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幸せに生きていたいので  作者: 結汝
135/144

鍛錬

ドガッ


「おい、新入りいつまでも地面と仲良しになってんなよ」


くそが。今のが腹にもろに入ってんだよ。ボケ

俺は目の前に退屈そうにあくびをする男―教官―を睨みつける。

眼帯側の右からの蹴りなら一発ぐらいかすれると思ったのに、蹴り上げた足を掴まれ投げ捨てられること今日だけで37回。まじでこのくそ鬼教官に一発入れる方法を教えてほしい。


「おいおいもうダウンか?」

「…もう一本お願いいします」


ゆっくり立ち上がって敵を見据える。深呼吸。深呼吸。

さっきは右の蹴り上げ、その前は左の踵落とし、その前は顎への蹴り上げ。

なら今度は…

走って間合いを一気に詰める。そこから蹴りとパンチを7発。間髪入れすに後ろに回り込んで2回蹴り。着地と同時に姿勢を低くして相手の視界から身を隠し、下からに見せかけて大きくジャンプして、上から落とす!!


「ん~24点」


振り下ろした足を容易く掴まれる。ここまでは想定済みなんだよ!!くそ教官め

掴まれた足を軸に反対の足から真横に蹴りを入れる。これが入れば―

ガッシッ


「―っ!!」

「最後にしてはいいんじゃないか?でも26点な」


くそ教官は俺の両足を掴んで思いっきり下へ投げつける。


「ガハッ」


背中から地面に叩きつけられる。クソが

視界がくらくらする。これは当分立てないやつだ。


「今日の訓練は以上だ。20分後に外周20周な」

「…」


ガーナ公爵家に拾われてから早4か月。あの頃に比べたら衣食住の保証がある分何十倍もマシだが、この教官の訓練はとてもハードで休む暇なく体力訓練の日々。

正直、何回か辞めたくもなったがやめる権利なんてこちらには存在しない。辞める=死の世界だ。俺はこんなところでくたばるためにここにいるわけではない。

血反吐を吐いたって。俺は絶対に―


「ケイジュ~!マスティハ~!」

「お、リズビア様じゃねえか」


陽気な声で丘を登ってくるのは、あの日俺を拾ったかなり変わった公爵令嬢様だ。


「お嬢様どうなさったんですか?」


上半身を起こしてお嬢様を見つめる。その手にはバスケットが持ってある。

今日はピクニックのご気分なのか?そんな予定聞いてないけど…


「今日は天気がいいからね、ピクニックをみんなでしようかなって!」


みんな…ね。


「んじゃ、俺らは場所移動しますね」

「なんで?」

「え?いや、皆さんでピクニックするんですよね?」


ピンク色の瞳が真ん丸になる。

後ろには専属従者と侍女、騎士が控えている。


「ケイジュとマスティハも一緒にって意味よ?変なケイジュね」


クスクスと笑うお嬢様にあっけをとられる。

いやいや普通のご令嬢というか貴族は使用人と一緒にご飯はとらないし、変なのはあんただよ。

俺以外は慣れたようにシートを広げ、バケットの中身を次々に広げる。


「さ、早く食べましょう!せっかくおいしく作ってもらった料理なんだから」


お嬢様は俺の手を取ってシートの上に招く。

手渡された片手で持てるようにされたパンを受け取る。

パンの間には野菜と鶏肉を挟んでいるようで、香ばしいソースのいい香りもするし、焼きたてらしくパンもほんのり温かい。


「それはね、カスクードっていうのよ」

「カスクード…初めて聞きました」

「でしょ!?うちの商会で国外の商人と取引したときに教えてもらったものなの!!細長くてサンドイッチみたいに一口で食べることは出来ないから、貴族には不向きかもだけどこういうほうが平民には受けがいいと思うの。特に働き手の男性ならこっちのほうが満足感ない??」


キラキラとした目線を受けてとりあえず一口かぶりつく。

俺みたいな最下層を経験してるやつからしたら、パンにかぶりつけるだけでもありがたい。

温かいパンによく合う鶏肉と野菜のシャキシャキ感。歯ごたえもあるからサンドイッチよりも確かに食べている満足感は生まれるのかも知れない?


「うっまっ!」

「かぶりつくっていうのはいいですね」

「でしょ?!オーラット卿やナターシャ卿の感想からしてもやっぱり男性受けはいいと思わない?ヴィオ、レット」

「男性受けは確かにいいかもですが女性にはいささかかぶりつくというのは…」

「大丈夫よ、ヴィオ。私は気にしないわ!!」


そう言ってお嬢様はカスクードにかぶりつく。

ヴィオさんは深い深い溜息を吐き出し、レットさんは困ったように笑う。

やっぱりお嬢様は変わってる。

一般的に貴族女性がかぶりつくのははしたない行為のはずなんだが、このお嬢様はたまに行動が大胆というか平民さを感じる。でも、初めて会ったときは貴族の模範的な綺麗な所作だったし…


「ケイジュ、いかがですか?」

「あ、美味いです」

「師匠もいかがですか?」

「俺はもっと肉多めがいいんだがな~。これはこれでうまいぞ。軽食程度にはちょうどいい。サンドイッチだと握りつぶしちまって中身が零れたりもするが、これならその心配もなさそうなのがいいな」

「師匠は握力馬鹿ですからね~」

「お?レット坊も言うようになったな」


レットさんと教官は笑いあう。


「レットさんも教官に師事されていたんですか?」


俺の言葉にレットさんは一瞬キョトンとした後、何かを納得し口を開く。


「お嬢様の専属というのはケイジュが今後やる影の仕事も表の仕事も身代わりもすべて出来ないと採用していただけないんですよ。何か一つに特化するのではなくすべてに特化しなくては主を守れないので」

「何かに特化するのではなくすべてに…」

「俺も、ヴィオもお嬢様に拾われた。その恩に報いたくて今の立場につくまで死に物狂いでしたよ。俺らはとても似ていると思います」


レットさんの声はどこまでも穏やかで、でも俺には衝撃的な内容だった。

この人たちは俺らとは違う世界の人間だと思ってた。それこそ一生分かり合えないと思っていたのに…。

“拾われた”その話を聞きたい。同じ人間ならこのどうしようもない気持ちを吐き出せるのかも知れない。


「…なんで拾われたんっすか」

「俺たちは劣悪な孤児院出身です。そこにたまたま天使が来た。運の問題だったんだと思いますけど、あの日神様は俺たちを見捨てなかった。ただそれだけです」


運。俺もこの人もその運に生かされてここにいる。

神様…ね。

そんなものありはしないのに。人はどうしてそれにすがってしまうのか。


「そっすか…」

「君はお嬢様の提示を受けて今ここにいますが、いつかは俺らみたいに君の意思でお嬢様を選べたらいいと俺は思いますよ」

「……」


新緑色の瞳は一体どこまで知っているんだろうか。

俺はこれ以上見たくなくて視線を逸らす。


「―で、ケイジュはどう思う?」

「わっ」


ずいっとお嬢様が距離を縮めて聞いてくる。


「何の話っすか?」

「カスクードの話~」

「美味いですから、売れるんじゃないっすかね」

「ほら~やっぱり試用期間を設けて試してみようよ!!」


無邪気な笑顔。それは大輪が花開くようで。いつか俺が、俺自身が心からお嬢様のために在れる―なんて夢のようだけど。いつかそうなれたら、その時は―


約1年ぶりの更新…。ブランクあきすぎて登場人物たちの口調、時系列が迷子になっているかもしれませんが温かく見守ってください。

久しぶりに書いて、やっぱリズビアぶれないな~って思います。

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