零れ落ちるのは
薄暗い部屋。
散乱する部屋を彩っていたであろう小物
部屋の中央に蹲る人が甲高い声で私を責め立てる。
『どうして!!あんたは全部持っているでしょ?!』
甘栗色の自分によく似た髪が乱れ、顔を覆い隠す。その隙間から覗く瞳はどこまでも深い絶望と嫉妬、憎悪を宿して射抜かんとする。
『××―』
ガシャン
『あんたに、あんたなんかに××だなんて!!』
飛んできた花瓶が足元で派手に割れる。
『一緒に生まれてきたことが!』
ハサミが飛び、窓ガラスが派手に音をたてて砕け散る。
『どんなに私を惨めにさせると思って!!』
どうして、どうして、貴女にそんな言葉を言わせてしまうのか。
私からしたら貴女の方が羨ましくて仕方がないのに。どうして…
『あんたなんていなければよかったのに!!』
乱れた髪が、荒い呼吸で上下する肩がまるで幽鬼を思わせる。
『何をしている!!』
『まぁ!!大丈夫?――』
後ろからやってきた男の人の怒号と女性の心配するような声。
女性は私を抱きしめてその場から少しでも距離をとろうとする。
もうはっきりとは聞こえないけれど、鳴り響く怒号と物が激しく割れる音。
何を間違ったというのだろうか
ただ私は貴女と一緒にあの頃のように―
ああ、駄目。意識がまどろみの中へと落ちていく。視界が暗闇に覆いつくされて――
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『やぁ』
視界は晴天の庭園へ移り変わる。
『――。ご足労いただき感謝いたします』
『問題ない。それよりも昨日は大変だったのだろう?』
陽の光を受けて輝く金が私には眩しくて目を細める。
『影を付けていらっしゃたのですね』
『これも大切な未来の伴侶のためさ』
未来の伴侶。それは利害関係が一致したという意味でしかない。
『××、私では子をなせませんよ』
『かまわん。世継ぎなどどうとでもなる』
ほら。貴方にとって私はただの道具でしかない。ここにあの人が求める“愛”なんてものはありやしない。
『そういう問題ではないと思いますが…』
『まだ、決めかねているのか?』
その問いに私は答えることが出来ない。本当はここにいるのは私ではないはずなのだ。ただ、ただ私が選択を間違ってしまったから―
『貴女は優しいな。あれに情を持てるとは…』
『本来の伴侶はあの方ですから』
『はっ』
××は馬鹿にしたように笑い、庭園の入口を―否、その先にある我が家を見据える。
本当は体の弱い私ではお役目にふさわしくないから、あの人が選ばれていた。その手はずですべてが進んでいた。
確かにあの人はひどく、酷く愛に飢えていたけれどそれでも貴族の矜持を捨てられるような人ではなかった。愛を求めながらも貴族の利害関係による結婚も理解していたはずだった。
なのに…
『過ぎたことを考えるよりはこれからのことに目を向けるべきだ』
叱責するようなその言葉に目を伏せる。
頭では理解している。もう、あの人には務まらない。務められるものではなくなってしまったのだ。だけど、感情が追い付かない。
ずっと約束していたのだ。あの約束を私はまだ忘れられないから―。
『まだ貴方様が望む答えはお伝え出来そうにありません』
そう言った私にあの方は何と言っていたのだろうか。
ぼやける視界と聴覚ではその続きを拾い上げることはできない。
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花々が咲き誇る庭園。季節がうつろい、咲き誇る花がさっきまでと違っている。
『そういえば』
花に向けていた視線を真正面に座る白と桜のコントラストが目を引く髪をかわいらしく結わえたご令嬢がティーカップを口から離して微笑む。
『彼の方はとある場所で亡くなったそうですね』
『は?』
『あら?ご存じでなくて?』
『それは一体―』
令嬢は驚いたように目を丸くする。
『まさか貴女様がお知りでなかったなんて…。殿下が勅命を下されたのではないかとの噂でしてよ』
違う
『愛する貴女様を守るために』
違う
『障害となりうる者は排除したのではないかって』
違う
『××、お顔色がよろしくありませんでしてよ』
令嬢は口先だけ心配を装う。
その目には侮辱が隠しきれていない。
『申し訳ございませんが、中座させていただきますね』
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『どうしてですか?!なぜ命まで!!』
声が部屋を震わす。
『仕方がなかった』
冷静な諭すような声が淡々と答える。
『約束が違うではありませんか!!これでは何のために私は!』
グッ、ゲホゲホ。
口元を抑えてせき込む。誰かが私のもとに駆け寄り心配そうに何かを言うが、そんなことはどうでもいいのだ。どうして、約束を―
『あちらに利用される前に処理した』
『それが、ゲホッ、理由ですか?そんなことが?』
貴方なら他にも方法があったはずでしょうに。頬を伝う熱いものが悲しみなのか怒りなのか分からない。
ただただ目の前のその色を私は許すことができない。
不穏な夢は一体誰目線なのか…。




