なにを言っているんだこの人は??頭大丈夫?戯れでなければいいとか屁理屈じゃない?戯れじゃなくても嫌に決まってんでしょう!!
心の中では大いに粗ぶっているが、決して表情には出さない。
ここは社交場、ここは社交場
落ち着くのよリズビア。このままでは殿下の思うままになるわよ
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
涼やかな声が私と殿下の行動を止める。
「やあ、ごきげんようシルビア。今日はおめでとう。楽しめているかな?」
「ありがとうございます。殿下のお心配りのおかげで楽しめておりますわ。…ところでお姉さまをお返しいただいてもよろしいでしょうか?」
殿下は一瞬いつもの笑みを消して、シルビアを見つめるがすぐに元に戻って私を解放する。
解放されるや否や殿下から距離をとってシルビアに近づく。
ありがとう、シル。貴女は本当に私の天使だわ!!
お姉さまは喜びに心舞い踊ってるよ!
「私から離れた途端にそんなに喜ばれるとは…リズは恥ずかしがり屋だな」
ニッコリと笑う殿下に反射で「頭とその眼は正常ですか?」って聞かなかった私はえらいと思う。これがアロー達相手なら絶対に言ってた。危ない危ない。
「殿下、お姉さまで遊ばれるのはおよしになってくださいな。人の目がある場所ですよ」
「どのように捉えられようが私に不利にはならないからかまわないのだが…」
殿下と相対するシルビアの目が細まる。
まるで非難するような視線を受けているにもかかわらず殿下は楽しそうにどこ吹く風で受け流す。
…どうしてこんなにバチバチしているのかしら?
この間2人きりでお茶会したんだよね??3人でお茶会するときの2人はこんなにバチバチしてなかったはずだけど。喧嘩でもしたのかしら?
「お姉さま、あちらでアリスたちがお待ちになっていますからどうぞ行ってきてくださいな。私は殿下と少々お話がありますので」
「わかったわ。教えてくれてありがとう、シル」
シルビアに微笑んで、アリスたちがいると言われる場所に視線を向ければ何人かの令嬢が一緒になっているようだ。
「殿下、私は少々席を外しますのがどうぞ本日はお楽しみください」
淑女の礼をとってからアリスたちの方へと向かう。
素早く動いて殿下に声をかけられないように気をつけることも忘れない。
「ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう、本日はおめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
アリスとともにいたのはダルネス嬢とフルハワーディ伯爵令嬢のようで、3人とも挨拶を返してくれる。
「ありがとうございます。ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません」
「本日の主役ですから仕方ありませんわ」
「大変お綺麗ですね。さすが主役ですわ」
「リズビア様のドレスはマリン・ビーナがすべてご用意されたんですか?」
「ええ、ビーナ様がすべて準備してくださったの。とても軽やかなドレスで大変気に入っているんです。次のパーティーからはこの型のドレスが増えると仰っていましたよ」
ダルネス嬢とフルハワーディ嬢が嬉しそうに頬を染める。
この話はまだマリン・ビーナ本人しか知らない話でもあるし、流行に目ざとい彼女達からしたら欲しくてたまらない情報の一つでもある。
「シルビアは瞳と同じ色合いの花形のヘアピンでしたが、リズのものは一つ一つの宝石は小さいのに光によって輝き方が変化するものなのですね」
アリスが興味深そうにヘアピンを見つめる。
「ええ、小さな宝石も集めて腕のいい職人の手にかかればこのような素晴らしい作品になるようです。ただ制作に時間がかかる為数量に限りが出てくると思いますよ」
「それはどちらで買えるのかしら?」
アリスが私の意図を察してくれたようだ。
「ノグマイン商会…と言いたいところなんですが、こちらはカロワインで取り扱われていますわ」
