どちらも似合う
領地に戻ってきてから3日が経過した。
商会の必要書類は2日で終わらせた。もはや維持である。
この2日は朝から夕方までほぼ白亜館の執務室にこもりっぱなしだった。そうして3日目の今日はゆっくりと屋敷の談話室で過ごせるわけだ。
机の上には色鉛筆と何枚かの紙が広げられ、ソファーにはハンナとエリオットから受け取った資料が広がっている。
真っ白なドレスを彩るためにはやはり色とりどりの花を添えたいのだが、添えすぎるとごちゃごちゃ感が否めない。それにただの刺繍というよりはよりシルビアを輝かせられるように刺繍糸の中に何本かキラキラしている糸を使いたい。そうしたら光を反射してドレスが輝いて見えるし、シルビアの可愛さも引き立てられてきっと殿下もシルビアの方へ行くだろう。
もちろん殿下だけでなく他のご子息たちもだろうけど。
「緑と黄色がベースラインなら赤やオレンジ、ピンクで添えていきたいけどシルビアは空色の瞳だしな~。かといって青は濃い色になると温かみよりも少し冷たさを残すし…」
一応散らばっている紙の中には大きく2パターンのデザイン案がある。
ベースはどちらも同じ。違いは刺繍される花の種類。
暖色系統か寒色系統か。
「う~ん」
悩む。すっごい悩む。だって、シルビアに喜んでもらいたいし。
本当は両方取り入れたい。でも両方刺繍にすると野暮ったい。
ああ!ままならないな
「お嬢様、一度お外にでられた方がよろしいのでは?」
レットの提案に頷く。
確かにずっと部屋にこもりっぱなしもよくないだろう。
「それなら、山の方に散策しに行きたいから動きやすい服を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ヴィオが談話室の片付けを始める。
散らかったまま出て行くとおばあさまがすごくもの言いたそうにこちらを見つめてくるのだ。知ってる。ごめんなさい、散らかしたままで
「レットはおじいさまに連絡してきて」
「かしこまりました」
それから、部屋に一度戻って動きやすいパンツ姿に着替える。
髪も一つに結わえてもらい、邪魔にならないようにされる。
玄関に向かえば何人かの護衛騎士と一台の仮馬車が用意されており、それに乗り込む。
相変わらず護衛は移動にはついているが、それも仕方がないものだし当然の対応である為拒否することはない。
まぁ、動きづらいとは感じるけど仕方のないことだからね。
こんな私でも公爵令嬢なわけですし
馬車に揺られて数十分もすれば裏山に到着。
ここは草場が生い茂っているし鳥たちのさえずりも聞こえて自然を近くに感じられるから好きだ。
一応森の中にはイノシシとか鹿とか野生の動物もいるそうだが、人が多いと彼らは出てこない。動物ってかしこいもんね。
散歩感覚で歩きながら、資料にのっていた花などが目に入れば満足するまでそれを観察する。時には騎士たちに食べられる木の実なんかも教えてもらい、口にしながら言葉を交わす。
はじめはこういうことに関して彼らは肯定的ではなかった。もしもがあったら―ってとても事務的な解答だけだったんだけどあまりにも私がしつこかったのか、危なかしいのか今ではヴィオとレットと近い距離感で話をすることが出来るようになった。
「そういえば最近変死体?が見つかったって話を聞いたのだけど」
「ええ、領民も不安に思っているようであの事件以来夜間の見回りを警備隊が強化してはいるのですがやはり不安はすぐにはなくならないようで」
「まぁ、そうでしょうね」
私の質問に答えてくれるのはいつも私の移動の際に護衛を務めてくれているオーラット卿。
彼は男爵家の三男らしく、貴族よりも平民の感覚に近い感性を持っている。
だから、最初に木の実云々を教えてくれたのも彼だ。
「閣下も心配しておられました」
「おじいさまはいつも民の心配をされているわ。ただ、ここ数年で一番大きな事件でもあるでしょう?早急な対応をっておっしゃられていたわ」
「そうですね。我々も気を引き締めて事件解決に助力を惜しみませんが、それ以上にお嬢様に何かないかと心配りされておりますよ」
あははは。だよね~
だって、自分の孫が商会立ち上げてその商会の人間からこの話を聞いて帰ってきたときにはおじいさま頭を抱えていらっしゃったもの。
情報が早すぎると嘆かれもしたわね。しかし、情報が早く仕入れたおかげでおじいさまに隠される前に手を打てたのはよかった。
今は私専属の“影”を使って情報を集めている。グランビア公爵家に関しても一応“影”を送りはしたがいい結果は得られないだろうし、彼らが巻き込まれることはこちらも望んでいない。
「ねぇ、オーラット卿はシルビアには暖色と寒色ならどちらの花が似合うと思う?」
「シルビア様ですか?う~ん自分はあまりシルビア様と関わったことがないため遠目で見た印象になりますが、寒色の花がお似合いかと思いますよ」
「やっぱり?」
「何かプレゼントですか?」
「ええ。もうすぐ誕生日だからあの子に似合うドレスをデザインしたいと思ったのだけど行き詰ってしまってね」
おっと、木の幹が盛り上がっている。
気をつけないと転びそうね。
そう思っていればスッと手を差し出される。その手を取って木の幹をぴょんと飛び越える。
「花を送られるのでしたら我々騎士よりも庭師に聞いた方がきっといいアドバイスをもらえますよ」
オーラット卿がニッコリ笑いながら教えてくれる。
確かに。エリオットに聞いた方が早いか。でもな~エリオットは今商会の方で少し忙しそうだから聞くのを躊躇ってしまう。
う~ん
「女性へのプレゼントならそれこそ女性陣に聞いてみればいいのでは?」
「ナターシャ卿!女性陣というのは?」
後ろからヴィオの手を支えているナターシャ卿が声をかけてくれる。
彼も私の護衛騎士としてよく担当してくれる方だ。
元気な気やすいお兄さんって感じ。
「もちろん洗濯や調理場を担当している侍女たちですよ。掃除担当の侍女は侍女頭に見つかると怒られちゃう可能性がありますからね」
彼女達を引き留めて彼女たちが怒られるのは理不尽だものね。そこまで配慮しなくてはいけないことをしっかり頭の中に入れておこう。
「なら侍女長と執事長に許可をもらっておいた方がいいね」
「その方がお嬢様のお話にのっていただきやすいですよ!」
ナターシャ卿が元気に答えられるのをオーラット卿が「お前が休みたいだけだろ」と窘めているがせっかくの情報を活かさない手はない。
そうとなれば、屋敷に帰ってすぐ行動だわ!
「オーラット卿、ナターシャ卿、今すぐに屋敷に戻ります!」
「「かしこまりました」」
誕生日プレゼントが着々と決まっていく。




