嵌められて
カツン、カツン
重い瞼を持ち上げてあたりを見渡す。
薄暗い部屋?に横たわるようにして私は冷え冷えとした床に身体をくっつけていた。
ここはどこ?
ああ、頭が痛い。それに喉もヒリヒリする。
カツン
部屋の前に誰かが立ち、私を見下ろす。部屋…というには窓も扉もない。あるのは格子だけ…。………そう、鉄格子だけ
『あぁ、まだしぶとく生きていますか』
発された声音は温度がない冷たいものだった。
『―ッ、こんなことをしてただで済むと?』
意志していない自身の声が響く。なるほど、これは夢なのか
でも、今まで見たことのない夢だわ
婚約破棄の断罪から始まり、家族にののしられ、平民になり下がり、首を斬られて一人寂しく死ぬ。いつも何度も繰り返していた夢とはスタートから違っている。
これは本当に夢?
『王太子殿下殺害未遂を起こした公爵令嬢を地下牢に入れるなんて大変優しい処遇だと思うのですが』
『は、私が殿下を殺そうだなんてするはずないでしょう?愛しているのに。狂おしいほどにあの方をお慕いしているというのに。そんなことも分からないの?馬鹿なんじゃないかしら』
殿下じゃなくても殺そうとした時点で問題ありなのに何を言っているのだろうか、私は
『貴女の考えなんて分かりたくありませんよ。分かってしまえば底辺になるということですから』
重く所々が軋む身体を起こして、相手を見上げる。見上げるというよりおそらくは睨みつけているのだろう。
格子の外の通路を照らす松明の明かりが彼のメガネに反射し、目元の表情を隠す。
『近いうちに貴女は公爵家に戻れますよ』
『当たり前でしょう!私はここに居ること自体間違いなのだから!!』
怒鳴りつける声が牢屋に、通路に響く。喉がカラカラで口の中にうっすらと鉄の味が広がる。
『間違いですか…。それはどちらが何でしょうね?』
青年となったマルコス様の表情はやはり見えない。ただ淡々とした声音から軽蔑されていることだけは感じられる。
だけど、私じゃない私の中には“たかが侯爵家の分際で”という思いが大きいらしく身を焦がすような怒りが伝わる。彼はいつもの婚約破棄場面で必ず私へ国母に相応しくないと最初に告げる。それはとても勇気あることだと思う。
多くの人の人の前で発言することの怖さや責任を領地に来てから私も知った。
『貴女がもっと×××様のように社交界でしっかりと綱渡りが出来ていればこんなことにはならなかったのかもしれませんね』
―――!!
また、耳鳴りが!あの子の名前だけはいつまでたってもきくことが出来ない。
頭が痛い。あの名前を聞くだけで酷い耳鳴りと頭痛に見舞われる。
『最後に一つ教えて差し上げますよ。かつて貴族であった貴女へ最後の選別に』
マルコスが見下ろしていた視線を私と同じ視線に合わせる。
『貴女があの方を取り巻きのご令嬢たちを使って、またはご自身の手でいじめていましたよね。本来ならバレることはなかったでしょう?あなたの中では』
『…』
『なぜバレたのか…それは私が貴女の友人を金で買収し、罪をあなた一人に着せるよう証言させたからですよ』
「なっ!」
衝撃的な言葉に反射して目を見開く。
お金で買収って
『そんなことして許されると?』
『許されますよ。だって今では貴女のことを誰が信じるというのですか?×××様をいじめた傲慢で、我が儘で、いじわるな公爵令嬢それが今社交界での貴女のイメージですよ。覆るわけないじゃないですか』
社交界のイメージでその状況ならいくら何でも私自身も知っているはずでしょう⁈
でも、少し前まで友人たちはいつも通りだった。周りだって
『なんのために僕がここまで根回しをしていたと思っているんですか』
ガツンッ
頭を殴られたような衝撃が走る。なにそれ。根回しって、いつから
学園に入った時から?入る前の殿下の誕生祭の時から?公爵家のお茶会の時から?いったいいつから―
『すべては初めからですよ』
マルコスは嗤う。
『貴女が僕の目の前に現れたあの日からずっと、ね』
始めから…出会った日からじゃない。彼に私が認知された日からずっと張り巡らされていたんだ。
「あ、ああ」
『貴女が友人と思っていた彼女たちは僕が金で雇った者たちですよ。ずっとずっと貴女に信頼を得られるよう彼女達には頑張ってもらっていたんです。ようやく報われましたよ。長かった。』
友人だと信じていた人たちは雇われていた?ずっと、私を騙していた?なんで。どうして
涙が頬を伝って流れ落ちているのに視界は歪まない。
悪夢は一瞬たりとも揺らぐことなく鮮明に私に見せ続ける。眼を逸らすことすら許さないと言わんばかりに
『本当に長かったですよ。リズビア様』
もう、やめて
これ以上やめて
『すべては貴女のおかげだ。心から賛辞を述べます。ありがとうございます』
彼は嗤い、立ち上がるとカツン、カツンと靴を鳴らしながら通路の暗闇へと消えていく。
立っていられなくて、座り込んで泣く。声を上げて泣いているのにその声は部屋に響くことはない。
『…友達なんて思ってなかったし、信頼もしていなかったわ。だって彼らは一度も』
シンとした部屋に零れた言葉は私以外に拾われることはなかった。
社交界は確かに一筋縄ではいかない。他人の私欲渦巻く世界だから
決して綺麗ではない。純粋であれば取って食われる。それでも、彼らと過ごした時間が楽しかったことはなかったことにはできなくて
この記憶も感情も5歳の私じゃない16歳のリズビアのもの。
それでもあふれる涙は止まらない。彼女が泣けない分私が泣いているようだった。
『だって彼らは一度も笑わなかったわ』
彼女がどんな思いでこの言葉を口にしたのか
分かってはあげられない。だって、何も伝わってこなかったから。
友達に笑ってもらえなければ誰だって悲しい。寂しいよ。
エリオットが、ヴィオが、レットが、協会のみんなが、私の話を聞いても笑ってくれなかったら?反応を返されなかったら?みんなの輪の中に入れなかったら?
そんなの…
「―辛すぎるよ」
最後に映ったのは廊下の松明が風で吹き消え、真っ暗な闇に包まれた寂しい牢獄だった。
久しぶりの悪夢のお話し
おかしいな。登場人物の大半が腹黒で進んでるよ…
なぜだろう??




