刺繍
投稿が大幅に遅れて申し訳ありません。
収穫祭がいよいよ近づき、私に出されていた課題は無事に終わった。今回も長かったよ。
もちろんマリン・ビーナには大絶賛された。むしろやり直しとか言われたら心バキバキに折れてるからね?私5歳。無理よくない!
前にビーナ様に教えていただいた現在の男性主流正装は、黒地の布をメインとし、後ろ身頃が両サイドに切れ目が入ったものだった。あまりバリエーションが豊富とは言えず、極力柄のない一色ものがよいとされている傾向があるのだそうだ。そこで、今回はわざと縦に線を入れた布地や細やかなチェック生地のものにし、後ろ身頃をセンターで切り返したものを提示した。
本来なら鮮やかな色合いの単色の服にしたらいいのかもしれないが、案外派手な色は着る人を選ぶ。お兄さまなら着こなせるだろうが、それが似合うかどうかは別であると個人的に思ったので却下。
ちなみにお兄さまが収穫祭で着られるのは縦線の入った紺色の服になった。胸ポケットには少し紫がかった赤いポケットチーフが色を指すようになっている。ポケットチーフに関してはお兄さまがどうしてもと譲らなかった。意味が分からない。
そんなこんなで収穫祭では、お姉さまが緑の光沢あるドレス、お兄さまが紺の服、シルビアが黄色地に空色の花のデザインがあしらわれたドレスを着る。なら、自分は何を着るべきなのか…
「う~ん」
おじいさま宅の庭園を眺めながらうんうん考える。
なぜ私が3日間のお泊りが終わったのにも関わらずおじいさまのお屋敷にお邪魔しているかと言うと領地の勉強をするなら領地にいた方がいいよねと言うお父さまとおじいさまの提案によるものである。まぁ嫌じゃないしむしろ全然いいんだけどね。
ここの庭園も我が家同様とても綺麗で見ていると心が落ち着く。ここの花たちはエリオットのおじいさまが手掛けているのだ。
エリオットのおじいさまに最初お手伝いがしたいと申し出たときは酷く驚かれたが、お手伝いの中でエリオットに教わったことや日頃のエリオットについて話していたらとても仲良くなっていて今では第2の孫としてとてもかわいがってもらっている。
もちろん最初はおじいさまやおばあさまにも驚かれたがお兄さまとお父さまがいつものことだからと言えば皆納得してくれて、今では実家とさして変わらない生活を送っている。
「お嬢様、そんなに悩まれてもそろそろ決めねばなりませんよ?」
スッと差し出されたティーカップからはカモミールのいい匂いが漂う。
「レット…わかってるよ~。ただ手持ちのドレスじゃなんかしっくりこないんだもん」
両手で頭を抱えながら嘆いてしまう。
私がこっちに来た次の日にはレットもヴィオもこっちにやってきたのだ。2人はこちらに来る際に何着かクローゼットからドレスを見繕って持ってきてくれた。正直2人が持ってきてくれていなかったら私は領地祭の自身が着るドレスの存在をすっかり忘れていたのだ。出来る側付きがいてくれてよかった。
さて、問題は自分の着るドレスである。色は瞳と同じ色にしたいと思ってピンク色のドレスを選択したのだが、ピンク一色のふわふわドレス。お腹の部分でリボンがワンポイントとして存在するドレスは何かが足りないように感じてしまった。
しっくりこないから何個かカタログを見せてもらったが、どれもピンとくるものではなかった。こうして領地のことを学びながら隙間時間にドレスのことで悶々とする日々が今日で3日目になる。時間もないからそろそろ決めなくてはならないのだが…
「う~ん」
「そんなに悩まれるならたまには刺繍をされてはいかがですか?」
「ししゅう?なんで?」
「シルビア様はよく本を読んだり、刺繍を刺したりしているではありませんか。お嬢様も最近は多くの本を読まれておりますが、刺繍はあまり刺されないではないですか。刺したものを誰かにプレゼントしたりしてはいかがですか?」
確かに。私一応刺繍できるんだった。一応と言うのは貴族の嗜みとして刺繍は教わっているから出来なくはないという意味だ。もちろんシルの様に自分から進んで刺したことは今までの記憶上一度もないけれども
たまには土いじりや読書以外にやってみるのもいいかもしれない。
「そうね、刺してみようかしら。レット、針と糸あとハンカチを一枚用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ガーナ公爵家の家紋はズアオチメドリと言う小さな鳥が一本の剣のまわりを飛び回っているような印象を与える。この剣は国への忠誠と誇りを示し、ズアオチメドリは敵を許さない護りを表す。
ちなみに、ズアオチメドリとは雀の様に小さくかわいいが護身用の毒を持つ鳥なのだそうだ。領地を守り、国を守ることを誇りにする我が家には相応しい家紋だと思う。
せっかくだから家紋を刺してみようかしら。
上手くできたらおじいさまに領地について教えてくださるお礼としてお渡ししましょう。
いつの間にか用意された道具を手に取りチクチクと刺していく。
「まぁまぁ!リズビアは刺繍の腕もとても素晴らしいわね」
「!!? お、おばあさま⁈一体いつからそちらに―」
急に声をかけられて思わず声が裏返る。貴族令嬢としては中々アウトだと思うが本当に驚いたのだ。見逃していただきたい。
ニコニコと微笑むおばあさまは私の手の中にある刺繍を見つめる。
「家紋の刺繍をそれほど綺麗に入れれるなんて、リズビアには財政の能力だけでなく衣服のデザイン、そして刺繍の才能もあったのね。おばあさまは感動しているわ!」
「おばあさま、大袈裟ですわ。私よりもシルビアの方がもっときれいに刺せますもの。でも、初めて授業以外で刺してみたのですが高評価で嬉しいですわ」
「あら、リズビアはあまり刺繍を刺さないの?」
あはははと笑いながら公爵令嬢としてはよろしくない回答だったなと一瞬考えたが、身内の前だから大丈夫と割り切って自宅では日頃庭いじりを手伝っていることや本を読んでいることを話す。
「リズビアはいろいろと経験するのが好きなのね」
「そうかもしれませんね」
「ふふふ、そのうちハンカチ以外にも刺繍を施していそうだわ。もし出来たらその時は一番におばあさまに見せてちょうだい?」
いたずらっ子の様におばあさまが笑われる。これは2人だけの秘密よとおっしゃりながら
「わかりました。この家紋が刺し終わって他に作ったものが出来上がりましたら必ず最初におばあさまにお見せいたします」
すっと小指をたてておばあさまに見せればするりと小指が絡められる。
約束の印を交わしてどちらからともなく笑い合う。
「そう言えばどうしてこちらに?」
「あぁ、そうだった。もうすぐ夕食だから呼びに来たのよ」
「!もうそんな時間だったのですか…。私すごく長い間刺繍してたんですね」
「何かに夢中になれることはいいことよ」
おばあさまから差し出された手を握り2人で夕食会場へと向かう。
この時、この約束が果たされるのはもっと先のことだと思っていたのに―――案外早く果たされるだなんて思ってもみなかった。
刺繍て気づけば時間が過ぎちゃってますよね(笑)
2日連日投稿になります。お楽しみに




