夢からおはよう
『まぁもう遅いんだけどね』
暗殺者は笑う。喉には激しい痛み。視界には温かく床にねっとりと広がる赤。
そして視界が涙で歪む。
何度も繰り返し何度も殺される。
どうして、私は死ななくてはならないのか…
「ひゅっ―」
跳び起きた私が目にしたのは絢爛豪華なパーティーホールではなく、白い壁を基調とした真っ白なベッド。その対面には懐かしいドレッサーと勉強机。
窓から差し込む光。風になびく花柄のカーテン。
「ここは‥‥」
私の部屋だ。
ずいぶん久しぶりな気がする。
自由に動く身体と発せられる声
視線を落として確認する自分の手はまだ幼い手で、ドレッサーに映る自分は5歳の自分だった。そのことがとても安堵でき、ほっと息をつく。
「リズお嬢様。お目覚めになられたのですね」
名前を呼ばれ、驚き全身を強張らせながらも相手の方へ顔をむける。
「…ヴィオ…」
「まだ歩き回ってはいけませんよ。いくら熱が下がってもお嬢様は三日間ずっと熱で寝込んでいたのですから」
薄い菫色ショートカットにくっきりとした色の濃い紫の瞳。華奢な身体が黒を基調とするメイド服を着こなしている。私付きの専属メイド。
「わ、私ずっとねつ出してたの?」
「えぇ。覚えてられませんか?」
首を横に振る。熱でうなされていたなんて知らない。
じゃぁ、あれは夢だったの?
「とりあえずお水を飲んで、着替えましょう」
渡されたコップの水は簡単に喉を潤す。
手早く着替えさせられたところで部屋にノックが響く。
「どうぞ」
「やっとお目覚めになったんですね~。心配しましたよ、リズお嬢様」
食事を持ってきたレットがそんな声をかけてくる。
彼はヴィオの双子の兄で私の専属執事だ。周りからは容姿が兄妹そっくりと言われるが性格は全く反対だ。
あの夢(?)には2人は一度も出てこなかった。
そう考えると懐かしさと寂しさ、苦しさが胸をいっぱいにする。
気が付けば私はしゃくりあげて泣いていた。
「う、うぅ~」
「「!!?」」
「お嬢様いかがなさいました?どこか痛みますか?」
「レットの馬鹿が何かしましたか?」
「おい」
ちがう。ちがうの。ただ、2人に会えてうれしくて―
涙が止まるまでに結構時間がかかったらしく、口に入れた雑炊は少し冷めていた。
でも、優しい味が胃を満たすのをありありと感じられた。
「お嬢様先ほどはどうされたんですか?」
ヴィオが心配そうに尋ねる。
「怖い、、、とても怖い夢を見てたの」
「夢…ですか?」
夢というにはとても生々しい感触と視線。
それでも夢であってほしいと願わずにはいられない。
そっと自身の手をおそるおそるだが喉に持っていく。手の感触はぬるっとはしておらず、変な温かさも感じない。
大丈夫。私はまだ死んでいないわ。
「何度も同じ夢を繰り返してた…の。周りにとても責められるの。最後は必ず私の……」
「お嬢様?」
手が震える。喉は切れてはいない。だけど、あの感覚が身体を支配する。
目の前がだんだん暗くなってくる。
あぁ、どうしよう。声が―
「リズお嬢様!!」
大きな声と両肩に乗せられた手に驚いて顔を上げる。
心配そうな顔をしたヴィオが視界に映り、同じく心配げな表情のレットがこちらに駆け寄ってくる。
「お嬢様、大丈夫です。今お嬢様が怖かった夢は終わっています。ですから安心してください。ほら」
ヴィオが私の手を自分の胸の上に持っていく。
とくん、とくん
一定リズムを刻む鼓動が感じられる。
「私はここにおります。お嬢様もここにおります」
「—うん」
生きてる。ヴィオも私も生きてる。大丈夫。大丈夫だから
「あのね、夢の最後ではいつも私殺されるの。喉を切られて…それを繰り返してたからすごく怖かった」
ぎゅっと2人が私を抱きしめる。
今まで2人から抱きしめられたことなんてなかったのに‥。でも嫌じゃない。あったかくて好きだな。
「お嬢様、その夢は絶対に夢です。そんなこと私達が絶対にさせませんし旦那様だってさせません」
「何かある前に必ず俺達がお嬢様をお守りいたしますから」
「ありがとう。2人とも」
そうして落ち着いた頃部屋にノックが響く。
『リズ?入っても大丈夫かしら』
「ロゼ姉さま…」
声の主が姉さまと分かるとレットが扉を開けに行く。ヴィオもすっと私から離れて居住まいをただす。さっきまで抱きしめられていた温もりがなくなるのは少し寂しいが仕方がない。
さっきのを他者に見られたら2人が不敬だと言われてしまうかもしれないのだから。
「あぁ、ようやく熱が引いたのね!心配したのよリズ」
「顔色は悪くないね。でもまだ寝ていなくちゃいけないよ、小さなお姫様」
2人の声に思考が引き戻される。
薄い水色の花柄のレースをあしらったデイドレスにゆるく髪を編み込んだロゼリア姉さまと白いシャツに黒のパンツ姿のレイチェルお兄さまが笑顔で入ってくる。
「お姉さま、お兄さまご心配おかけしました」
ベッドの上で頭を下げる。きっととても心配させてしまっただろう。
「気にしなくていいのよ、熱は誰でもなるものだし」
「そうそう。元気になってくれたのならなんの問題もないよ。父様も母様も心配なさっていたから明日にはちゃんと顔を見せてあげなさい」
姉さまと兄さまの声音がとても優しく、胸が温かくなる。
「はい」
嬉しさから顔を上げれば姉さまと兄さまの顔が見えた。
『あんたのせいで!!』
そう言って泣きながら責めた姉。
『はぁ、、、ここまで愚かだといっそ清々しいよ』
冷めた眼で軽蔑した兄。
ひゅっ
笑う2人の顔に夢中の2人が重なって見える。
「リズ?」
兄さまが手を伸ばす。
その手は私なんかよりも大きくて…怖くなって目を瞑る。
また、打たれるのではないか。そんな恐怖に身がすくむ。
頬にそっと触れられた感触は優しくて温かいのに、私の身体は一気に熱を失う。
あ、、
「まだ、体調が思わしくないみたいだ。ゆっくりお休み」
「早く元気になって頂戴ね」
2人は私の体調を気遣って早々に退室していった。
一方で私の頭の中は混乱していた。
優しい家族。でも、私を勘当した家族。責めた家族。
心臓の音が嫌に大きく聞こえ、目の前が真っ暗になる。
遠くでヴィオとレットが私の名前を呼んでいるような気はしたが、だんだんと聞こえなくなっていく。
お兄さま、お姉さま、、、、、その優しさは誰に向けたものなんですか?
目尻から涙がこぼれ、私は意識を手放した。




