ハンカチ
ちょっと長めです
収穫祭もとい領地祭の開催期間である3か月が終わりを迎えた。
やっと落ち着いた~なんて思ったのも束の間。領地祭が開けてからは今までよりもより一層力の入った淑女教育指導が始まった。
理由は明白。もうすぐ王妃殿下誕生祭があるからだ。昼間に開催されるティーパーティー形式といえど無礼は許されない。
お辞儀の角度、頭を上げるまでの時間、歩き方、カップの持ち方、微笑み方、喋り方だけでなく歴史や王城の今回パーティー会場となる庭園の花について等々叩き込まれている。
正直、それ必要?と思うものもいくつかあったけどやらなくては永遠に終わらない。
領地から王都の屋敷に戻ってきてからもおじいさまの勧めで領地の勉強は行っている。領地経営や特産物、貿易の勉強も始まった。これがなかなか面白くて楽しい。
一番はシルビアが進めてくれたテイレームの冒険シリーズなどをはじめとした輸入貿易の話だ。何がどこから運ばれ、この国で売られているのか。輸出国の原価と我が国での販売価格の差など面白さはたくさんあった。
それに、これは領地間の貿易も同じことが当てはまる。領地同士での売買にも付加価値はついて回る。ようは視点を国に置くか領地に置くかの差である。
そのことについて、お祖父さまたちへの手紙に綴ればとても褒めてくれた。
「リズビア様、背筋を伸ばされてください!」
あぁ、現実逃避をしていたらお叱りの言葉が飛んでくる。
「背筋を伸ばしたままあと3.5メートルですわ」
いやいや、何があと3.5メートルだ。頭に載せられた本が重たい。
モデルを目指しているわけでもないのになぜこんなことしているんだ、私。
現在、ガーナ公爵家の一室で私は、頭に厚さ5センチの本を乗せられて部屋の端から端までを綺麗にまっすぐ姿勢を正した状態で歩く練習をさせられています。
え、おかしくない?これが淑女教育だって
刺繍とかの方がよっぽど必要性あるよね??
考えることを放棄してスタスタと歩く。地味に重い本から一刻でも早く解放されたい。
あと1メートルで………グラッ
あ!!
バサバサ。大きな音をたてて頭の上に載せられていた本がページをはためかせながら床へと落ちる。
「…申し訳ありません。ホーリン先生」
「かまいませんよ。ただ、もう少しだからと前のめりになるのはおよしなさいと申し上げていたはずですが、、、いまだ改善されていませんね」
ホーリン先生は溜息を吐いて、落ちた本を拾い上げ埃を払う。
「本日の授業はここまでにいたします。改善点を今一度見直すように」
「はい。ありがとうございました」
怒られたことにしゅんとしながらも淑女の礼をとる。
膝を少し折って姿勢は伸ばしたまま、親指と人差し指の2本でドレスを摘まみ上げる。
顔は前を向いて、顎は引きすぎず出しすぎず、瞼を閉じてゆっくり2秒数える。
1…2…
焦らずに瞼を持ち上げ、先生の表情を伺えば満足気に微笑まれる。
よしっ!
「では、失礼いたします」
先生が扉の向こうへと消える。足音が聞こえなくなったところで盛大な溜息をこぼす。
「あ~~長かったぁ~。あんなの出来なくても困らないよ、絶対」
「お疲れ様です。お嬢様」
「疲れたよぉ」
ヴィオの労いの言葉に返事をしながら、この後のスケジュールを思い出す。
朝から経済学、歴史学、貿易学、マナー講習、そしてさっきの淑女レッスン。今日はこれで終わりだから図書室に行って本を借りて、エリオットはまだ帰ってきていないから庭に行っても寂しいし、、あ、マリン・ビーナからの依頼書に目を通していくつか書いたスケッチも出しておかなきゃ。便箋をいくつか用意してもらって…ヒルデ様にお手紙をお出ししなきゃ。
早めに約束を取り付けておいた方がいいしね。
「お嬢様」
「なあに?」
「シルビア様からこの後予定がなければお茶をしないかとのことです」
「え、シルビアが?」
ヴィオは私の問いに頷く。
珍しいこともあるもんだ。基本シルビアと何かをする際は私から誘うのが9割だ。今日はそうではない残りの1割の日だったらしい。
「何か用件は聞いている?」
「特に内容はお伺いしておりません」
「わかったわ。シルビアの部屋に行きましょう」
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シルビアの部屋に用意されたティーカップに口をつける。柔らかな花の香りが鼻腔をくすぐる。
「これはカモミールティーね」
「ええ、お姉さまがお疲れかと思ったので少しでも心落ち着くものをと」
「ありがとう」
シルビアが微笑む。妹の気遣いがとても嬉しく感じる。
「ところで、お姉さま。もうすぐ王妃殿下誕生祭ですが例のハンカチは出来上がりましたか?」
ハンカチ?…え~と、あぁ、領地へ行っていたときに2人で刺していたあれのことかな?
