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幸せに生きていたいので  作者: 結汝
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我が儘お嬢様だった

 目を開ければそこは柔らかなカーテンが揺れる自室だった。

どうやら昨日はあれから気を失っていたようだ。


「はぁ…」


 溜息とともに念のため手で喉をさする。

斬られてはいないし傷もない。いたって普通であることに安堵のため息を漏らす。

 夢ではないことにほっとしつつも不安は拭えきれない。

 家族に罵倒されたら勘当されて殺される…そんなことないと思いたいのに夢の中での出来事が鮮明に思いだされ、不安が掻き立てられる。

 本当は今日も部屋でゆっくりとして現実から目をそらしたい。

 そうしたいのはやまやまだがそうすれば昨日みたいに誰かが自室を尋ねに来るかもしれない。せめて自室という安寧の場は守りたいから仕方なく起き上がる。


「おはよう、ヴィオ、レット」

「「おはようございます、お嬢様」」


側に控えていた2人に挨拶して、ぐっと伸びをする。


「本日は何色のドレスにいたしますか?」


 ヴィオが素早く並べた色とりどりのドレスを見てうわぁと声が漏れる。

ドレスを見た感想は、そんなにドレスいらないでしょう…だった。

 部屋を埋め尽くさんばかりのドレスに頭が痛くなる。

 自分がお父さまにお願いしたものだけど限度があるでしょう。この量はない。

カラーバリエーションだけでなく型も豊富だが、デイドレスは動きやすいほうがいいと思う。よってそんなに豊富な種類もいらない。

起きてから何度目かの溜息を吐き出しながらライトグリーンのドレスを指さす。


「そのドレスにするわ」

「かしこまりました」

「あと、このドレスの中で新しくなく型が古いものを選別しておいてもらっていいかしら?」

「いかがいたしましたか?」

「‥いや、あの、ちょっと‥‥」


 ヴィオとレットが訝し気にこちらを見つめる。

見つめながらもちゃんと着替えの準備や選別を始めるあたりに有能さを感じる。


「ちょっと量が多すぎるし、そんなにあっても着ないだろうから何かに活用できないかなって」

「「!!」」


2人は驚いてか動きが止まる。


「‥‥‥えっと、そんなに驚くことかしら?」

「失礼いたしました。仰せのままに御準備いたします」


レットがさっと選別に戻るとヴィオがライトグリーンのドレスをもって奥の着替え部屋へ促す。


「お嬢様、先ほどの件ですが本当によろしいのですか?」


 先ほどの件とはドレスの選別のことか…


「うん。別に問題ないけれどどうかしたの?」

「以前私共が進言なさった時は私のものだから捨ててはいけない、まだ足りないとおっしゃっていたではありませんか」


 そんなこと言ったっけ?と記憶を手繰り寄せれば、なんかそんなこと言った気もしなくはない。2人がドレスの選別を―的なことを言ってきたから理不尽に怒って困らせたんだったかしら。

…どうしてちゃんと意見を聞かなかったのかとかつての自分を苦々しく思う。


「あの時はごめんなさい。私もちゃんと2人の意見に耳を傾ければよかったわ」


 この言葉にヴィオとレットはとてつもない衝撃を覚えた。

 何故なら自分たちが仕える、もとい拾った主はとてもわがままで傲慢な5歳児であった。進言は跳ねのけられ、逆切れなど日常茶飯事。失敗は全て周りのせい。自分が一番。

それがリズビア・ガーナ公爵令嬢であった。

 なのに今日は、というか昨日からいろいろおかしい。

 熱から目が覚めてから怖い夢を見たからかどうなのか分からないが、2人の顔を見て泣き、無礼にも抱きしめたのにもかかわらずお咎めもなし。終いにはお礼まで言われた。

ロゼリア様とレイチェル様がいらっした時も途中から顔色を青ざめさせて意識を失った。

そのすべての行動がひとつもリズビア・ガーナらしくない。

まるで人が変わったかの様にすら思われる。

 そんなことを2人に思われているなんて全く知らないリズビアは選別したドレスの活用方法に頭を使っていた。

 

 それなりの上等な生地だからばらせば結構いい値がつくはず。だけど、これを公爵令嬢が売ったなどとなれば世間的に問題があるだろうな。となれば頼れるのは一か所しかないけれど、そこにこの量を一気に持ってはいけないわ。一度に多量に持っていくことで莫大な利益が生まれる分危険が付きまとう。それは彼らにとってよろしくない。

