敵わない
パァンッ!!
振りかざされたミシェッタ嬢の手は私ではなく目の前の人にあたった。
「おねえさま…どうして」
ここに居るの?
甘栗色の下ろしていた髪が叩かれたことによって振り乱される。
ミシェッタ嬢達の顔色が一気に青ざめる。
「「「リ、リズビア様…」」」
名前を呼ばれた本人は私を背中に隠すようにしているため表情が伺えない。
それでも結構いい音したし…痛いよね?
普通泣いてもいいと思う。それこそかつての姉さまなら大泣きして人を集めるだろう
大丈夫か。そんな言葉を紡ぎたいのになぜか身体は動かなくて
姉さまの背中ばかりを眺めてしまう
「ふぅ、ご機嫌よう皆さま。同世代の方々がホール内にいらっしゃらないから探してみれば皆さま庭園にいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
…は?
何を言っているのか
対面にいるミシェッタ嬢達も想像していた言葉とは違いすぎてポカンとしている。
「我が屋敷の庭園は庭師が丹精込めて管理しているおかげで大変きれいなんです。皆さんも気に入ってくれたのでしたら幸いですわ」
姉さまの声色はいつものように明るいもので少しも怒っているように感じない。
姉さま以外のこの場にいる人は皆何を言っているのか、先ほどのことは幻だったのかと疑問と戸惑いの表情を浮かべる。
それでも姉さまは止まらない。
「実は私も屋敷内で庭園が一番好きなんです。庭師の想いがとても伝わりますし、季節によって色とりどりの花が見れますから」
「あ、あのリズビア様」
「はい?なんでしょう」
ロナンチェ嬢が勇気を振り絞って声をかければ姉さまは振り向く。
その左頬は右側と比較すると明らかに赤くなっていて…若干腫れているように思う。
なのにリズビアは変わらぬように笑っている。
それはもはや異常でしかない。
背筋が凍るような感覚に襲われる。明らかにリズビアは怒っている。ただ静かに。淡々と
「あ、あ、の頬が…」
「頬?ああ、先ほどのですか」
そう言って自分の叩かれた頬に手を添える。
「私は先ほど屋敷の中で庭園が一番好きだと申しましたよね?」
「は、はい」
「その庭園を共感していただけるなら嬉しいのですがこの場で言い争いなど誰が望みましょう?ここは庭師が手入れした神聖な場所です。ましてや今日は領地祭。我がガーナ公爵家領に赴かれた方々に礼を尽くさなくてはならない日にこのようなことあってはならないのです。
ですから、きっと何かシルビアが粗相をしてしまい貴女方の気に障ってしまったのでしょう。姉として、公爵家の一員としてお詫びいたします」
リズビアは笑みをスッと消してミシェッタ嬢に頭を下げた。
上位貴族が下級貴族に頭を下げることは過ちを認めたも同義だ。
リズビアが頭を下げる必要はどこにもない。だって、これは私の問題なのに―
「姉さ―」
「まぁ、それはそれとして」
スッと居住まいを正したリズビアは先ほどまでとなんら変わりのない笑顔を浮かべる。
「このような人が集まる場で淑女としてはしたなくも大声を出し、ましてや相手の身分を軽んじた挙句手を出すだなんて……驚きました。最近はそのような淑女作法が流行なのでしょうか?あいにく私は屋敷の外にあまり出ないのでよく知らないのですが…、ミシェッタ伯爵家ではそのような教育がなされているのですね」
「ひっ、あ、ちが、違いま―」
「ああ、ごめんなさい。ミシェッタ伯爵家だけでなく、リンセル子爵家、ボーハ男爵家、ニカロン伯爵家、ゼンラッチェル子爵家も同じ教育を受けておられるようですね。」
名前を呼ばれた者たちは恐怖で目に涙を浮かべる。中には開いた口が塞がらないのか口をパクパクとしている者もいる。
「淑女の求められるものとは時代とともに変化するとは思いますが我が国ではまだ貴族制がありますし、歴史ある家系こその身分を重んじる傾向がありますから。皆さんの淑女教育は少し周りに受け入れられ難いものかもしれませんね」
それらを総無視してつらつらと滑らかにリズビアは言葉を紡ぐ。
ミシェッタ嬢達は可哀そうなほどに顔を真っ青にしている。
でも止まらない。
「それでも我が国が貴族制を重んじていることは皆さんも家柄的にご理解しているはずです。まさかそれすらも理解していないとなるとそれは斬新的な教育どころかただの愚か者でしかないと思いますけど…」
一呼吸おいて場違いにもリズビアはかわいらしく首を傾げる。
「公爵家は王家の次に地位の高さを持ち、わが国には四大公爵家しかいません。ご存知ですよね?その一つの我がガーナ公爵家でこの騒動とはどういうつもりがおありなのか教えていただけますか?」
彼女たちは真っ青な顔で震え始める。
リズビアはただただ質問の答えがくるまで沈黙している。
誰も何も言えない。この場の支配者はリズビアでしかなくそんなリズビアはいつものように笑っている。
それが異常すぎて…こんなリズビアは初めて見た。
「…お答えいただけないのですか?残念ですわね。まぁ、どうでもいいのですが」
どうでもいい。それはリズビアが彼女たちに見切りをつけたということだ。きっと今後も彼女たちがリズビアに近づくことは限りなくないというリズビア自身の意思表示。
「あ、そうだ。シルビアが家柄しかないと仰っていましたが、貴女方ごときがこの子の何を知っているのですか?この子は刺繍がとても綺麗ですし多くの知識を有しています。身体が病弱だからと嘆くことなく自分の出来ることをやっていますよ。この子を貶せるほど貴女達は一体何が出来るのか。次に社交界でお会いするときに楽しみにしていますね」
くるりと身をひるがえしたリズビアはスッと私の手を取り、私の友人たちに「行きましょう」と穏やかに声掛けしてホールへ足を向ける。
「姉さま…」
「なぁに?」
「頬を早く冷やさなくては」
「ん~大丈夫よ、これくらい。それよりホールから出ちゃダメよ?シルはもてなす側なんだから」
「…はい。申し訳―」
「ありがとう」
「へ?」
「ごめんよりありがとうがいいなって」
振り返った姉さまは嬉しそうに笑う。まるで何事もなかったかのように
どうしてそんな風に笑えるのか分からない。分からないけどその笑顔に安心して体が熱くなる。馬鹿みたいに嬉しくて
「あ、りが、、とう」
「どういたしまして!」
ああ、本当に…この人には敵わないな
頬パァンって絶対痛い。私なら泣く。年齢とか外聞とか言ってらんないよ。痛いもんは痛いし、泣くときは泣くよ?
え、5歳児が強くてどうしていいか分からない…




