土いじり
「あなたは花について詳しいの?」
あの小さな花に毒があることを知っているぐらいなのだから花について詳しいのでは‥という憶測からエリオットに尋ねる。
「詳しいわけじゃないけど、親父から一通り公爵家の庭の植物については教わってる」
ぶっきらぼうに答えながら彼はズボンのポケットから手袋を出し、手にはめていく。
庭について知っているってうちのお屋敷結構広いのよ?それを一通りって普通にすごいと思うのだけど…
もしかして私が今までドレスとか、宝石とかにしか興味なかったけど普通の常識としてみんなある程度知っているのだろうか。植物について…
となると、私も遅れを取り戻さなくてならないはず。目の前によく知っている人物がいるなら教えを乞うべきよね。
「ねぇ、エリオット。私お願いがあるのだけれど」
「公爵家のご令嬢に命令されても俺には何もできません」
即答の拒否に一瞬呆けてしまう。
ハッ!呆けてる場合じゃないわ
「あ、いえ、あのエリオットにしか出来ないことだし。あと命令じゃなくて—」
「あのさいい加減にしてくれない?俺は暇じゃないんだよ」
ギロリとエリオットが見下ろしてくる。
少し怖くて半歩後ろに下がる。
「あんたがお嬢様だろうが何だろうが俺は仕事があるんだ。あんたのお遊びには付き合ってられない」
彼の言葉は最もだ。
私は彼の仕事場にお邪魔している状態で、しかも私が身勝手なお願いのためにここに居ることで仕事が出来ない。仕事が出来ていないことを彼のお父さまが知ればきっと彼は叱られてしまうだろう…。
「貴方、この方をいったい誰だと―」
ヴィオがエリオットに向かって詰め寄ろうとするのをそっと手で制す。
ヴィオの方を向き、首を横に振る。
主を蔑ろにされ従者が怒るのはごもっともだが今回は彼でなく私に非がある。
不服そうな表情のヴィオに笑いかけて彼に向き直る。
身長差があるからやはり彼を怖く思うけれど、ちゃんと目を見つめる。
「貴方の仕事の邪魔をしてごめんなさい。決して邪魔をするつもりはなったの」
「邪魔をする気がないならもう帰ってくれませんか?」
刺々しい口調だがその言葉に頷くことはできない。どんなに怪訝な顔をされてもだ。
「邪魔をするつもりはないけれど、お詫びに一緒に手伝わせてくれないかしら」
「は?」
エリオットの口から間の抜けた声が零れ落ち、後ろではヴィオが「お嬢様?!」と声をひっくり返していた。
「お嬢様は土いじりの経験がおありですか?」
「いいえ。まったくないわ!」
あまりの潔い宣言にエリオットが何言ってんだこいつみたいな表情になるが気にしない。気にしたらまけよ(きっと)
「私は土いじりの経験もなければ植物の知識もないわ。だからエリオット、貴方に教えてもらいたいの。作業も教えてもらえれば手伝うことが出来るし、1人より2人でやったら作業も早くなるんじゃないかしら」
「‥‥」
「もちろん貴方の迷惑にならないように教えてもらったことは頑張って誠実にやるわ!」
「公爵家のお嬢様が土いじりって大丈夫じゃないと思うんですけど」
確かに世間的にはそうなのかもだけど人に見られなければいいのではないだろうか
家族に何か言われたら経験を積むことで社会勉強中とでも言っておこう。
「大丈夫よ!!」
エリオットはすごい怪しんでいる風だが私は満面の笑みをむける。
せっかく教えてもらうなら年の近い人がいいと思うのは仕方がないじゃない?こんな身近に年が近い子がいたなんて思っていなかったんだもの。相手を知りたいと思うのも普通だわ。それに―
「もちろん無理強いはしないわ。だってこれは私が貴方にお願いしているんですもの」
そう。これは願いであって命令ではない。
教えを乞うものはいつだって立場は下なのだから。
エリオットはチラリと後ろのヴィオへ視線を移した後、私を見下ろして溜め息をつく。
「後ろの侍女の方がいいというのなら」
!
すかさずヴィオの元へ走り寄り手を胸の前で握ってお願いアピールをする。
「ヴィオ!お願い。私、エリオットに植物について教わりたいの。土いじりしてもいい?」
「…後で旦那様にちゃんと報告してくださいね。あとドレスを汚さないようにしてください」
「うん!約束するわ。ありがとう」
ヴィオから一応の許可が下りたからくるりと身を翻せばエリオットは仕方ないと再度溜め息を吐いて、私に新しい手袋を差し出す。
「はい、これ」
「ありがとう」
手袋をしてエリオットの隣にドレスを汚さないようにしゃがみこむ。
小さな苗を手にしたエリオットがどんな花が咲くか、どうやって植えるか、どこに植えると育ちやすいかなどを丁寧に教えてくれる。それを直に触りながらうんうんと頷き、脳内に書き留める。
そうして気が付けば2時間近くも庭で土いじりに勤しんでいた。
「ふわ~植物の管理って大変ね」
「そうだね。でもかわいいよ」
「うん!きっとこの子たちもエリオットやエリオットのお父さまが大切に育ててくれるから綺麗に咲くわね」
花壇に真新しく植えられた苗をチョンと触る。
はやく花をつけたところが見てみたい。
「この屋敷の花たちは幸せね」
「なんで?」
エリオットは首を傾げる。
「だって大切に育ててくれているってことはそれだけ愛情いっぱいってことでしょう?とっても幸せものだわ」
「お嬢様そろそろ夕食の支度を」
ヴィオの声にもうそんな時間だということを知り、立ち上がり手袋を外す。
「今日はありがとう、エリオット」
外した手袋をエリオットに差し出せば、彼の顔は夕日を受けてか少し赤らんでいるように思えた。
手袋を受け取った彼の手をさっと掴んで握りしめる。
「また、教えてくれる?」
「また来るの?」
「やっぱりダメかな?」
今日は簡単な仕事の方だと言っていたけれどやっぱりまた来ることは迷惑になるのね。
残念だけど諦めるしか―
「いいよ」
ない?
「へ?」
驚いてエリオットを見れば、彼は笑っている。
「いつでも来たらいいよ。また手伝ってもらうかもだけど」
「いいの?!」
「うん」
「あ、ありがとう!明日も来るから」
やった~!!もっと植物のことを教えてもらえるのね
弾む気持ちで私はエリオットに明日の約束を取り付け、ヴィオに急かされる形で庭を後にした。