風邪の前兆??
ペン先にインクをつけて紙に垂らす。
真っ白な紙にインクによってシミという名の文字が連ねられる。
コンコン
「はーい」
「失礼いたします」
ティーカートを押したヴィオと扉を開けてヴィオの補佐をしているレットが部屋に顔を出す。
「お疲れかと思ってお茶をご用意いたしました」
「ありがとう。これを書ききったらいただくわ」
サラサラとペンを走らせて必要事項を書いていく。
これは私が書かなくてはいけないもの。誰かの将来を左右する書面。決して軽くはないその紙の重みを今自分で付与しているのだと思うと、さっきまで何の重みもなかったペンがずっしりと感じる。
これは先日の孤児院から“影”として引き抜く子達への契約書と公爵家の“影”育成係たちへの指令書である。
本人たちに“影”となるかの選択は委ねるようにしているが、ほぼ強制のようなものだろう。
孤児が公爵家に歯向かうなんてできるはずがないじゃないか。
…私はその立場を利用しているに過ぎない。
それでも、何もせずにあんな死に方はごめんだ。最悪でも勘当されたら庶民に紛れて平穏に暮らせるようになりたい。
そのためには彼らを利用しなくてはいけない。
「お嬢様」
ハッ!
レットがすぐ隣に立っていたことにも気づかないぐらい考え込んでいたらしい。
「ごめん。書面は書き終わったからこれ退けて置いてくれる?」
「かしこまりました」
机に向かい合っていた椅子から立ち上がり、広々としたソファーに移動する。
「本日は大変お疲れさまでした」
コトリと置かれたティーカップに手を付ける。
今日はアップルティーらしい。仄かなリンゴの匂いが頬を緩ませる。
「会頭たちに承認いただけて良かったわ」
「両社に利益がありますから妥当かと思いますよ」
「うん。でも、小娘が!って感じじゃなくてよかったよ」
「もしそうなっていたら彼らの首は繋がってなかったかもしれませんね」
ヴィオの冗談にまたまた~と返しながら、会頭たちに説明した時の表情を思い出して嬉しくなる。正直、棄却される可能性は半分以上あると思っていた。
それを受け入れてもらえたのは本当に良かった。あとはこれをヒルデ様に手紙でお伝えして、伯爵にも書簡で正式にお願いをしなくてはいけない。早くて3日だろうか。
「そういえばお嬢様、彼らの就職先をほぼ斡旋する形にしてよろしかったのですか?」
レットの言葉に頷く。
「問題ないよ。もとから人手不足といわれていたところをおじいさま経由で聞いていたからそこを紹介するだけ。やるか否かは本人次第だし、続く保証だってない。それでも働くか、雇うかは当事者間の問題だから私にはどうしようもできないわ」
「“影”の者だけ斡旋すればよかったのでは?」
「それだと贔屓になっちゃうじゃない」
贔屓を生むのはよくない。せっかく孤児院にはリズビア・ガーナはどちらかといえばいい人なイメージなのだから。
イメージは大切だと思うの。イメージ一つで関わりたいか否かは変化するもの
そう、私から見た殿下みたいに
ブルリッ
え、なんか今寒気が…
「お風邪でも召されましたか?最近忙しかったから―」
「少しはご自愛くださいね」
「う、、、ん。風邪なのかな?」
風邪にしては、なんか嫌な予感もするし
「本日は早めに就寝なされたほうがよろしいかと思います」
「そうだね、そうする。あ、レットそこにある書簡は全部書き終わってるから封書して明日送っておいて」
「かしこまりました」
あとは、明日することといえば
「ヴィオは後でコングラッツ伯爵宛ての便箋を2セットとお父さまへの便箋も用意して欲しい」
「すべてお色は白でよろしいですか?」
「1通はヒルデ様宛てだから薄い紫色のものにしてくれたら嬉しいかな」
「かしこまりました」
ティーカップに口をつけ、中身を飲み干す。
おじいさまとの賭けのタイムリミットはもう20日を切った。
どこまでやれるかは正直まだ分からないし、計画通りに進む保証はない。
とりあえず、明日は手紙書いて送ってマナー講習受けて、ビーナ様からの催促に書き溜めの案をいくつか送っておじいさまに領地の勉強を教えていただいて…
あれ?そういえば何か忘れてる気がしなくもなくもないんだけど、、、うん?
何だっけ。
忘れてたらやばい気がするのに、全然思いだせない。
ま、何とかなるか!!
リズビアが後悔するまであと××日…。
ヒント:シルビア、手紙、殿下




