クリームのケーキ
今回はちょっと長め?です
「リズビア様、こちらに新作のケーキが‥」
「ガーナ公爵令嬢にお会いできて光栄ですわ」
「こちらは我が領の…」
「とても素敵なドレスですわね」
次から次へとやってくる人と会話に返答しながらそろそろ頬が引きつるんじゃないかと心配になる。あぁ早く帰りたい。
見上げた空は眩しいくらいに真っ青であった。
時間は遡り1時間前
今日から3か月間が待ちに待った領地祭である。ガーナ公爵家は2か月目の月初めに我が領地に他領の貴族をもてなすことになっている。つまりそれ以外の領地祭期間は他領に招かれているので訪問しなくてはいけないわけで…
もう今日は朝から忙しい。やれドレスは何色、髪型はどうする、何を刺し色にする、どこの貴族に招待された、あそこの領は今何に取り組んでいるから話を聞かなくてはとかてんやわんやである。あと何が憂鬱って私はシルビアと違ってあまりお母さまやお姉さまのお茶会に同伴していない為知り合いが少ない。本当に少ない。
初対面の人でも向こうは私を知っている。何たる恐怖
本当は行きたくないけれど、他領の現状や取り組みの片鱗は見てみたい。
そんな好奇心が勝りおめかしをされて馬車に乗り込む。今日はコングラッツ伯爵領にお邪魔するのだ。コングラッツ伯爵領は比較的穏やかな気候で作物は毎年一定した量を収穫している。伯爵領には大きな川が流れており、水車や小舟が地元の魅力の一つになっているそうだ。川の水が氾濫しないように対策されていたり、民の生活には水が強く結びついていたりするそうなのでそこもしっかり見ておきたい。活かせることは自領にも活かす
この貪欲さは大切だとおじいさまは言っていた。
馬車に揺られ、到着した伯爵領は民に笑顔が溢れ収穫祭を心から喜んでいるようだった。
川の付近と思われる場所にはいくつもの水車が見られガーナ公爵家との違いをひしひしと感じる。
「リズ、興味があるのは分かるけどちゃんと座っていなさい」
お兄さまに注意されさっと姿勢を正す。
あまり馬車の窓からガン見していたら公爵家の恥になってしまう。いけない、いけない
ちゃんと公爵令嬢然としておかなくては
「帰るまで持てばいいんだけどなぁ」
レイチェルが呟いた言葉にリズビアは首を傾げる。それ以上は何も言わないと兄さまはただ笑うだけだった。
そしてその意味は今ならわかる。伯爵家について伯爵夫妻に挨拶した後、呑気に構えていた。すると冒頭の集中砲火である。一気に人が私のまわりを取り囲み一斉に話す。
もうてんやわんやである。
先ほどチラリとお姉さまやお兄さまを見やれば仲のいい知り合いの方々と話をされていて、シルビアもそれとなく知り合いと思わしきご令嬢たちと話をしている。何故私のまわりにだけ人がこんなにわちゃわちゃしているのか…
謎すぎる。
「こちらのケーキはお食べになりました?」
1人のご令嬢がクリームたっぷりのケーキを皿にとりわけ持ってきたらしい。
「いえ、まだいただいておりませんの。皆さんはもう頂かれたのですか?」
「私もまだ口をつけておりませんわ」「僕もまだです」
食べなよ!!領地祭だよ?おしゃべりも大切だけど領地の特産を食べて話に花咲かせなさいよ!と言うかおなか減ったし
「では、皆さんでそちらのケーキを頂きませんか?」
「え、でも―」
「い・た・だ・き・ま・し・ょ・う・ね」
口を出そうとした相手に向けて満面の笑みを向ける。すると相手は押し黙り、周りにいたものもわらわらとそのケーキを皿に取っていく。
ああ、やっと解放された。疲れる。
最初に差し出してくれたご令嬢にありがとうと言って皿を受け取り、フォークで一口大に切り口へ運ぶ。口の中で甘さが少し控えめでコクのあるクリームと柔らかなスポンジが溶けていく。
「こんなに濃厚なクリーム、私初めて食べましたわ」
「気に入っていただけて何よりです。このケーキは我が領のミルクを使用して作った生クリームとバターを使用したスポンジで作っているんです」
「とても素晴らしい領地産物ですわ」
説明をしてくれた菫色の髪を持つおとなしそうな少年がほんのり頬を染めて微笑む。
「申し遅れました。私はガーナ公爵家が次女、リズビア・ガーナと申します」
皿をテーブルにおいてドレスの裾をちょこんとつまんでお辞儀をする。
「はじめまして。コングラッツ伯爵が次男、ヒルデ・コングラッツと申します。リズビア様にお目にかかれましたこと光栄に思います」
腰を曲げて紳士の礼をとる彼はとても物腰が柔らかいと感じ、先まで私を取り囲んでいた人たちとは違うと直感的に感じた。
「コングラッツ伯爵領の特産物がミルクであったのは知っていましたが、生クリームやバターも特産になっているとは知りませんでした」
