華鏡祭2日目
「どうしよう!ブレスレットがなくなっちゃった」
「ブレスレットって」
レットとヴィオがすぐに思い当ってあたりを見回す。
「今日してたやつだよな?」
「うん」
エリオットの問いに頷く。
確かにさっきまではあったはず。違和感はなかったし
「リビア、さっき誰かと話してましたよね?髪色や体格を覚えてますか?」
「黄色の髪でくるくるの巻き髪、背丈は多分エリオットよりはちょびっと低いぐらい。服は白色に紺色のズボンで男の子。服はよれてた」
ヴィオの質問に答えてさっきぶつかった少年を思い出す。
「服がよれてたっていうのは汚れもありました?」
「うん」
レットの質問に頷く。
するとレットの眉間にしわが寄る。
?
「貧困層の人間がブレスレットをくすねた可能性がありますね」
「貧困層…」
ファンネルブ王国は比較的にどの身分でも十分に暮らせるほどの資産と国力が備わっている。もちろん身分制であるからして身分ごとにその生活水準が異なりはするが、飢えて死ぬことはよっぽどのことがないとありえない。それでも貧富の差は存在する。
貧困層とは衣食(職)住のうち2つ以上を有してない人間のことを言う。貧困層の人間は働き口を見つけるのすら一苦労であるし、低賃金での労働から抜け出すには最低でも2年は必要だ。この2年を耐えられなかった者やその子供が今の貧困層となっているといえる。
また、貧困層は生活水準の低さ故に病原菌の巣窟や温床ともいわれていて何年周期かで新型の風邪や病気が出回る場所ともいえる。もちろん今の段階でそのような病原菌の話は出回っていないからいいのだけれど…。
「一番いいのはあれを諦めることですが…」
諦めたらいいのかもしれない。あれは掏られてしまってって言えばいいのかもしれない。そうすれば殿下もきっと咎めたりはしない。だけど…あれを盗られるというのはよくない。だって、今回は盗みだったけれどこれが私に危害を加えるとかだったら?
そうしたらエリオットもヴィオもレットも処分を免れない。
このまま帰ったとしても3人はきっとお父様から罰を受けるかもしれない。というかたぶん受けるだろう。私の不注意が3人を巻き込むのはよろしくない。
私のせいで何か起きるのならばそれは罰ではなくプラスでなくてはいけない。
それが貴族の在り方だと思うから。
「あの少年を見つけるわ。そしてあのブレスレットはあの子に施したことにする」
「え、施すの?」
「うん。あれが必要だからくすねたんでしょう?それを返せとは言わないけど、くすねられたんじゃなくて私があげた形にしないとダメ。そうじゃないと3人がお父様に怒られちゃうかもしれないでしょう?」
「リビア…それは仕方がないっていうか」
「仕方なくない!私のわがままで誰かに迷惑をかけるのは申し訳ないことだけど、私の不注意で防げることが防げなかったとなると話は別よ」
だってそうじゃないか。わがままは本人の意図しているもので本人も理解の上で押し通している部分がある。もちろん私が計り知れない部分の迷惑もあると思う。それでも不注意による迷惑とは話が異なる。
事前に防いでいれば3人が怒られることは絶対的に起こりえなかった。これは私が浮かれすぎだったことがたたっている。私の責任なのだ。
だからこそ、あの少年に何としてでも施した=私のわがままを行使したという形にしなくてはいけない。
「いた!」
ヴィオの言葉に顔を上げる。
ヴィオが指さす方向には確かにさっきの少年がいて、ちょうど路地の方へ入っていく途中だった。
「待って!!」
「ちょっ!リビア!!」
エリオットが叫ぶ。それを振り切って足を進める。
絶対に捕まえて話して盗ったなんてことにはさせない。
「リビア、待って下さい」
「待ってたらあの子を見逃しちゃう!」
路地の入口が目の前まで来たところで、私は勢いのまま飛び込もうとしたがそれは誰かの体によって阻まれる。
黒髪はいつもより乱れ、優しい黄緑色の瞳が鋭さをもってこちらを見下ろす。
「お嬢様、路地に入るのは危険です」
「でも!」
「行くなら俺が一人で行ってきます。だからここで待っていてください」
「…」
レットが言わんとしていることはわかっている。
貧困層は飢えているのだ。一般市民すら疎む場所。そこに私たち子どもだけで入ればきっと彼らに囲まれるかもしれないことはわかっている。それでもレット一人に危険を冒しては欲しくない。
どうすればいい?どうすれば安全かつ迅速に動ける?
考えろ、考えろ。絶対に何かあるはず。
お父様にばれずに3人を守ってかつ全部が丸く収まる方法を―
お父様はなぜ今日の外出を許可できた?―それはご褒美だから
騎士がついていないのに?―ヴィオとレットが代わりだから
子供だけなのに?―子供だけじゃないから
どれがついてきている?―騎士ですら休みを与えられる華鏡祭の2日目に唯一休みという概念がないのは?―私の首を掻き切ったのは?
「出てきなさい!!いるんでしょう?!私の影」
返事は返ってこない。それでも絶対にいる。お父様が私に着けた影が
コツン
路地の方から誰かが歩いてくる音がする。
長身の男性が路地からこちらにやってきてレットの少し後ろで立ち止まる。
「貴方がガーナ公爵家の影…」
「そ、俺はおじょー様の行動を監視する影ですよ」
「名前は?」
「今は旦那様が俺の雇い主ですから」
私には名乗れないということか。仕方がない。影は命の保証がほかのどの役職よりも希薄になっているものだ。早々と信用のおける相手でもない者に名乗れはしないだろう。
「わかった。聞かない。その代わりに護衛の役目をして」
「う~ん。どうして?」
「路地の中に行きたいから」
「ブレスレットを取り返しに?」
「いいえ」
影が少しだけ目を見張る。
「では、何しに?」
「施すの。あれは盗られたのではなくて私が彼に施したことにするの」
「ふ~ん。ま、面白そうなんでいいっすよ。ちびちゃんだけじゃ全員を守れはしないんで」
ヴィオがわずかに殺気を放っているが、言い返しはしない。それだけ相手の言葉は的を得ているということなのだろう。
レットは何も言わない代わりに目を伏せる。
「彼のもとまで案内してちょうだい」
「俺から離れないでくださいね。それではご案内します」
影の後に私、レット、エリオット、ヴィオの順で続く。
真っ暗な路地裏の闇に5人の影が溶けていく。
影って職は本当に危険ですよね。逆恨みされる可能性もあるし、危険なこともいっぱいしますし
ちなみに影って結構前からずっとリズについてたんですよね~
さて、いつからでしょう?(作者もわかってません(笑))




