侍女長の心
今回は侍女長視点のお話です。
長めになってます。
※一部残酷な描写が含まれます。
私が公爵家に仕えるようになったのは15歳の時だった。
今でも忘れない当時の侍女長がとても厳しくて奉公に来ていた私はいつも何かしらのことで泣いていたことを
そして泣いていたら執事をしていた夫となる彼が必ず現れて話を聞いてくれていたことを
今思えばなんであんな人気の来ない階段で泣いてる私を見つけられたのだろうか?
絶対偶然じゃないと思う。あの人は悪戯が好きだったから初めの一回以外は絶対分かっていて来たのだろう。
それでもあの時間は嫌いじゃなかった。
いつも話の最後に頭を撫でてくれるのが好きだった。
仕事のミスもなくなって次第に泣くこともなくなり、大きな仕事を任せてもらえるようになった時、花鏡祭で彼から告白してもらった。
もちろん答えはイエスだった。むしろそれ以外に答えなんてなくてとても幸せだった。
そして二人の愛情を一身に受ける娘を授かり幸せだった。
生まれたばかりのあの子に月の幸福を授けるという意味でルナと名付けた。
出産に伴い公爵家の仕事から遠退く形にはなったが、それでも我が子の成長が何よりうれしかった。
そんな幸せはずっと続くと思って信じて疑うことなんてしなかった。
でも、それはいともたやすく奪われる。
あの子が3歳の時、もうすぐ4歳になろうかという頃この領地には珍しい貴族の仮馬車がいつも出向く商店街近くに停めてあった。
ルナは聞き分けのいい子で私の側を離れるなんてことはめったになかったのに、あの日は道化師がいたのだ。偶然が重なった。
物珍しい道化師に気を取られルナがそちらに行った。私も目が届く範囲だからとあの子を引き留めなかった。特別なことなんてない日常。
それは一瞬だった。
突然その仮馬車が走り始めた。道路ではなく店に向かって。
まっすぐに
突然のこと。一瞬の間
次に飛び込んでくるのは人の悲鳴と木箱がへちゃげる音とガラスの割れる音
「―ッ!!ルナぁ!!!」
店にぶつかった馬車は車輪を失くし、店内にいた人もぐったりとしていたのが目に入った。それでもあの子が居たであろう場所は馬車の走行路だった。
近寄って何度も我が子の名を叫べど返事はない。小さなあの子がどこにいるかなんて見つけられない。辺りを見渡せどあるのは木片、木片、赤、ガラス、土煙
「あぁああ」
こつんと足先に何かがあたる。
それは赤と白のボーダーの服を着た誰かの手
「あああああああ」
あの子が興味を惹かれて近寄って行った道化師の服だ
「いやああああああああああああああああああ」
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「ルナ、ルナ」
涙が止まらない。あの子の人生を奪ってしまった。あの日私が目を離さなければ
「セリーもう泣かないでくれ。泣いてもあの子は帰ってこない。君のせいでもない。悪いのはあの仮馬車だ」
夫の慰めを聞いてもぽっかりと空いた心の穴は塞がらない。
愛おしい温もりはもう私達のもとには帰ってこない。
自分が憎くて憎くて仕方がなかった。
何もできない自分を許せなかった。
それから1年して夫の薦めでもう一度公爵家で働けるようになった。
私は仕事に没頭してすべてを忘れようとした。なのに神様は私に娘を奪った罰として夫までも奪っていった。
夫は病気だった。
最後の最後まであの人は優しくて私の心配ばかりだった。
どうして神様は私から大切なものを奪うのですか?私がルナを殺したから?
夫を奪うのですか?