「そうなんですね、なら明日からはカロワインには予約がひっきりなしね」
「ふふ、そうね」
アリスと顔を見合わせて笑い合う。
きっとこの会話を盗み聞きしている貴婦人たちによってカロワインはヘアピンの予約で大忙しだろう。
ヘアピンのデザインは何個か既に提出済みだし、マリン・ビーナ側のデザインもある。そして職人本人のデザインもあるからそうそうデザインが似通ったりはしないだろう。
「リズは商売上手ですね。さすがその年で商会に携わるだけありますね」
「ありがとう、アリス。褒められるのは嬉しいけれど私なんてまだまだよ」
「ですが、その年でしたら十分素晴らしいと思いますよ。お父様もよく口にしていますもの」
ゼルダ公爵が私のことを…
公爵様に褒めていただけるのは光栄だわ。それだけ私のやっていることを見ている人がいるということだしね。
「先ほどは殿下とお話し中だったのですか?」
「ええ。わざわざお越しくださったみたい。挨拶はすませてあるから」
「殿下は婚約者に興味なんてないのかと思っていましたがそうでもないんですね。リズは…愛されているんですね」
「……」
それは愛されているのではないと思う。ただ殿下にとって面白い玩具なだけでそこに愛とか特別なものはない。
“愛される”ってどんなことなんだろうか
家族には愛されていると分かる。どんな我が儘も行動も全部受け止めて、心配して、褒めて、喜んでくれる。でも…それは家族だから
血のつながりがあるからこそのものなのかもしれない。
だったら男女間の“愛”って何?
今も夢でも私は殿方から愛されることなんて―
「リズ?」
「あ、ご、ごめんなさい。少しぼぉっとしてしましました」
「これだけのパーティーですものね。お疲れでしょう」
「なかなか社交場は慣れないので疲れが出てしまったのかもですね」
「リズは社交界でも大丈夫そうに見えましたがそうでもないのですね。少し意外です」
「なんでもできる方なんてほんの一握りでしょう?」
身近で思い当たるのは殿下ぐらいだけど…
♪~♬~~
ホールに流れる曲が変わった。
そろそろダンスの時間らしい。
「ダンスタイムですね。アリスはお相手がお決まりで?」
「いいえ。今日は踊る予定はないですから。それよりもリズは引く手数多でしょう?」
「あはは」
そんなに私も踊る気はないんだけどな~。
現にダンスのパートナー承諾をしたのはヒルデ様だけだし。あとはお兄さまと踊るぐらいだから2回踊れば済むはず。他の申し込みは申し訳ないけど辞退させてもらおう。
さて、ヒルデ様を探そう。他の方からお声がけいただく前に動かないと後がめんどくさい
「お話し中に失礼します、レディ。本日の麗しの華よ、良ければ私と今宵を共にしていただけませんか?」
言った傍から…
声をかけてくださったのはジック男爵家のご子息のようだ。
本来は下のものから上のものへの声かけはマナー違反だが、今日はマナーの緩いデビュタント前の子供の誕生日パーティー。無礼講であるから声をかけてきたのだろう
しかもファーストダンスに申し込みって…考えが見え透いているわね。
「お声がけありがとうございます。ですが―」
「悪いが彼女は私とファーストダンスは踊る予定なんだ。すまないね」
「「は」」「あら」「「まぁ!!」」
私達のまわりが一気に盛り上がる。
貴婦人やご令嬢は黄色い歓声を上げ、当主達は好奇の視線を送り、目の前で先ほどダンスを申し込んだジック男爵のご子息は可哀そうなぐらい顔を真っ青にしている。
アリスは淑女の礼をとった後はただただ黙ってこちらを見るだけ。
この状況を作り出した本人の方にブリキの様に固い動きで振り向けば金色の瞳と視線がぶつかり、それはそれはいい笑顔で微笑まれ、私の前で彼は片膝を地面につける。
それだけで周りのざわめきはより一層大きくなる。
この人は…
「それじゃあリズ。改めて私ウィル・ファンネルブと今宵一時の夢を共にしていただけますか?」
どうしてこうも…
「貴女と踊る栄誉を私にいただきたい」
私で遊ばれるのだろうか
ああ、胃が痛い。
殿下の方が一枚も二枚も上手です。




