流行
茶会から数日後
「ロゼリア姉さま、今日は私もドレスを作るのですか?」
「そうよ。今日はマリン・ビーナがいらっしゃっているから最新のドレスがあるの」
マリン・ビーナ。確か貴族の御用達の人気デザイナーだったかしら?今までにも何度か作ってもらったことはあるそうだけど、直接会うのは今日が初めて。
というかドレスいらないです。
だってまだあの山のようなドレスを掃かせていないのだ。
協会に寄付するのも頻繁には出来ないし、頻繁にすれば公爵家の外聞に関わる。
「ロゼ姉さま私はそんなにドレスを必要としていないのですが…」
「必要じゃなくても付き合いとしてデザインを要望したり、購入したりすることは大切よ。その中で必要な情報を得るのも貴族子女の嗜みよ」
「なるほど…」
ロゼ姉さまはもうすぐ社交界に出るため今から着々と準備をしているそうだ。
きっと姉さまが社交界に出れば瞬く間に社交界の華となるのは間違いない。
身内贔屓なしでも姉さまはとてもお美しい。その妹である自分が姉さまに似ているかと言えばう~んというところ。むしろシルビアの方が次期社交界の華に相応しい。
そう言えば、今の流行のドレスはコルセットをきつく締めて着るもの。
一般的なデイドレスでもコルセットを成人女性であればつけなくてはならない。
あれって結構動きにくいからなくても着れるドレスがあればいいのに…
あと無駄にふわふわと布を使って重くするのも動きにくいからやめてほしい。
応接室に入れば色鮮やかな装飾品と布、何着かのドレスが広げられている。
「こんにちは、ビーナ」
「ご機嫌用、麗しの姫君」
「まぁお世辞がうまいこと」
そう言ってお姉さまはビーナ様と笑顔で挨拶する。
「こんにちは、初めまして。リズビア・ガーナと申します」
「まぁ初めまして小さなお姫様。アタシの名前はマリン・ビーナよ。よろしくね」
「はい!よろしくお願いします」
なんか凄い男の方だ。初めてのタイプにドギマギしながらも彼は丁寧に私にも接してくれる。とても紳士に接してくださるし、話やすい。とてもお話上手だ。
「今回はどんなドレスをご所望で?」
「先日ルーラット伯爵家のお茶会に伺った時、東の国から新たな布地が手に入ったという話を伺ったの」
「まぁ、お耳が早いこと。確かに取り扱っておりますわよ」
「その布を見せていただけないかしら」
ロゼ姉さまは優雅に扇を広げビーナ様に微笑む。その微笑みの下には貴族令嬢としてのプライドが隠されている。そのプライドをどのように満足させるか。そこが商人の質に関わるわけだが…
「もちろん。こちらに御準備してますわ。未来の社交界の華であられる貴女様でしたらこの艶やかな布で作られたドレスを着こなすことが出来るでしょうね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
ビーナ様が手にした布はつやつやとした光沢がある新緑の布。
これで作るのが流行のふわふわしたものだったら…う~ん。似合わない。
もったいない。
せっかくの貴重な布なのにデザインが残念だとその布の貴重さが半減してしまう。
お姉さまが着るのならその効果を最大限にしなくてはもったいなさすぎる。
「あの」
「「?」」
2人が私を見やる。
「その布でどのようなドレスをお作りになるのですか?」
「今の流行でいえばベルラインのドレスでしょうね」
「でも、それでは布の光沢を最大限に活用できないのではないかと思うのです」
ビーナ様はリズビアの言葉にスッと目を細める。
「実は私もそう思っていたのです。しかしこの光沢感を今の流行に流されることなく斬新かつ目立つ次代の流行とするにはなかなか難しい」
「リズはどんな服ならこの布を活かせると思うの?」
ロゼ姉さまの質問に首を傾げる。
ロゼ姉さまはとてもスタイルがいい。わざわざコルセットで締め上げなくてもいい服。
身体のラインを隠すことなくむしろ見せつけるようなものの方がいいのかもしれない。上をスレンダーにして腰から下を今の流行のふわふわよりも落ち着いたものかつ、上のラインよりは緩めのもの。
腰の切り替えあたりにわざと布をリボン代わりに巻き付けることでよりこの布の光沢感を表現できるかもしれない。わざと丈を短めでなく長めにすることでお姉さまをより大人っぽく見せることが出来るかもしれない。
「えっと、今の流行とは全く違うのですがコルセットで締め上げることのないドレスはいかがでしょうか?腰上までは体のラインに合ったスレンダー仕様にしておいて腰下からは今の流行のフリフリよりかなり控えめな緩いものにすることでコルセットなしでも優雅かつ動きやすいものになると思いますし、腰にリボン代わりにこの布を巻きつけるだけで光沢のある布をより一層活かせると―」
「んまぁ素晴らしい!!!!そのドレスきっと売れますわ!コルセットなしのドレスはとても需要が高いです。それを初めに着るのが時代の華であればなおさら流行となること間違いなし」
ビーナ様が興奮気味に詰め寄ってきて私の手をがっしりと握る。
「リズビア様、ぜひそのドレスの原案を描いてはいただけませんか?」
「え!私が描くのですか??!!!」
「もちろん。だって、貴方様の脳内にしかそのデザインは存在しないのですから」
そうね~とロゼリア姉さまだけでなく控えていたメイドたちも頷く始末。
「ですが私は―」
「何事も挑戦することはいいことよ。小さな姫君」
「あぁ、それならリズの原案がよければ提供しましょうか。そうすれば公爵家発信の流行になるわけだし」
「ぜひ言い値で買わせていただくわ」
「ふふふ、楽しみね」
ふふふとお姉さまとビーナ様が笑う。
えぇぇぇぇぇぇ~
私ドレスとかのデザインなんてしたことないのに。既にビーナ様とロゼ姉さまの間では決定事項になっているのか私を置いてどんどん話が進んでいく。
結局その日私はドレスではなく髪飾りを選び、姉さまは例の布を購入して装飾品を購入した。私に課せられたドレスの原案は2週間後にはかき上げておかなければならないらしくビーナ様に「2週間後楽しみにしております」と言われてしまった。
これでは逃げようがない。
仕方ないと諦め机に向かい合う。
あぁどうしてこうなったんだろうか。謎でしかなくリズビアは頭を悩ませるのだった。