何度問うても答えはなく、私はますます仕事に没頭していた。
同僚からも一線置かれるほど私は表情が変わらなかった。いつもまっすぐに引き締めた口元
次第に下の子達からは鬼の侍女長なんて不名誉なあだ名まで貰った。
それでも私の心の中にはいつもあの日の光景が思い浮かんで仕方がなかった。
「ねぇ、侍女長!!待って」
スタスタと廊下を歩いていれば幼い声に呼び止められる。
ぱたぱたと駆け寄ってくる少女は艶やかな甘栗色の髪の毛を靡かせながら大きな瞳でまっすぐに私を映す。
「リズビア様、廊下は走ってはいけませんよ」
「知ってるよ!でも、侍女長が早いから私は知らないと追いつけないもん!!」
窘めれば小さな少女は不服だと頬を膨らませる。
つい最近、大旦那様がリズビア様を領地に来るように誘われたのは屋敷内では今持ちきりの話である。
「それで私に何のようでしょうか?」
「あのね、私の第2のお母さんになってください!!」
「は?」
第2のお母さんってなんだ?お嬢様は勢いよく頭を下げられる。
「お願いします!」
ハッキリ言おう。意味が分からない。
「え?あのお嬢様一度お顔を上げてください」
しゃがみこんで視線をお嬢様に合わせる。
「なってくれる?」
「いえ、私にはどういうことなのかさっぱりわかりませんがお受けできません」
申し出を断れは明らかにショックだと表情で物語る。
ああ、そういえば彼もとても表情に出やすい人だったわ
「そこをお願いします!!お母さんになってください!!」
「ですから、リズビア様には既に母君がいらっしゃるではありませんか」
「うん。お母さまはお母さま。でもそうじゃないお母さんになってほしいの」
…全然伝わらない。
お母さんが2人いるのか?なぜ私にその話が来るのか
「とりあえず、無理なものは無理です」
リズビア様はしゅんと落ち込まれる。
そんな表情をされても私はどうしようもないのだ。だって私はあの子を殺したのだから
頭を振って思考を切り替える。
「お話は以上のようですので私は失礼いたします」
「うん。分かった!また明日ね!!」
「へ?」
少女は満面の笑みでまたねと手を振る。
またねってなんだろう?私はこの時既にお嬢様の中で私が第二の母に決定していることを知らなかった。
あれから毎日朝と夕方に必ず勧誘されるようになった。もうかれこれ5日もずっとだ。
始まりは「あ!お母さんになってください」で拒絶をすればしゅんとした顔になり最後には「また来るね!」である。
「はぁ」
「おや、侍女長が溜息とは珍しい」
執事長に揶揄われつつも否定はできない。いつも溜息や涙はあの人の前か一人の時にしかしてこなかった。
「何かあったのなら話ぐらいはききますよ」
執事長にそう言われいつもなら相談なんてしないのにその日はなぜか相談したくて口を開いていた。
「‥‥‥って感じで毎日お嬢様に勧誘されているのです」
「なるほど。ずいぶん話が抜けているがお嬢様らしいと言えばお嬢様らしいですな」
「話が抜けている?」
「ええ。お嬢様は旦那様に領地民に紛れるなら偽名を使うことを推奨されていました。その際すべてが嘘よりもほんの少し真実を混ぜた方が、嘘がばれにくいとも教わっていましたよ」
なるほど。つまり、私の娘になることで私の名前を使いたいと
「はぁ、それならそうとおっしゃってくださればここまで悩むこともなかったのに」
「まあまあ、お嬢様にはお嬢様の考えがおありなんですよ」
執事長はそんなことをいわれるが私からしたら名前なんて好き勝手に使ってくれていいのにと思う。もちろん悪用はダメだけど
貴族のお忍びに使用人の名前を使うだなんてよくある話だし
でも、それなら『第2のお母さんになってください』ってどういう意味だったのだろうか?
