刺繍を刺す
「お姉さまお久しぶりです」
「シル~!!」
「わっ!」
今日からはお母さま、お姉さま、お兄さまそしてシルビアも領地にお泊りです。お父さまはお仕事の関係で領地祭が始まってから我が領の催し時にやってくるそうです。大変です
ギュッと抱き着いたシルビアは日焼け対策に大きなつばの帽子をかぶり可愛さが増している。妹が可愛い
可愛い妹の後ろには睨みを利かしたゴッテルが控えている。
未だにゴッテルは私のシルへの態度が疑わしいそうですっごく警戒されている。仕方ないので説得は諦めてます。
「おばあさまにお聞きしました。刺繍を刺されたのですね」
「うん!でもシルの方が綺麗に刺せるから私のなんて大したことないよ」
「そうでしょうか?折角ですし、今日は一緒に刺繍を刺しませんか?」
!シルから一緒に何かをしようと誘ってきてくれたのは初めてな気がする。え、お姉さまは嬉しいです。いつも私から誘うばっかりで正直申し訳なさがあったから
「もちろん、一緒にやりましょう!何の刺繍にする?」
「そうですね。国花と誕生花がいいのではないでしょうか」
「いいわね。どっちがどっちをやる?私は―」
「お姉さまは国花を、私が誕生花を刺しますわ」
ニッコリ笑顔のシルビアは有無を言わさない。別にいいんだけどね?圧が、、、
美人の圧は怖いんだよ?ここに兄妹の血を感じた。
チクチクチクチク
色とりどりな刺繍糸が机の上に散乱している。
シルビアの前に置かれたものは綺麗に色の配列ごとに並んでいる一方、私の前にある刺繍糸はぐちゃぐちゃに置かれかろうじて絡まっていない感じである。
こうなっている理由はお互いの性格?なんだと思う。シルは几帳面なんだろうけれど私は大雑把なのだろう。正直糸は探せばあるから(優秀な側付きが用意してくれているので)いいかってなってしまいこの現状だ。うん、きっとお母さまやお姉さまがいたらお小言をもらってしまうのだろう。お兄さまなら「リズビアらしいね」と鼻で笑って馬鹿にされるのだ。
チクチクチクチク
ファンネルブ王国の国花はサテンクリィフェと呼ばれる小さな青と黄色の花である。一つの苗木から青と黄色の花が咲き、この2色は対になっているといわれている。しかも本対の花弁は全て同じ形となっている。サテンクリィフェは本対以外一つとして同じ形ではないことから5年に一度の華鏡祭では対の国花を持った人と想い人になれたらその愛は永遠に続くといわれている。
ロマンチックではあるが出会える確率が低すぎて、そうであればいいな~程度の認識である。
チクチクチクチク
実際におじいさまとおばあさまはこの華鏡祭で結ばれたので社交界でもかなり有名な夫婦であらせられるそうだ。ロゼ姉さまも密かにこの華鏡祭に結ばれたいと願っている。
乙女の憧れと言うわけだ。
確か次の華鏡祭は私達が7歳になってからだったか…
楽しみだな~
「お姉さまは一度集中されると持続が長いのですね」
「ふぇ?」
対面に座るシルビアの声に間抜けな声で反応してしまう。シルビアは優雅にティーカップを口に着けながら一息ついているようだった。
「お姉さまは刺し始めてから一度も休憩を入れていないようでしたので」
「あぁ、言われてみれば確かに。シルはどれくらいできた?」
「半分程度は出来ましたよ。お姉さまはいかがです?」
「う~ん。私も半分くらいかな?」
実際にこれが完成形の半分かなんて知らないけどね。前もそうだったけれど私にはこんな風にしようと思って刺繍を刺していても途中で改定していくから元の図面通りにはいかない。満足したら終わりみたいなタイプである。
「そう言えば、お姉さまドレスはお決まりになったんですか?」
手を止めた間に用意されたクッキー口に運ぶ。うん、サクサクしてておいしい
「一応決め手は見たんだけれどしっくりこなくて…。新しいドレスを買うのは嫌だから生花でもつけてアレンジしようかな~って思ったんだけどそれもなんか違うくて、正直行き詰ってる感じね」
シルもクッキーに手を伸ばし、口に含む。頬が緩むのが可愛い
「アレンジを加えられるなら無地なら刺繍でも入れてみればいかがですか?」
「私が?」
「むしろこの会話の中でお姉さま以外に誰が刺繍を入れると思ったんですか」
ハアとため息をつかれる。
いや、うん。私しかいませんね。ごめんなさい。
「私は素人だから職人さんみたいには出来ないよ。恥をさらして家に泥は塗りたくない」
シルビアと視線が絡む。まっすぐ見つめられた空色の瞳は綺麗で魅入られてしまいそうだ。
絶対にシルビアが王太子妃になればだれも文句は言わないのに…
なぜ殿下はシルを選ばないのか…解せない。もしかして殿下は見る目がない?なんてことだ
うちのシルを見ても心ときめかないなんて憐れ腹黒殿下
「…お姉さま、違うことを考えていらっしゃいますね」
「……シルは人の心が読めちゃうの?」
「お姉さまが分かりやすいだけです」
えぇー絶対そんなことないと思うんだけどなと後ろに控えているレットとヴィオを見れば苦笑された。そんなに分かりやすいですか私。
「素人でもいいのではないですか?お姉さまの刺繍はこれほどまでに繊細でキレイなんですから」
静かに目を伏せるシルビアはどこか満足気に微笑み、優雅にティーカップを口に運ぶ。
「そんなことないと思うけど…。でも、アイディアをくれてありがとう」
「お役に立てたのなら光栄ですわ」
柔らかな風が室内を満たし、私達はまたお互いに刺繍を始める。
小さな青と黄色の花が鮮やかに咲き誇るハンカチが少しの勇気を与えてくれたのは私だけの秘密である。
なんで誕生花と刺繍だったんでしょうか?
(ちゃんと理由がありますよ~)




