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幸せに生きていたいので  作者: 結汝
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空ろ

「リズ!!」


鮮明な誰かの声と肩を抱かれた感覚が鈍く伝わる。

ひゅっと喉から変な音が鳴り、頭が回らなくなっていることをどこかぼんやりと認知して温かい何かが頬を伝う。


「お嬢様!っ、呼吸が乱れています。このままでは―」

「――、するしか―」

「ごめん、リズ」


周りの声が聞こえない。なんて言ってるんだろう。

ギュッと抱きしめられた人のぬくもりに少しだけ息が、心が軽くなった気がした。

抱きしめた人の手が優しく背中を撫でつけ、いつの間にか私の視線は地面ではなく誰かの肩口によって真っ暗になっていた。でも、この暗闇は温かで夢の中の黒とは違っていて落ち着く。


「俺の呼吸に合わせて息を吐いて」


はぁ―


「吸って」


すぅ―


「そうそう。それを繰り返そう」


何度か吐いて吸ってを繰り返す。その間もずっと背中は優しく撫でられていて


「もう大丈夫そう?」

「ええ、お嬢様大丈夫ですか?」

「ん」


ヴィオの問いかけに簡潔な返事をして、正面でずっと介抱してくれていたエリオットに大丈夫だと顔を上げて笑いかけた。


「ありが―」

「「「リズ?!!!/お嬢様?!!!」」」


‥‥‥最後まで言わせてよ。

顔を上げればエリオットやヴィオ、レットだけでなくつい数分前まで色めきだった声を上げていたメイドたちまで驚きの表情でこちらを見る。

意味が分からなくて首を傾げれば酷く心配そうなレットとヴィオがエリオットを押しのけるようにして私の前に来る。

いや、エリオットの扱い…

特にヴィオなんて体当たり知る形で押しのけるもんだからエリオットがたたらを踏んでいた気がするんだけど。その現場もレットによってほんの一瞬しか見えなかったけどね


「お嬢様、どこか怪我をなされたんですか?」

「ううん。大丈夫」

「大丈夫ではないですよ。先ほどから涙が止まっていませんよ」

「え?」


レットの指摘に指を目元にやれば温かなものに触れる。


「私…泣いているの?」


2人を見れば困惑した表情でありながら頷かれる。

泣いてることなんて気づかなかった。


「…これ、止め方分からないのだけどどうしようか」


未だにポロポロと流れ続ける涙は止め方が分からない。泣きたくて泣いているわけではないから止め方を知らないし、原因も分からない。


「お嬢様、、、今日はお部屋にお戻りになられましょう」

「え、でもアロー達に―」

「アローには俺から伝えておくよ」


エリオットが心配そうにこちらを見つめる。

書類が溜まっていく未来しか見えないよ。


「でも」

「でももありません。今のお嬢様を人に見せるのはダメです」


いつもなら加勢してくれるヴィオがダメだという。意味が分からなくてどうしてと声が喉元までせり上がる。

私は大丈夫なのに

大丈夫、きっと涙もそのうち止まるよ。それに、泣いていても笑えるもの

みんなを安心させようと口角を上げた

いつものように…‥‥‥‥‥‥あれ?

いつものようにってどうやるんだっけ

分からなくて逸らしていた視線をみんなに向ければ、ヴィオもレットもエリオットも苦しそうに悲しそうに私を見る。


「お嬢様、笑えてませんよ」


レットの声はなぜかやけにはっきりと響いた


「先ほどからずっといつものお嬢様と違って表情が変化しておられないことをご自覚されておりますか?」

「…」


表情が変わっていない?いや、だってさっきから何回か笑っているはずなのに


「ここ数日忙しくてお疲れになったのでしょう。本日はもうお休みなさいましょう」


スッと手を取られ、屋敷へとエスコートされる。

確かにここ数日は忙しかった。でも、忙しくても充実していたはずだ。


だからこれは—






*********


屋敷の外はいつの間にか深い闇に覆われ、ランプの明かり以外が消える。

時計の針はもう24時を回っている。

そっと眠りにつかれている我が主君の布団を整え、部屋の施錠を確認し退出する。

退出すれば自分より少し小さな黒髪が静かに扉の側に控えていた。


「お嬢様は?」


抑えられた声量から妹の主君に対する忠誠心が伺える。


「ぐっすり寝てらっしゃる」

「…兄さんはどう思った?」

「それは…何に対して?」

「あの表情」


ヴィオが言いたいのは昼間のリズビア様のことをおっしゃっているのだろう。

俺達が出会ってからもとい拾われてからずっと何かしら表情をころころ変えてこられたお方が、今日すべての感情も表情も捨ててしまわれたようになった時は心底肝が冷えた。

いつも温かな薄いピンクの瞳に移してくれる俺らの姿はまるでガラスに移されたように虚ろでいて、無表情の何の感情も感じ取れないリズビア様は冷徹無慈悲な印象を与えられた。

表情がなくても雰囲気で感情が分かりやすい方がいきなりあんな風になってしまえば人はどうしていいか分からなくなる。


「肝が冷えたよ」


2人で並んで歩く廊下は昼間の明るさを失い、静寂に包まれている。


「無表情、無感情でただガラスのような空ろいだ瞳で泣かれるのはクルものがある。ヴィオだって分かるだろう?俺達が拾われる前、あの頃に壊れたやつらはああいう瞳をしていた」

「…わかってる。だけどお嬢様にあれは似合わない」

「ああ。あの方は笑って泣いて怒って困って瞳をキラキラさせておくのが一番似合っている」


ああなった原因はここ数日の忙しさでないことは明白で、原因は一つしかいや一人しかいないだろう。


「なあヴィオ、お嬢様が熱を出してから目覚めた日に言っていた夢の話覚えてる?」


隣を見ればまっすぐな黄緑色の瞳が強く首肯する。


「あの話、俺達は夢の話だと割り切ってきたけどお嬢様は―」



それはどちらが先にいった言葉だったか


あの方に与えられた恩を返すためなら、たとえ国を敵に回したってかまわない。

だって、俺達の一番は国でも公爵家でもない。

甘栗色の髪に薄いピンク色の瞳を持った誰よりも優しくて天真爛漫なリズビア・ガーナ様なのだから








「現実と思っている」


もし、お嬢様が望まれるのであれば俺達はどこまでもそれに付いていくだけ

手も貸すし、汚れ仕事だって望んでやろう。

この命は救い拾われた命だから

きっとあなたは気まぐれだったのかもしれないけれど、俺たち二人にとっては運命だった

















だからこそ―


「あの方が幸せになれる未来を俺達はお手伝いするしかないだろう」



殿下の外堀効果→リズをよく知らない人には効果あり

        リズに対して過保護な人に対しては逆効果


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