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幸せに生きていたいので  作者: 結汝
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エリオット

 白い花に手を伸ばす人影が見えた。

その花は小さくて可憐だが、人を簡単に殺せる毒を持っていると親父に教わっていた。

 だから素手で触れては…と思い咄嗟に相手を確認せずに手を掴んでしまった。

 握った手は自分よりも小さく、自分よりも小さい相手などこの公爵家には2人しかいない。

そう。だから相手を確認した瞬間『最悪』の二文字が脳内を占めた。

理由は明白。相手が公爵家の超我が儘なお嬢様(リズビア・ガーナ)だったからだ。

 彼女は俺が掴んだことで呆気にとられていた。

 逃げるなら今しかないと思い裏手に逃げたらなぜか後をついてくる。

最初は無視しようと思ったけどあまりにも視線がいたかったから我慢できなくて口を開いてしまった。


「ねぇ、何でついてくるの?」


 言ってから脳内で鞭打ちでもされるんじゃないかと思った。

 いくら公爵家で働く庭師と言えど相手は雇い主で、お貴族様。無礼な発言を追及するためにか名前を聞かれた。本当は黙っておきたかったが親父に迷惑がかかるのは嫌だった。

 親父はとても立派な庭師だ。それを俺の口の利き方ひとつで罰されたくなんてなかった。

だから渋々名乗る。

 姓を名乗らずに…。姓を名乗らないことはかなりの無礼にあたるがお嬢様は気にしたそぶりがなかった。確か末のお嬢様は自分より3歳下と聞いていた。そんな幼い子にはまだその常識を学ばせていなかったのかもしれない。おかげで助かった(?)けど


「エリオットっていうのね。私は―」


相手がこれ以上探ってこないように話を打ち切りにかかる。


「お嬢様なんだろ?そのお嬢様が俺に何の用?さっきのことでわざわざ文句言いに引っ付いてきたの?」


 文句があるならさっさと言ってとっとと帰ってほしかった。

 なのに小さなお嬢様はピンクの瞳をまっすぐ向けて首を左右に振る。


「文句なんてないよ。ただどうして止めたのかなと思いまして‥」


 その言葉に俺は反応できなかった。

あの我が儘令嬢が文句はないと言ったのだ。

 公爵家で働く見習い執事やメイドからはすぐ怒る、我が儘っ子と噂で聞いていたのに…

おかげで変な間が出来る。

 しかしお嬢様は一向に視線を俺から逸らそうとしない。

 根負けするような形であの花に毒があることを伝えた。それに対し彼女は「ありがとう」と言った。花開くように柔らかく微笑み、胸をなでおろしながら彼女はさんざん無礼を働いた俺にありがとうと言ったのだ。

 この時ばかりは耳を疑わずにはいられなかった。

 その後もなかなか帰ろうとしない彼女に腹が立ってついきつめの口調で『帰れ』と遠回しに伝えたはずなのに、なぜか彼女は土いじりを手伝いたい教えてほしいと言うのだ。

 正直な感想はなに考えてんだこいつ。その一言に尽きる。

 しかも彼女はお願いしているのであって命令ではないと、選択権は俺にあると自信満々に伝えてくる。何がそんなに自信をもたらすのかは分からないがとりあえずずっと後ろに控えていた侍女に選択権の一部を投げた。

 俺の予想では侍女に止められて―って展開を期待したのに侍女はあっさりと許可を出してしまった。

 おいおい本当にいいのかよ。四大公爵家のご令嬢が土いじりなんかしてて…

どんなに文句を胸の内で垂れようが決まってしまったものはどうしようもない。ため息を一つ漏らしてしゃがみこむ。諦めも時には必要ってことか…‥


「これはパンジーって言って代表的なら黄色と紫なんかの花びらをつける」


 苗を手に取り一通り実践してみる。それをまねしてお嬢様が花壇に植えていく。

 最初はすぐに飽きたとか、足がしびれたとか言ってままならないのだろうと思っていたが気が付けば今日親父に言われていた花壇の手入れは全て終了していた。


「ふわ~植物の管理って大変ね」


 お嬢様‥‥リズビアは大きく満足げな伸びをする。


「そうだね。でもかわいいよ」


 大変だけどかわいい花をつけてくれる。それはとても嬉しいし誇らしいことだ。


「うん!きっとこの子たちもエリオットやエリオットのお父さまが大切に育ててくれるから綺麗に咲くわね」


 そうだといい。花は育てがどんなに頑張っても土や気候によってはつぼみをつけないこともある。だから咲かせることはそう簡単ではないのだ。

嬉しそうに苗を触っていたリズビアが羨ましそうに「この屋敷の花たちは幸せね」と言った。


「?なんで?」


 俺の疑問に今度はリズビアの方がなんで?と首を傾げる。


「だって大切に育ててくれているってことはそれだけ愛情いっぱいってことでしょう?とっても幸せものだわ」


 その言葉に反応が出来なかった。

 街では庭師はそれほど特別視される、尊敬されるような職ではない。

 故にその誇りを理解してくれるものは少ないし、大切に育てている心意気を理解してくれる者も少ない。

なのに彼女は花たちが幸せ者だと言い、俺や親父の志を知ってくれたのだ。理解してくれたのだ。それが嬉しくて顔が熱くなる。

 彼女が差し出した手袋を受け取るのを一瞬躊躇ってしまった。

 まだリズビアと一緒にいたいそんな風に思ってしまった。

それを気取られないように引っ込めようとした手は素早くリズビアに握られる。


「また、教えてくれる?」


 ちょこんと頭を傾けて尋ねる姿はとても愛らしかった。

その頬に土をつけているのもなおさら愛らしさが引き立たされる。


「また来るの?」

「やっぱりダメかな?」


 しゅんとした表情の彼女は握っていた手をゆっくりと放そうとする。

ああ、なんだ。

可愛いところばかりじゃないか、この子は。

みんなが言っていた我が儘もきっとかわいい故の我が儘なのだろう。


「いいよ」


 自分が勝手に想像していた我が儘令嬢(リズビア・ガーナ)はどこにもいなかったのだ。ただ小さくて可愛い女の子(リズビア・ガーナ)しかいなかったのだ。

そう気づけば今までの自分が愚かで笑えてくるし、リズビアの驚いた顔にも笑えてくる。


「いつでも来たらいいよ。また手伝ってもらうかもだけど」

「いいの?!」


 食い気味で聞いてくるリズビアに「うん」と言えば「明日も来る」と約束された。

その言葉が自分の中で反芻される。

 ああ、明日が待ち遠しい。


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