「あ、おはよう。私の第2のお母さんになってください!」
朝一の挨拶で小さな少女は純粋にそんな言葉を口にする。
「おはようございます、お嬢様。その件なんですが、執事長から詳細をお聞きしました」
「ん?」
「ノグマインの名は好きに使っていただいて構いませんよ。偽名に使用したいのだとか。私は認知しましたのでこれからはお好きにお使いください」
ああやっとこれでこのお嬢様に振り回されなくて済む。
そう思っていたのにどこまでもまっすぐなピンクの瞳は私を捉えて離さない。
「…え、やだ」
「はい?」
思わず聞き返したのは不可抗力だろう。
「やだ。だって、偽名使うにしろせっかく侍女長と仲良くなったんだもん。もういっそのこと私の第2のお母さんになってもらって侍女長と町とか行っていろいろ教えてもらいたいし。侍女長と一緒ならおじいさまたちも何も言わないもん」
いつの間に彼女の中で私は仲良しリストに入れられていたのか…
「侍女長、最近笑うこと増えてきたのに今私が納得したらきっとまた笑わなくなるでしょう?折角なんだから笑っていようよ。その方がきっと侍女長を幸せにしてくれるよ?」
純粋な瞳が痛かった。
私が笑ったところで愛する者は帰ってこない。
心がギシギシと悲鳴を上げる。
「侍女長少ししゃがんで」
リズビア様の顔が見れなくて視線を逸らしながら言われたとおりにしゃがむ。
「はい」
ふわりと頭に何かがのせられる。
手に取ればそれは花冠だった。
「これは?」
「小月桃樺っていう花なんだよ。エリオットが教えてくれたの」
小さな膨らみは白から薄いピンクへとグラデーションが施されている。
膨らみがこの花では花弁らしく触り心地はとてもすべすべしていて心地いい。
「この花ね、月って言葉が入っていてね執事長の親友が昔植えたんだって。当時領地の庭師を務めていたエリオットのお父さんが渋々了承して植えたらしくてね、確か植えた理由が子供の名前が入ってる花で奥さんに似てるから―って」
それはあの人のことだ。
どんなに思ってももう帰ってきてくれない私を残して逝ってしまった人
あの人が月のために、私のために公爵家にこんな花を植えていたなんて…
目の奥がツンとする。
熱いものが胸に溢れる。
「これはそんな思いが込められた花なんだって。こんな花のようだと言われた人はきっと優しくて明るくて綺麗な人なんだと思う。だから、そんな人が私の第2のお母さんになってほしいって思ってる」
『おかーしゃん』
「―っ!!」
そこには愛おしい我が子の、ルナの面影が重なって見えて
「だから私は偽名の名前をただ借りるだけでなくて本当に家族みたいな関係でありたいと思ってるよ。私は貴族だから平民のことを知らない。きっとこのまま領民と接してもいつかボロが出る。それだと意味がないから協力してほしいとも思ってる。そして、そんな協力をしてもらうなら侍女長がいい」
どこまでも澄んだ瞳にこれ以上嘘はつけそうになかった。
「侍女長、笑ってよ」
ニッと笑うお嬢様はどこまでも明るくて、そんなお嬢様が次第に歪んでいく。
私の瞳からはポロポロと涙がこぼれる。
『あー、まったくセリーは泣き虫だね。ルナも泣き虫になったらどうしようか』
そう言って彼は笑う。明るいお日様のような笑みで
『笑ってよ、僕のセリー』
あの人が最後に言った言葉だった。
『君の笑顔が僕は好きだよ』
どうして忘れていたのだろうか。小月桃樺の冠に雫が落ちる。
ああ、大好きよ。あなたもルナも愛してる。大好き
それでももう一度母になっていいというのならどうか―
小さなお嬢様につられる形で歪な笑顔を作る。
そんな私の笑顔をお嬢様は楽し気に笑いながら、泣いてちゃもったいないよと両頬を摘まんで持ち上げる。
視界も笑みもぐちゃぐちゃだったけど、その日私の中の氷は確かに溶かされたのだ。
「お嬢様、お嬢様の第2のお母さんの立場を私が担ってもよろしいでしょうか?」
口から出た音は所々かすれてしまったけどそれでも明るい声で嬉しそうに「うん!」と言ってくださるものだから嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
小月桃樺のモチーフは月桃という植物です。
気になる方は是非調べてみてね!