「国花の刺繍をしたやつよね?」
「はい。私が誕生花を、姉さまが国花を刺したものです」
「あれなら熱が引いたけど安静にって言われたときに終わらせてしまったけど。どうかしたの?」
「それはよかったです。なら次は梱包を考えなくては」
「こんぽう??え、なんで?私達が使うんだよね?」
「違いますよ」
うぇ?私てっきり私達で交換するんだと思ってたんだけど。それなら梱包とかいらないよね。なら、お姉さま達に?家族に渡すにしては数が合わない。お父さまとお母さまにお渡しするなら何かの記念日とか?でも、結婚記念日も誕生日も全然近くないよ。
首を傾げる私にシルは何事でもないように発した。
「王妃殿下へのプレゼントですもの」
プレゼント…誰への?王妃…殿下?王妃‥‥‥お、うひ??
「はいィィ??!!」
「お姉さま、うるさいです」
「いや、え、だって、聞いてないきいてない。プレゼントとか既製品の方がいいよ絶対」
「せっかく渡すのに出来上がりものだなんてつまらないではありませんか」
「いやでも」
「それに幼いうちだからこそ無邪気に手作りをお渡しできるんですよ」
そうかもしれないけど。いや、いろいろ間違っている気がする。すっごいする。
「それならシルのだけ渡せば―」
「私一人が渡したら王妃様は何と思われるでしょうか」
「うぐっ」
ティーカップをソーサーに戻したシルビアは私をまっすぐ見つめる。
空色の瞳には私が映る。
逃がさないと言わんばかりに見つめられて、、、先に折れたのは私だった。
「なぜ姉さまは手作りを用意しなかったのか。私達の中は不仲なのか。姉さまは王妃様に興味がないのではないか。かの有名デザイナーを唸らせたご令嬢は王妃様にはデザインをわたさないのか」
「ウウウウゥゥぅ」
「色々言われかねません。諦めてくださいな」
シルビアにうまい具合に誘導されていたなんて気づかなかった。
それにいろいろ噂されるのは得策ではないのは火を見るより明らかだ。
なら—
「わかった。今回は私達の刺した刺繍入りのハンカチをプレゼントとして王妃様にお渡ししましょう」
ヴィオに伝えて自室からハンカチをとってきてもらう。
シルビアが用意したハンカチには青や紫、黄色の花びらが集合したものが刺されていた。この花は確か…
「ルピナス…だったかしら」
「お姉さまよくご存じでしたね。王妃様の誕生花にしようと思って調べたらこの花が載っていたんです。花言葉は“想像力”でしたね」
「ええ、それから“いつも幸せ”“貴女は私の安らぎ”なんて意味もあるらしいわ。前にエリオットから教えてもらったの」
「そんな素敵な花言葉があったなんて知りませんでした!きっと喜ばれますね」
「そうね」
シルビアの刺した刺繍を撫でる。花びら一つ一つ繊細だ。
見劣りしなければいいなと思っているとヴィオが戻ってきて、ハンカチ2つが収まるであろう箱も手にしていた。
仕事が早い私の侍女は優秀である。
箱の中にハンカチを収めて蓋をする。
「リボンは何色にいたしますか?」
「そうね、シルは何色がいいと思う?」
「王妃様は明るい色を好まれると伺っておりますからそちらの色はどうでしょう」
明るい色。確かに暗い色よりは華やかな場に相応しいだろう。
私達2人からと分かる色の方が、受け取った後すぐに中身を確認するか分からないからいいと思うのよね。となると、空色かピンクになるわけだけど…
ここはあえて違う色の方がいい。そして目を引く色の方が目立つはずだから
「ゴールド」
「「え?」」
「ヴィオ、うちにあるゴールドのリボンをすべて持ってきて。ゴールドがなければクリーム色でも構わないわ。リボン幅は3センチから4センチが望ましいわ。あと白もしくは薄いピンクのレース生地のリボンも集めてちょうだい。こっちは幅1センチ前後で。我が家になければ確か前にビーナ様に渡されたカタログをもって来てちょうだい」
「かしこまりました」
ヴィオとレットが部屋から退出する。15分もすれば目ぼしいものは揃うはずだ。
