お兄さまの掌の上
「いらっしゃい、リズビア」
「元気そうで何よりだ」
馬車から降り、出迎えてくれた祖父母に笑顔でドレスをちょんと摘まんで淑女の礼をとる。
「お久しぶりです。おじいさま、おばあさま」
「大きくなったわね~」
膝を曲げて、目線を合したおばあさまにギュッと抱きしめられる。
カモミールの香水に温かな温もりが今日の疲れを僅かばかりか軽くする。
「レイチェルも大きくなったな。剣術はどうだ?」
「お久しぶりです、お祖父様、お祖母様。お元気そうで何よりで。剣術は相変わらずですね」
おじいさまの問いにお兄さまは苦笑いを返す。
「今日は商業団の話し合いについていったのでしょう?とても疲れたのではないかしら?」
「つかれました~」
本当はくてぇーっとなりそうなところを部屋にたどり着くまでは!と思って頑張っている。
これがいつもならヴィオやレットにお願いして運んでもらうのだが、ここは領地内の屋敷。日頃はおじいさまとおばあさまが暮らされている場所で私達は暮らしていないから公爵令嬢としてあるまじき行為は極力控えなくてはならない。
とはいえ、本当に疲れた。
お兄さまやお父さまはまだまだいけるといった顔だが私は今すぐにでもベッドにダイブしたい。もう頭が痛いを通り越して無である。
ただただ身体が疲労を訴えている。
領地到着後、お母さまと別れて私達は商人に現状を聞くため商業団へと視察に行った。
商業団では団長さんたちに出迎えられた後、現在の領地の作物の豊作や被害、売値などの価格に関する話し合いが行われた。この時点で既に頭はパンク寸前だった。
はじめ、私は男性の服装を参考にしたくて同行していたはずだった。もちろんどんな服が多いのかとかは許可をもらってスケッチしていった。ある程度スケッチが終わった後はお兄さまやお父さまを眺めていようと思っていた。だって、私には難しすぎて分からないだろうからって楽観視していましたよ。
しかし、お兄さまがそれを許すはずがなかった。
忘れていましたよ。お兄さまは私で遊ぶのがお好きだということを…
みんなの話を左から右へ聞き流していたらいきなりお兄さまが「リズはどう思う?」なんて話を振ってこられた時には「は?」って答えてしまった私は悪くないはずだ。
お兄さまが私を指名したことで商業人の皆さんも私に注目するわけで……そうなると私に残された選択はない頭捻って答えざるをえない状況ですよね。
おかげでみんなの話をおざなりにすることは出来ず、気を抜いた瞬間を見計らったようにお兄さまに話を振られ…
散々である。
夕食の席でおばあさまはお兄さまにいじめられたというのを掻い摘んで話せばにこやかにされる。おじいさまには「仲がいいのだな」と言われる始末。
仲はいいがいじめをなくしてほしいという私の願いはお2人には届かなかったらしい。
なぜだ?
「しかし、リズもしっかりと話を聞いて改善点や意見を自分なりに見つけられるのは驚いたよ」
「ありがとうございます、お父さま」
「ふむ。リズは商人たちの話を聞いてどう思った?」
「どう…ですか?」
おじいさまの問いがよくわからずに質問し返す。
「正直にお前がどう思ったのか教えてほしいと思ってね」
どう思ったかと問われればとても興味深かったが最初の感想だ。
領地の農作物が豊作であることは民たちにとっていいことである。それは収入源があるということで収入も増えるということだから。しかし、領内だけでそれらは消費できずしようとすれば商品価値が減ってしまう。そうなれば収入も本来の得られる価値分得られなくなる。それは民の生活をゆっくりだが圧迫し、不満へと変わる。そうならないためには領地外への販売がかなめとなるが、道路補正や業者間のやり取りなど問題は商業団だけにとどまらずガーナ家の領地だけの問題すら超えてしまう。
それらの関連性は幅広く面白いと感じた。
「そうですね…面白いと思いました。今日は商業団にお話を伺いに行ったはずなのに気づけば領地の修繕改・改正の話にまでわたっていましたし。一つ一つが独立しているのではなく、関連しているのはとても興味深く思いました」
「ほうほう。では、領民が豊かに暮らすためにはどうしなくてはならないと思った?」
「豊かに暮らすためには物価の安定と給料の安定だけでなく、販売先の確保と販売先までの輸送方法なども確立し安定にしなくてはならないと思います。あと、領地間の取引を充実させることや医療面の充実も必要だなと」
「医療面?」
お父さまがワイングラスを傾けながら器用に片眉をあげて見せる。
はいと頷いておじいさまとお父さまをしっかりとみる。
「今日、商業団に行った際何人かの方が足腰に痛みを訴えていらっしゃいまして大丈夫ですかとお聞きした際、古傷が傷むとおっしゃっていました。医療面の充実が出来ればそのようなことにもならないのかなって」
「‥‥なるほど」
おじいさまは一つ頷き満足げに私を見つめると優しく目を細める。
「リズは本当に熱を皮切りに人が変わったようだな」
「!」
それはそうだ。私はあんな風に死にたくなくて変わりたくて仕方ないのだから
例えそれが空回りであったとしても…
まずは殿下の有力婚約者候補から外れなくてはいけないのになぜか友人(?)になっているし
一刻も早く友人も解消していただきたい。殿下の弱みなんて何の得にもならないよ
「リズビアはまだ5歳だというのにこれほどまで考えられるのは素晴らしいことですね、貴方」
「そうだな。リズビア、興味があるなら明日は書斎で少し領地に関して勉強してみるか?」
「よろしいのですか?おじいさま」
領地の勉強は基本次期領主のみが行う。我が家には男児はレイチェル兄さましかいない為その役割は兄さまが行うことが決まっている。女の私がしても意味はさしてないし、おじいさまの時間を無駄にしてしまうと思うのだが‥
「かまわんよ。孫の成長はなによりも楽しみだからな」
おじいさまは快さげに笑う。お父さまにもチラリと視線を向けるが反対する様子もない。
…それなら学んでみようかな。
「では、よろしくお願いします」
夕食の席から与えられた自室に戻る際、お兄さまがニッコリ笑いながら「明日からも一緒に行動できるなんて嬉しいよ」と言ってきた。
まさか…兄さまの思惑通りになっている??
そんな疑問が頭に浮かんだがベッドに入って寝てしまえばそんなことはすっかり忘れてしまった。
リズビアが5歳なのよく忘れてますが、主人公はまだ5歳なんです!!
そしてレイチェルは11歳なんです~