う~ん、どうしようかしら


「お嬢様、準備が出来ましたよ」


 ヴィオの声で思考を中断する。

 知らない間に髪をゆるく編み込まれていた。


「ありがとう、素敵だわ」

「…恐れ入ります」


 自室から出て食堂へ向かう。

食堂ではすでに私以外の5人が席についていた。


「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」

「おはよう。病み上がりなのだからかまわないよ、リズ。体調はどうだい?」

「大丈夫です」


 父が心配そうにするので笑って見せる。


「昨日目が覚めたときはあまり顔色がよくなかったと聞いたわ」

「一日寝れば治りましたので心配いりませんわ、お母さま」


 母が海色の瞳を潤ませる。

 その眼を見て心臓が大きく跳ねる。

朝食の席で泣くのはやめていただきたい。


「早く座りな?」

「リズが元気になって安心だわ」


 兄さまに促され席に着く。ロゼ姉さまは優しく微笑むのでそれにつられて私も微笑む。

思ったよりも夢と現実がはっきりしてか昨日の様に姉さまと兄さまを怖がることはなかった。

だからと言って不安がないわけではない。

 実は母さまの眼を見て以降全員と視線を合わないよう避けている。相手の眼を見なくて済むように胸元や口元に視線を合わせて見ているっぽくしている。

先ほどの母さまの眼を見たのは不可抗力だったが、見た瞬間に背筋に冷や汗が伝った。

怖いと思ってしまった。

 優しい家族が怖いと、その優しさはまやかしだと、いつかは私を殺そうとするのだと思ってしまう。

そんな気持ちを呑み込んで和やかに朝食は始まる。

 時に笑ったり、控えている使用人も交えて話したりする中でふと視線を上げれば自分より少し明るめな甘栗色の髪に自分とそっくりな顔。ぱっと見で違うのは透き通るような空色の瞳。そして貴族令嬢に相応しい優美な動作でナイフとフオークを使う妹が目に入る。

 妹は一度も私に話しかけていない。

じっと見てしまっていたためか妹と視線が重なる。

 妹はびっくりしてか固まってしまう。

 それがなんだかおかしくて「シルビアったらそんなに驚かないでよ」と笑いかける。

その言葉になぜかさっきまで楽しそうに話していたみんなの会話が止まる。


「え、ああ、あのごめんなさい」

「!?なんで謝るの?」


 シルビアが怯えた様に謝る。

べつに私変なこと言ってないと思うのだけれど。


「そのお姉さまの御気分に障ったから―」

「そんなことないわ!ただシルがさっきまで優雅に食べていたのに変な格好で固まっちゃったからおかしくて、そんなに驚かないでって意味で言ったんだけど―」


 シルビアの眼が大きく見開かれる。

今にもその宝石のような(サファイヤ)瞳が落ちそうである。

 リズビアは知らない。この時リズビア以外の全員が驚いていたことを。

熱が出るまでの彼女は妹が気にくわなかった。

 双子であるため同じ顔。故に自分が一番じゃなくなってしまういわば邪魔者としてシルビアに酷く当たっていた。そのことは家族を含め屋敷の者は皆知っていた。

シルビアが話しかけなかった理由もそこにある。

 今まで一度も愛称で名前など呼んだことがない、ましてや日頃名前を呼ばない相手の名を愛称で呼んだのだ。

 衝撃的過ぎるものだった。あれほど毛嫌いしていた相手を愛称で呼んでいるのだから。

 リズビアは何とも言えない空気になった食堂の空気を変えたくて、シルビアに「なんかごめんね?」と眉を下げて弱弱しく微笑む。


「い・・・え」


 シルビアは何度か瞬きを繰り返した後にやっとのことで一言絞りだす。


*****************************


 朝食を終えた後、一度自室に戻り選別されたドレスの確認をする。

全部で17着。

 これでもまだ半分以上のドレスがクローゼットに終われている。

17着の中から比較的質がいい布を使用している一着と色あせの激しいドレスを一着、型が最新でないものを一着選びヴィオにまとめるように指示する。

 その間にレットを伴って父のいる書斎に足を運ぶ。

コンコン


「どうぞ」

「失礼いたします。お父さま、リズビアです」


 書斎の扉を執事長のギンデが開けてくれる。


「どうかしたのかい?リズ。また新しいドレスかな」


 父の言葉に片頬が引きつる感覚を覚えながらも首を横に振る。

むしろその逆のお願いを今からするのだけれども…


「お父さま私当分新しいドレスはいりませんわ。ただ、今ある中のいくつかを寄付に回したいのですがよろしいでしょうか?」

「寄付だと?」


 お父さまは訝し気に尋ねてくる。

 まぁ、分からなくはない。今まで買ってくれと強請っていた人間がいきなり寄付するとか意味わからないだろうし。


「はい。ドレスを解体して布地にしてそれで何かを作り、売る。そうすることで元がドレスとはわかりませんし、売り上げの一部をいただけば寄付というよりかは取引(?)になります。公爵家の名に傷はつきません」

「待て待て待て。取引に、利益、公爵家の名に傷って…リズお前何を言っているんだ?」

「あ」


 先走りすぎてなぜこうなったかの説明を飛ばしてしまったわ。


「ええと、実は私がお父さまに買っていただいたドレスなんですが、その、自分のわがままで買っていただいたのはいいものの着なくなったものは処分しようと思いまして…。でも、私の服をシルビアのお下がりにとするのはちょっとあれで・・・」


 現に朝食の時で確信したが私とシルビアでは好みの色が違う。私は明るめで目立つ色合いのドレスが多い一方、シルビアは清楚で大人しめなドレスを好んでいるように思う。


「それならば教会に提供して孤児たちの生活に有効利用していただいた方がいいかな~と」


 そこまで聞いた父は「なるほど」と頷く。


「教会に寄付するのも取引にするのも自分で決めてやってみなさい。外出の許可も与えよう」

「ありがとうございます!お父さま!!」


 父に深く頭を下げてから私は廊下に立っていたレットを伴って、許可がとれた安堵と喜びによる軽い足取りで来た道を戻る。

教会のみんなは喜んでくれるだろうか?


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