公爵家の憂い
今回はガーナ公爵家(本庭)側のお話です
ガーナ公爵家
いつもと変わらぬ朝。皆で朝食をとる。
ただ一人を除いた皆がそろう中、シルビアの面持ちが少し沈んでいる気がした。
「どうかしたか?シルビア」
「いえ、体調に問題はありません」
シルビアはそういって、朝食の残りに口をつけていく。
「そういえば、リズから手紙来ませんね?」
レイチェルの言葉にロゼリアもシルビアも反応を示す。
あぁ、なるほど。憂いの原因はあの子か。
「リズビアは無事に領地について頑張っているようだよ」
「旦那様、それは義理父様からの文で分かっていることであってあの子自身からは一度も手紙が来ておりませんわ」
「確かに、あの子自身からの手紙は一度も来て―」
「お食事中に失礼いたします」
執事であるアーサーが私達の会話に割り込み、それぞれの手元に一通の手紙を置いていく。
私には無地の封筒。
ベルには空色の封筒。
ロゼリアには花柄の封筒。
レイチェルには海が描かれた封筒。
シルビアにはリンゴの描かれた封筒。
「これは?」
「皆様が待ち望んでおられた方からのお手紙になります」
その言葉でシルビアとロゼリアの顔が綻ぶ。
レイチェルは愉快そうに口角を上げ、ベルは胸を撫でおろす。
本当にあの子は心配ばかりかける天才だと思う。
「今日届いたのか?」
「はい、今朝朝刊とともに入っておりました。皆さまがそろわれるので朝食後に…と思いましたが、待ち望まれていらっしゃったようなので」
「そうか」
アーサーが下がったのを確認して、口を開く。
「どうやら、これでお前たちの憂いは晴れたようだな」
意地悪く笑うとロゼリアが「まぁ!」と大げさに反応する。
対してシルビアは顔を真っ赤に染めている。
幼いわりにいつも令嬢然とするあの子があんな表情をするのはめずらしいことだ。
シルビアももっとロゼリアやリズビアのように表情を出してもいいものなのに…
そこはレイチェルに似たのだろうか?
兄妹の中で一番感情が豊かで素直なのはリズビアだろう。あの子はいろんな意味で規格外というかなんというか。熱が出る以前のあの子と熱が出てからのあの子。根本としては変わらないが振れ幅が大きすぎるというか…
2番目がロゼリア、3番目がレイチェル、最後にシルビアだろう。
レイチェルもシルビアもポーカーフェイスが得意ではあるから社交界は生き残りやすいタイプだと思われる。なんせ我が家は四大公爵家の一つ。
陥れようとする者もいれば、利用しようとする者もいるだろう。それをうまく扱える側の人間だ。逆にロゼリアやベルは堂々と公爵家の人間という威厳を己自身が扱って駒を動かす側であり、気に入ったもの以外は端から目に入れようとはしない。切り捨ての激しいタイプだろう。
さて、リズビアはどちらに転がるのか…
朝食を下げさせながら、無地の封筒の封を切る。
出てきたのは封筒と同じく無地の便箋2枚と、一回り小さな無地の封筒が一通。
便箋に目を通せば、柔らかな文字が並び公爵領地での出来事がつづられている。
【お父さまへ
いかがお過ごしのことでしょうか?こちらはようやく環境に慣れ、新たな友人たちや師と出会うことが出来大変充実しておりますわ。
先日は領地祭の際にお友達になったコングラッツ伯爵領のご子息であるヒルデ様のところに遊びに行きましたの。コングラッツ伯爵領では水車やヤギ、羊のミルクが特産なのですって。
領地では、『甘木屋』という宿屋の一角で平民のとても頭の切れる友人が4人も出来たんです。みんな年上ですがよくしてくれます。毎日が新鮮で、ハードで、本当に充実しています。充実しすぎている気がしなくもありませんが…】
一枚目からは向こうで充実した生活を送れていることが伺える。
【さて、お父さまにお願いがございます。直径6~8センチ、深さ3センチ前後と深さ6センチ前後の透明の瓶を多量に仕入れたいと思っています。我が領近郊で瓶生産が有名な領地を教えてください。または、価格がそれほど高くなく品質が価格と妥当性のある瓶を知っていれば教えてください。それを買い取りますので。量は、初めは150~250を目安に求めております。
あ、あと公爵家に仕えている使用人の人数(本邸の)を教えてください。お返事お待ちしております。
リズビア・ガーナ】
二枚目を読んで微弱の頭痛に襲われる。
デジャブである。あの子がいきなり教会の孤児たちに自分のドレスを寄付すると言い出した時に似ている。
また、なにかするつもりらしい。
領地祭の時はあの子が自分で考えたのではなく、偶然が呼び起こした…あの子自身の他人を惹きつける力を発揮しただけ。
しかし今回はそれとは違う。
何をしてもいいとは言っているが何をするかをどうして書かないのか。
はぁ、と溜息が零れる。
続いて、封筒の中に入っていたもう一通の封筒の封を切り、中身を取り出す。
簡潔な内容と事務的な読みやすい文字が並んでいる。
【旦那様へ
リズビアお嬢様は大変お元気に毎日を過ごされております。最近ではコングラッツ伯爵領との新たな貿易品を見つけ、なおかつ領地内での新たな流行を生み出そうとお考えになっておられます。お嬢様が旦那様にお願いされた品は初めにミルクジャムの入れ物として使われるようです。その後、傷薬用の入れ物として再利用するそうです。主目的は後者であります。
その傷薬を公爵家で働く使用人に公爵家からの日頃のお礼としてお渡しする予定とのことです。
リズビア様付き侍女、侍従―ヴィオ、レット】
なるほど。
あの子が望んで側に置いている2人は大変優秀である。
主人の足りない部分を綺麗に補っている始末だ。
リズビアには一度ちゃんと報告するように伝えなくてはいけないらしい。
もう一度溜息をつきながら、視線を便箋から上げる。
ベルは嬉しそうに目を細め、レイチェルは面白そうに口元に手を当てている。
ロゼリアは楽しそうに笑い、笑窪が浮き出ている。
そしてシルビアは―
真顔であった。
さっきまで染まっていた頬は熱が引き、いつもと何ら変わらぬ色に戻りスンとした表情でただただ便箋を眺めている。
憂いであったリズビアからの手紙が嬉しくなかったのだろうか?
声をかけようかと悩んでいると、シルビアは「お先に失礼いたします」と告げられてしまう。
シルビアが出て行った扉を見つめながら嬉しくなかったのだろうかと考える。
「あら、旦那様。シルビアはリズビアからの手紙を喜んでいますわ。ただあれはなにかお願いをされたのですよ」
ベルがそういうのならシルビアは喜んでいたのだろう。父よりも母と過ごす時間の方が長いのだからきっと間違いない。
「しかし、お願いをされただけで真顔になるものなのか?」
「ふふっ、違いますわお父様」
ロゼリアがおかしそうに口元に手を当てて笑う。
「あれはリズから無理難題を押し付けられたので、シルはどうやってやり返そうか考えているだけですわ。まぁおおかた王太子殿下のお相手についてでしょうけど」
「リズは殿下から逃げるのに必死だからね~」
レイチェルも和やかに頷き返す。
末の子の知らぬ一面をこうして知っていくのかと感慨深く思う反面、やはりシルビアもリズビアが好きであることに安心する。
しかし、やり返すとはいったいどうやるつもりなのか…
見ものである。
リズビアは兄妹の誰にも似て非なるタイプらしいです。
その片鱗は、日頃の行動からもうかがえますね