それまではゆっくり待って居よう。
「姉さまはリボンを2種類もいかがなされるんですか?」
「最近流行のプレゼント包装は、リボンが1種類しか使用されていないものが多い。そして大体が箱のものではクロス型が使用されている」
箱に縦と横にそれぞれ一重して正面でリボンが綺麗に見えるようになっている。
「それでは面白みがないからアレンジしてみようと思ってね」
「色は、、明るいとは言えないと思いますが」
「きっと赤とかピンクは無難な色として多く使われるわ。紺とかも一緒ね。あえて色で違うものにして目立たせるのであればだれも使いたがらない茶色系統の色。茶色系統で綺麗な色合いはゴールドだと思うの」
まぁ、リボン生地によって色合いは変化してしまうから一概にそうだとは言い切れないけどね。
「お姉さまは本当にすごいですね」
シルビアは感心したように言葉を漏らす。
「私は全然すごくないわ」
だって16歳になった時、学園で婚約破棄され人を殺そうとして牢屋に入れられ、家族に勘当されるかもしれないのだから。
そうならないために足掻いているだけに過ぎない。自分可愛さに必死になっているだけ
決して褒められるようなことではない。
「…姉さまはもっと胸を張られてください。そうでなければ貴女を好いている民や従者、家族に失礼ですわ」
「え?」
向かい合って座ったシルビアが静かに怒っている。…何故怒る。いや、何に怒っているのか
私にはちっとも理解できなかった。怒りの線にいつの間に触れてしまったのだろう。
「社交界は確かに周りを貶めようとする者たちが多くうごめく場でありますが、そこで謙遜なんて逆に格好の餌食になりますよ?」
謙遜…していたわけではないんだけど。そう思われてしまったのだろうか
「謙遜が美徳ではありません。時には胸を張り堂々とすることこそが美徳となることもあります。」
口を挟むのを許さないとシルビアは間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「姉さま、貴女の才は謙遜しすぎてはいいように使われて終わりますよ。もっと堂々としてください」
いいように使われる。そんなことはじめて言われた
だって、目立つのはロゼ姉さまとレイ兄さまだから。私とシルなら断然シルの方に人が集まり注目されるだろう。
「これはお姉さま自身の為だけではありません。私をはじめとする家族全員の、貴女に心から仕えているヴィオとレットの、貴女を好いているものの、貴女を認めている者たちの気持ちを守る為です。」
あ、私は…。
チャンスをくれたのはロゼリア姉さまとビーナ様だった。
それから兄さまが悪乗りする形だったけど、領地でいろいろ経験する機会をくれた。
お父さまとお母さまは私がエリオットと庭に出ることを許可してくれたおかげで友達が出来た。それだけじゃない教会への支援も堂々とできるようになった。
おじいさまとおばあさまのおかげで領地について学びを深められて、今も続けることが出来ている。
シルが紹介してくれたから貿易学が楽しく感じるし、領地祭のドレスに自分で刺繍を刺す勇気をもらった。
ヴィオとレットがいたからどんなにあの夢を見てもあれが夢だって思えるようになったんだ。
知らないうちに多くの出会いからたくさんのことを学んでいた。
それなのに…その人たちに恥じないようにと誓ったはずなのに…何もわかっていなかったのは私だったのか。
心の中に気づかないようにしていた何かがゆっくり開いていくような感覚を味わう。
「ありがとう、シルビア。私の代わりに怒ってくれて、私のために叱ってくれて」
「…本当に仕方がないお姉さまですね」
そう言って苦笑いを返される。
ティーカップの紅茶は冷めてしまったけれど、それでもシルビアのように優しい香りが部屋を包み込んでいるようだった。
リズビアを叱ってくれるのは案外シルビアだけだったりするのかな?
お姉様想いのいい子なんだよね。たまに口わるいけど
次回お姉さまは挽回できるのだろうか?




