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幸せに生きていたいので  作者: 結汝
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それぞれの仕事

とある日の昼過ぎ、『甘木屋』の2階は公爵家のお父さまの繁忙期の書斎よりも忙しい。


「ここの納品日時が違うわ」


ハンナが書類片手に薬草を煎じながら声を張り上げる。


「イーサンさんとコフレックさんの検診がまだ来てないよ」


ベイクが書類に来てない患者の名前を記入しながら机の上から何枚かの書類を持っていく。記入された書類は私に渡してくるが、目線は次の書類から離さない。


「この日取りにはフェンク領からの薬草が届くからこの日までにうちの薬草を一割安く売るしかないだろう」

「それだとこちらの値段が利益にならないかと…」


アローの発言にレットが切り返す。

レットとアローは商売の話だととても気が合うようでよく2人でああやって話している。


「もうこの時期だと次の接ぎ木を用意しないといけないからそろそろそっち方面にも声掛けを―」

「なら、どっから仕入れるか考えなきゃだね」


大きな領内地図を壁に広げ、それに向かい合っているエリオットとビンズがまた何か記入している。

あぁ、仕事が増えた瞬間を目にしてしまった。


「おーい、次の分持ってきたぞ~!!」


ノックもそこそこに返答前に扉は開けられ、相手の顔が見えないほど山積みの書類が運ばれる。


「ありがとうございます」


ヴィオは書類を受け取ると手早く分類別に選別していく。

持ってきたおじさんはそそくさと部屋を出て行く。

うううううううう

少しほんの少しでいい。外に出たい。

そう思って、持っていたペンをそっと机に置く。なるべくというか絶対に音をたてないように。みんなに見つからないように…

そーと、そーと

カツンッ

ペンを置き切った音が鳴るが、これだけみんな忙しいならだれも聞いていないだろ―


「「「「「リビア」」」」」


ビクッ!

誰一人視線はこちらに向けないくせに名前を呼ぶ。


「ウウウウゥゥぅぅぅぅぅああああ!!!!」


また今日も部屋の中に私の叫びが響く。後ろでヴィオがぼそりと「令嬢らしからぬ奇声ですよ」なんて言うが気にしてられない。

気にするほどの余裕はない!

だって、だって、ずっと書類とにらめっこ。みんなの提案を綺麗にまとめて選別するのが“仕事”なのだ。しかも、午前中にマナーや座学をした後にこれだ。

終わるまで部屋から出て行けない。

鬼である。


リズビアが頭を抱えて奇声を上げているのをみんなが楽しそうに、面白そうに口角を上げているだなんてきっとお嬢様は知らないんだろうなとヴィオは主人を哀れに思いながら、そっと目の前に書類を置いていくのだった。

これこそ本当の鬼の所業である。





************************************************************


あれから何時間か経過して夕日が窓から差し込む。


「お、おわった~~!!」

「やっとか、お疲れ様」


アローが優雅にお茶を飲みながら私の頭をポフポフと叩く。

一度苦言を呈せばサイズがちょうどいいのが悪いと言われた。牛乳を飲んで一刻も早く背を伸ばすと心に決めたのはつい最近のことだ。


「リビアが来てからまとめる人間がいるから何書いてもいいのが楽だよね」


ビンズが呑気に欠伸をこぼしながらぼやく言葉に呆れるというかなんというか


「今までどうやってたの?」

「一番初めに見せただろう?乱雑文字の並んだ必要性があるかよくわからない雑紙の山」


ベイクの一言に思いだすのは5日前。

みんなに仲間と認めてもらえたあとアローの掛け声で各々が“仕事”に取り掛かった。

ハンナは薬草を煎じること、薬草の入手経路、価格を提案、判断するのが“仕事”

エリオットは領内の木々の管理や木花の売価の管理、提案が“仕事”

ベイクは労働者をメインとした人たちの定期健診、管理が“仕事”

ビンズは『甘木屋』にくるお客さんからの情報収集とここへの依頼を持ってくるのが“仕事”

アローは売買商品の価格設定や管理、それを交渉に行くのが“仕事”


ここにいるメンバーはなにかしらの役割を担って、領地が少しでも良くなるように仕事をしてくれているそうだ。もちろん仕事の報酬はある。それは現金であったり、信用であったり、伝手であったりさまざまらしい。