「ここ数年ミルク以外の特産物を研究しておりましたので」
「これらは王都に流出を?」
「ゆくゆくはその予定ですが当分は我が領のみでの生産になるかと」
「なるほど」
王都への流出を遅らせる理由として考えられるのは①生産量が潤沢でない②自領への人の往来を活発にするため③自領の特産物の素晴らしさに付加価値をつけるための3つだ。
伯爵領自体は温暖な気候と観光名所から人の往来が少ないには当てはまらない。どちらかと言うと活発である。なら、②は除外。
①は数年の研究の成果と言うことは考えうる可能性がある。おそらく表向きの理由はそれになるのだろう。と言うことは本命は③と言う可能性が高い。
「このケーキは領民たちにも手に入るんですか?」
「いいえ、領民には手に入らないものとなっています」
領民には手に入らない=貴族を客として商売することが決まっているということだ。
そもそもケーキとかは高価なものとされている。それが領民にも行き届く仕組みを考えればそれだけでいろいろ変わりそうなんだけど…
「ケーキを作っているのはどちらのお店なんですか?」
「こちらのケーキはうちの料理人が考案し、作ったものなんです」
「!とても素晴らしい料理人の方でいらっしゃいますね。伯爵家は安泰ですね」
料理人が作ったということは、発信源はコングラッツ伯爵家自身が行うことになる。
しかも、ケーキだけでなく他の出されている料理もとてもおいしそうだ。料理人の腕がとてもいいことは間違いない。
「リズビア様にお褒めいただけて光栄です。気に入っていただけたのでしたら次回は手土産でも用意いたしますね」
「まぁ、ありがとうございます!実は私コングラッツ伯爵領の水車や川をもっと見てみたいと思っていたんです。よろしければヒルデ様がご案内してくださりませんか?」
「ぷっ、ふふ。いいんですか?そんなに簡単に了承して」
ヒルデ様が耐えきれないという風に声をあげて笑われる。?なぜ笑う。
しかも簡単に了承ってなんだ。
「別段問題はないと思うのですが…不愉快でしたか?」
「いいえ、むしろとても愉快な方だと思って。ふふ」
笑ってて不快って言われたらどうしようもないと思うんだけどなぁ~
愉快って誉め言葉として受け取っていいんだよね?
「貴女様は一応王太子妃候補の筆頭公爵令嬢であらせられますのに王太子以外の男と2人きりで会うのはよろしいのでしょうか」
「…。先ほども申し上げましたが問題はありません。それに候補であって確定ではないので私が誰といつ何をしようが殿下は口を挟まれませんよ。私に求められるのは公爵令嬢としての振る舞いのみですから」
“王太子妃候補”と言う単語に肩が跳ねそうになるのをとどめて何でもない風に接する。
私の目標はそのカテゴライズからの脱退ですなんて言えるはずもないし、気づかせてはならない。ここで私のその気がないというのが露見すれば他の候補者や殿下を射止めようとする者が目の敵にするのはかわいい妹一人になってしまう。今はこれでも分散しているから嫌がらせとかもあまり聞かないというより、嫌がらせをされるほど茶会に出向いてないからいいのだがこれからもそれが続くとは限らない。
今はまだシルビアを守るために偽っていなくては…たとえそれがどんなに望んでいないことであったとしても。
「なるほど。どうやら噂は当てにならないようだ」
「噂ですか」
「えぇ、貴女様は王太子妃候補としてとてもプライドが高く我が儘でいらっしゃるというものです」
おおう。間違ってないよ、その噂。熱出る前の私のことだよね。知ってる。
めっちゃ該当してます。噂じゃなくて事実です。ごめんなさい。
「先入観をもって、貴女様を試すような真似をしてしまい申し訳ございませんでした」
頭を下げようとする彼に向かって首を振って、謝罪を制す。
「かまいません。気にしませんから。それより先ほどの私の提案はご了承していただけるのでしょうか?レディへの返答を忘れるのは感心しませんよ」
悪戯っぽく笑って見せればヒルデ様が目を丸くする。
「失礼いたしました。もちろん僕で良ければ我が領の案内をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「はい。領地祭が終わり次第こちらから手紙をお送りいたしますので」
「楽しみにしていますわ」
テーブルの上に置いていた皿を持ち、ケーキを再度口に運ぶ。
甘くておいしいくちどけと新たな約束に胸弾ませ、頬が緩む。それを周りがどんな風に見ていたのかなんてリズビアはまったく気にしていなかった。
天然たらし炸裂中!




