提案の先
2020年最後の更新です!
2021年もよろしくお願いいたします!!
『甘木屋』の3階
今日はいつもの部屋ではなく、一つ上の階でアローとレット、ベイクそして私の4人が向き合っているのは公爵領に拠点を置いている商会の会頭たち5名だ。
おじさん達はどっしりとソファーに腰かけたままこちらから切り出すのを待っている。
「今回はお忙しいお時間をいただきありがとうございます。本日は新規事業について提案があり皆様にお集まりいただきました」
ベイクが少し声を張って始まりを告げ、レットが資料を一部ずつ配っていく。
「この資料は?」
「こちらが新規事業のメイン内容並びに必要となる物資のリストになります」
パラパラと紙のこすれる音が室内に響く。
アローたちは時々こうして会頭たちに直談判しているらしくそれに便乗して、今日この場を設けてもらったのだ。
はじめは会頭側も渋るのではないかと危惧していたが、アローたちの信用のおかげで意外にもすんなりとこの場を開くことが出来た。
しかし、やはりお父さまと同年代層の大の大人しかも男性が5人もいてその人たちを納得させなくてはいけないというのは緊張するものだ。ゴクリと生唾を飲み込みながら向こうの出方を伺う。
「なるほど…コングラッツ伯爵領の乳製品を取り入れてミルクジャムをね」
「乳製品のコスト次第だが案としては悪くないんじゃないかのう」
「そうですね、瓶の再利用による瓶代の削減もなかなか魅力的ですしね」
!! なかなかいい反応を得れているのではないだろうか?
隣に立っていたレットとベイクを見上げれば2人とも嬉しそうにはにかんでいる。
私には初めてだから分からないけど2人の表情から見ても決して悪くないの反応なのではないだろうか。
「チッッ、クソ親父が」
その声は酷く小さくて、でもはっきりと聞こえて慌ててアローの方を見る。アローは眉間に深い皺を刻みながら真ん中に腰下すセル商会の会頭…アローのお父さまを睨みつけていた。
「確かに、案は悪くありません。‥‥‥しかし、この資料からするに瓶は最低でも200は必要になるでしょう。それからコングラッツ伯爵領からの輸入ですが現在、牛乳が1リットル187ベルです。そこから見積もってもヤギのミルクで190ベル、羊で170ベルといったところ」
その言葉に残りの4人の会頭の雰囲気が硬くなる。
「瓶に関してもですが、我が領で現在輸入して販売しているものだと一番安くて提示上に近しいものだと32ベル。しかし安さをとると瓶の性能が悪くなる。再利用で薬に使用するならそれなりの強度と性能が求められる」
確かにその通りだ。平民に買ってもらうには金額を抑える方が手に取りやすい。
しかし、薬等の医療品への再利用を見通すと安くても粗悪品を使用するべきではない。
「それに関しては考えがあります」
「小さなお嬢さんにお考えが?」
アローのお父さまが面白そうに私を見つめる。そういう視線は慣れっこなので大丈夫です。会頭5人一人一人の顔を見た後、ニッコリと笑ってお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。リビア・ノグマインと申します。どうぞお見知りおきください」
「お嬢さんのお考えをお聞かせ願おうか」
「まず、瓶に関してですが現在公爵家領と貿易を行っていないヌベレット子爵領からの輸入をお願いしたく思います」
会頭たちの間に驚きが広がる。
公爵領から少し離れているヌベレット子爵領。目立った特産もないため子爵量全体として輸出量は多くない。どちらかといえば輸入に頼って入るが自給自足が不可能ではない領地。
良くも悪くも特質のない領地だとお父さまの手紙には書かれてあった。
「ヌベレット子爵領ですか…」
「ええ。ヌベレット子爵領ではあまり知られていませんが瓶製品の製造を担っているそうです。製造量はそれほど多くないそうなのですが、格別に安いわけでもない為売れ行きがあまりよくないらしく…。売れ残りも多く抱えているそうですよ」
これは前にパーティーに参加したお父さまとお母さまが、偶然ヌベレット子爵の嘆きを聞いていたことから分かったことだ。
「なるほど。売れ残っているのであれば元値より安く仕入れられるでしょう」
「仕入れはよくても品質の方は―」
「そちらも問題ありませんわ、ルーリット商会の会頭様。ヌベレット子爵はガラスが多く採れる為一般的には気づかれにくいですが、他のところの同価格品よりも質はいいと言えます。すべての品がそうとはもちろん限りませんのでそこは商人の皆様の目利きに判断を一任することになると思います」
会頭たちはヌベレット子爵領という新たな取引先に目を光らせる。
これはたかが小娘なら知りえないことだけど、公爵令嬢だからこそ知ることが出来た情報だ。もちろんこんな情報をわざわざ彼らは情報屋から買うなんてことはしない。
噂話から商人としての目利きを利用して辿り着くことはあっても、自ら動いて集めるのはもっと違う…それこそすぐに儲けられるような品を探す方に割いているだろう。
「薬草は分かりましたが、薬は一体どうやって―」
「それはこっちで薬師を見つけている。その人たちに頼む形になっている」
アローがチョレット商会の会頭の言葉に被せる様に回答する。
「労働費を考えると薬師に頼むのは…」
「下手な人間使うよりちゃんとした薬師の腕を借りた方がみんなの信用性が生まれやすい。あと効能の話とかでは商品が広がりやすいだろう?そこを狙っているから他の人間は絶対に使わない―――ってうちの薬師が言ってましたよ」
ベイクの言葉に5人の会頭がなるほどと頷く。
ハンナは一体何を言って会頭たちにこんな「ああ、仕方がないか」みたいな表情させているのだろうか…。気になるなぁ
「それでは問題はコングラッツ伯爵領からの輸入品とミルクジャムを試作提供するベーカリーですね」
「ベーカリーに関してはこちらで何件かお声がけをして、了承をいただいた店舗が資料の5ページ目に記載しています。作り方などは了承いただいた店舗から各2名ずつ選出していただき合同で指導します」
各2名ずつに作り方を教えることで協力店舗間での差をなくす。
もちろんいずれは店舗ごとにアレンジを加えて販売していくのだろうけど、ミルクジャムの特許は私達が持っておけばかまわない。
そうすれば正規の作り方は私達しか知らないわけなのだから問題ないだろう。
「なるほど。今回はうまくやれているようだな、アロー」
セル会頭がアローを見て愉快そうに笑う。
「…別に、いつもやられっぱなしじゃねぇんだよ」
左隣に立っていたベイクの袖を引っ張って少しかがんでもらう。
「アローってお父さんと仲悪いの?」
「う~ん、仲悪いんじゃなくてあそこは似た者同士なだけだよ」
似た者同士??
「ベイク、うるさいぞ」
アローに睨まれたベイクは苦笑いをこぼしながら、かがんでいた体勢から元に戻る。
お父さんと似ていることが嫌なんだろうか?商会しているアローのお父さまもアローもかっこいいと思うけどな~
「では、最後の問題点であるコングラッツ伯爵領からの輸入品の価格ですがいかがなされるおつもりですか?」
5人の会頭の視線が私達に刺さる。
これがクリア出来たらおそらく提案が通るのだろう。
アローが、ベイクが、レットが、私に視線を移す。それに誘導される形で会頭たちの視線も私が一身に受け止める。
「それについてなんですが―」
息子は父親の背中を追いかけるっていいですよね~