始まりはアローが三男であるからトップになることが出来ないなら俺らがやればよくね?という一言だったそうで…利害の一致からここに集まっているのだそうだ。

ちなみにレットはアローとともに売価管理の“仕事”を、ヴィオは書類の選別と管理の“仕事”を充てられた。

そして私は書類の整理を任されたのだが…この人たちメモ書きのように書類にパパッッと書くだけ。読めやしない。嘘だろと思った。今までよくこれで出来てたなって感心しちゃったよ。

あまりの書類の雑さのせいでこれは自分の手に負えないぞと早々に感じ、屋敷で経理管理の経験を持つ執事たちに頼み込んでイロハを教えてもらった。

つけ焼き場なところはあるが大体まとめられているのだから今は問題ない。

おかげで、午前中は座学とマナー、昼から夕方はここで書類整理、夕食後におじいさまに領内のことを教わって、執事たちの手が空いたら書類整理方法を教えてもらう。公爵家以上にギチギチなスケジュールな気がするが気にしない。気にしたら負けな気しかしない。


「…いままでよく回ってたね」

「やればできる面子しかここにはいねえからな」

「そうですか…」


ヴィオが書き終わった書類をまとめ終えたのか、私の前にお水が入ったグラスを差し出してくれる。

ありがたい。この水一杯で生起が養われるというものだ。


「そういえば、さっきフェンク領からって話してたじゃない?」

「あぁ」

「ガーナ公爵領の薬草よりも安いの?」

「単価はさして変わらないが向こうの方が鮮度は落ちる分若干安く売られる」

「差額としてはどれくらい?」

「5ベルってところかな」


5ベル…10グラム5ベル安いということだから、100グラム買えば50ベル安くなる。

少量であれば鮮度を優先してもいいが多量仕入れるとなると鮮度よりも値段をとるのが普通だろう。貴族であれば話は逆だが平民だと貴族とは価値観が異なる。

売れ残る可能性もあるのか…


「その薬草ってさ、何に出来るの?」

「傷薬、煎じ方によっては他の薬草と混ぜて胃腸薬にもできる。ただし、胃腸薬は今回の薬草をメインに使わないから利益を考えると―」

「傷薬の方がよくつかわれると」

「そういうことね」


ハンナがエリオットとトランプをしながら教えてくれる。


「その薬草を傷薬にする方法って誰でも知ってるの?」

「知ってるな。ただ、煎じるのは面倒くさいから基本は出来上がってるものを購入するか、作れるやつに頼む」


最近はだんだん寒くなってるし、水物を使う料理場の人とか手先が赤かった。

執事よりメイドの方が手荒れとかにはきっと気を配るんじゃないだろうか?だってメイドは素手だもの。


「傷薬って大量に作れるものだったりする?」

「は?限度があるよ。それこそ大量に売るには保管方法が難しいし」

「保管方法って?」

「基本薬は木箱で管理してる。塗り薬系は薬師の家にはツボで管理してる。求められた時は本人が何かしらの入れ物を持ってくるのがマナー。ってそんなことも知らないの?」


ハンナがギロリとこちらを睨む。


「えへへへ、今まで怪我とかしたことなくて」

「ああ、なるほどね」


何がなるほどなんだろうか。聞いてみたいけど。聞きたくない。


「長期保存して一気に売れないの?」

「長期保存には瓶がいるわ。それも真空性の高いやつ」

「瓶…真空性…」


傷薬ってそんなによく使うものかな?

大きくても真空性云々ってことは酸化したら効果が軽減するとかなんだろう。となると、小さめの瓶。しかも小さすぎることなく使い切れるやつ。

小さくて、適度な大きさ、真空性、薬、手、赤、イチゴ‥‥‥


「あぁぁーーーー!!!」


頭の中でパズルがうまくはめ込まれて完成する。


「あった!あるあります!適度な瓶!」


ハンナに向けて食い気味で提案する。

提案されている側のハンナはギョッとしているがかまっていられない。

やっぱりあの時おじいさんたちの話を聞いていてよかった。

これはチャンスだ。

逃さない。たった一度のチャンスだから



公爵令嬢は叫んだりしちゃダメなんですよ~

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