守りたいもの
我が家の領地祭はつつがなく行われ、領民も来訪してくださった貴族の方々にも高評価を得て終わりを迎えることが出来たらしい。
らしい…というのは、私は最後までちゃんともてなせなかったからお兄さまやお父さま経由で聞いたことしか分からないのだ。
領地祭最終日の日、シルビアを庇って伯爵家のご令嬢にビンタを喰らったことやそれまでのおもてなしによる気づかないうちの疲労が溜まっていたらしく、私はマルコス様と別れた後にどうやら倒れてしまったらしい。
しかも、倒れて3日間高熱にうなされていた。
起きたとき、シルビアにはすっごく泣かれた。心配したと。もう二度と自分を庇って危険なことはしないでほしいと言われた。まぁ、反省はするけど約束はできないので笑って誤魔化しておいた。
シルビアに何かあったらきっと私は一番にシルビアを守ろうとするだろう。
それで怪我して王太子妃候補から外れられたら万々歳だけどね。傷物の王妃とか殿下も嫌だろうしね。
「こら、ボーとしてるけど大丈夫?」
「わっ!」
ポスンと頭に何かがのせられ、視界が真っ暗になる。
手でのせられたそれを持てば、それは麦わら帽子だった。帽子にはかわいいピンク色のリボンが巻かれている。
「これどうしたの?」
隣にしゃがんで作業を始めたエリオットに尋ねる。
「親父がリズは女の子だから日焼けとかしない方がいいだろうって」
「プレゼント?」
「そ、でも選んだのは俺だから」
「…ありがとう。エリオット」
「どういたしまして。それより体調は大丈夫なの?さっきもボーっとしてたけど」
エリオットが選んでくれたという麦わら帽子をかぶりながら大丈夫と答える。
体調はいいのだ。むしろ動かないように、安静にと起きてからも2日ほどベッドの上にいたせいで動きたくて仕方がなかったのだ。
どうしても大人しくできない私に呆れたヴィオとレットが何冊か小説や歴史書、刺繍の本なんかを持ってきてくれたおかげで耐えれたようなもの。
「ちょっと怖い夢を見て…」
「また?」
「う~ん。前とは違う夢」
「いや、毎回同じ怖い夢見るとかないだろ」
それがあったりするんだよな~(体験済み)とか言えるはずもなく、黙って流しておく。
以前私達がこうして土いじりをしているときに私が深いため息をついてしまったことが原因で、心配してくれたエリオットには怖い夢をよく見ると打ち明けたのだ。
「で、内容は?」
「…自分が友達だと思っていた人が友達じゃなかった夢」
牢屋の薄暗い中一人横たわっていたこと。床の冷たさ。身体の痛み、気だるさ。それらは目を瞑ればありありと思い起こされる。
夢というにはあまりに鮮明で…初めて見たはずなのに…
「それは裏切られた的な?」
首を横に振る。確かに裏切られた。けど、裏切りというのは一時でも信頼していた人に対するものだ あの時私は彼らを信用はしていないと言っていた。だから裏切りとは少し違う。
それにはじめから彼らはマルコスによって用意されていたのだ。
彼らは裏切ってなどいない。彼の指示通りに動いただけなのだから
「はじめから友達だと思っていたのは私だけで、周りの人に私がどんな話をしても反応してもらえないの。ただ、決まった動きを返されるだけ。彼等の会話に私は入っていけない。のけ者にされているの」
「うん」
「寂しくて、悲しくて、何で、どうしてって思って。…夢だってわかってるよ。でも、怖いと思ったことは事実で」
「そっか。そりゃ、悲しいし、怖いよ」
エリオットの方を向けば彼は寂しそうな表情だった。
「エリオットは経験があるの?」
その問いに彼は動かしていた手を止める。
「リズの話とは少し違うけど、自分の話したことを周りがいつも同じ反応でしか返さなかった経験ならあるよ。自分のことをないもののように感じる。伝わらないもどかしさと悲しみがあるんだよな、あれって」
彼のそれは一体どんな状況でだったのだろう。
1人でどれ程抱えてきたのだろう。
私は…貴族だからと割り切っていたところがあった。でもエリオットは―
「まぁ今は気にしないよ」
「ど、うし、て?」
「だって、ちゃんとわかってくれてる奴がいるじゃん。俺の目の前にさ」
そう言って彼の瞳の中に私が映る。
あぁ、彼を救えたのだろうか。そうじゃないと困る。こんな眩しい笑顔の彼が嘘だなんて思えないし、思いたくない。
手を伸ばし、エリオットに抱き着く。
我慢したね。気づいてあげられなくてごめんね。笑ってくれて、あの日手を取ってくれてありがとう。そんな思いが声にならず頭の中で沸き上がる。
抱き着いた勢いが強くてそのまま地面に倒れていくが、気にしない。
「―って、ちょ!リズ!!うわっ」
エリオットの焦った声が頭上から聞こえる。でも、彼は2人して倒れ行く中私を抱きしめてくれた。
「お嬢様⁈」
「どうかされましたか?」
エリオットの声にヴィオとレットが駆け寄ってくる。
「エリオット…なにしたんですか」
「ヴィオ、誤解だ。俺は何もしていないし、むしろリズに飛びつかれて倒れた被害者だ」
「有罪です」
「レット、お前の妹を止めろ」
「ヴィオ、今はエリオットよりお嬢様を優先しような」
「チッ」
三人がわちゃわちゃと会話する中、私はエリオットの胸に顔をうずめて泣いていた。言葉にならない思いが涙となって溢れる。
きっと今だけは、この人たちはずっと信じられるはずだから。
いつか、夢のような日が来てしまったとしても。この人たちを巻き込まないように、信じてもらえるように
私は―
「リズって感情表現豊かだよな」
そう言って、エリオットの指が涙を拭う。
「なんですか、エリオット。今頃気づいたんですか?お嬢様は泣き虫で、感情表現が豊かで、ちょっと抜けてらっしゃって純粋なお方なんです」
「そうですよ。お嬢様はちょっとおかしいけどそこがかわいらしいお方でしょう?」
「お前らそれ褒めてんの?」
「「もちろん」」
エリオットが小さく「うわぁ」って言った気がするけどきっと気のせい。
ヴィオとレットが私を褒めているようで若干貶しているように聞こえるのだってきっと気のせいだ。
この人たちに恥じない自分でいたい。いつまでもこうして笑っていられるように
この幸せが続きますように
そのために私は婚約破棄だけじゃない、社交界を渡って行かなくてはいけないんだ
ヴィオはエリオットの前とレットの前だと素が出ます。むしろオープンしてます
可愛いねって思いながら書いてます。
しかし、社交界って怖いね。私生きていける自信ないな~




