盤外の駒
長らく間が空きましたが、2022年もよろしくお願いいたします。
庭が騒がしい。ようやく姉様が帰ってこられたのだろう。
あの方はどこに行っても人目があるから分かりやすいわね。
約2か月近く王都から抜け出したお姉様は運がいいのか悪いのか…この時期に帰ってきた。おそらくお父様やお母様がそのようにしたのだろうけれど、この時期に戻って来たということはおそらくお母様はロゼリアお姉様の代わりにお姉様にあれをさせるだろう。
「シルビア嬢、どうかしましたか?」
「いいえ、マルコス様。ただ貴方がお目当てでした方がどうやらお帰りになったようですから。少し予定よりも早いですが…よかったですね」
机を挟んで腰を下ろしているマルコスにそう告げると彼の瞳がキラリと光る。
「えぇ。今日友人としてお招きいただけて良かった」
喜びが溢れて仕方ないと言ったように頬を緩ますその顔に心の中で苦笑する。
長らく待たされていたのだから仕方がないのだろうが…この場に殿下がいなくてよかったなと思わずにはいられない。
あの方はあの方で面倒くさいから。
お姉様は誰のものでもなく自由である。故に人を魅了して、惹きつけてやまない。その羽をもいでしまう存在は双子の片割れとしてはあまり快くは思えない。と言っても、姉の代わりになるつもりなんてさらさらないのだが…
小さく溜息を溢す。
廊下から誰かが駆けてくる音がする。そんなに音をたてていたらお母様にあとから叱られるかもしれないというのに、あの人はまったく
「シルビア!!ただいま」
勢いよく扉を開け放ったのは満面の笑みの姉。リズビアはそのままシルビアにまっすぐ向かうとギュッと抱きしめ、嬉しそうに笑う。
「おかえりなさいませ、長旅でしたね」
「ええ。でも、とても実りある時間を過ごせたわ。そうだ!これ」
抱きしめていた体を離し、ワンピースのポケットから小さくて白い貝殻を取り出すとシルビアの手に握らせる。
「これは?」
「二枚貝の口紅よ。まだ少し早いけれどピンク色の優しい色合いがシルによく似合うと思って」
「ありがとうございます」
「どういたしまして!いつかそれを使って一緒にお出かけしようね!!」
「その際はお姉様が色々案内してくださるんですよね?」
「もちろん!どこに行きたいとかあったら教えてね。絶対行くから」
リズビアの嬉しそうな声に、表情にこちらもつられて嬉しくなる。受け取った二枚貝の口紅を開けると、中にはリズビアの色に似た綺麗なピンクの紅が入っていた。きっと唇に注せば血色良く見え、ドレスが映えることだろう。
「ありがとうございます」
シルビアの言葉にリズビアはただ笑みを返すだけ
「そうそう、初めて海を見たのだけどとても景色がよくて料理もおいしかったの!」
「海辺はやはりこちらと違いましたか?」
「そうね。海風漂うから匂いが違うもの」
「いつか行ってみたいですね」
「その時は一緒に行きましょう?」
リズビアの言葉に頷く。いつか行けたら―その時は―
コホンッ
ハッとして咳払いの方向を2人してみれば、マルコスが笑っていた。
ああ、忘れていたわ。
お姉様にお会いできたことが嬉しくて
さっと令嬢の仮面を貼り付けてお姉様にマルコスのことを告げる。
「失礼いたしました、マルコス様。お姉様、実は本日は私のお相手をマルコス様にしていただいておりまして…」
マルコスから視線をリズビアに向ければ、そこにはこの世の終わりとでも言いたげな表情をしたリズビアがいて思わず名を呼んでしまう
「リズ姉さま?」
名前を呼ばれたリズビアがハッとしてマルコスに淑女の礼をとる。
「ごきげんよう、ベスタ侯子。久しぶりに王都に戻ってきたばかりで家族との抱擁に感極まっておりました。ご無礼をお許しください」
「かまいませんよ、リズビア様。こちらこそようやくお会いできて嬉しく思います」
マルコスの言葉にお姉様が顔を上げる。
「ようやく??」
「ええ。実はリズビア様不在時にたびたび公爵家にお邪魔しておりまして、その中でシルビア様とは友人という立場で色々な本について互いに語ったり、お茶会に参加させていただいたりしたのです」
「そうでしたか…。ところで何用で公爵家まで?」
困惑気なお姉様をマルコスは逃がすつもりはないらしく、胡散臭い笑みを貼り付けリズビアに本題を話す。
「あの日のことを謝罪しにまいりました」
「あの日?」
「父がリズビア様とシルビア様を屋敷に招き、課題を与えた際の無礼に対しての謝罪をするべきだと思ったので」
「……」
「リズビア様、僕は己の幼稚さを貴女にご指摘いただくまで知ろうともしていませんでした。あの日だけでなく、今までの自分の幼稚な行動をリズビア様に謝罪させていただきたくお伺いさせていただきました。謝って済むとは思いません。それでも貴女を傷つけ、貶めるような言葉を紡いでしまった事実を謝罪させてください」
マルコスはリズビアの前まで来るとまっすぐ見つめる。
その瞳には謝罪の念だけがこもっているわけでないことをシルビアは知っている。
「今まで大変申し訳ありま―」
「必要ありません」
ピシャリ。場が水を打ったように静まり返る。
「―っ」
マルコスの表情が泣きそうになる。
「謝罪は必要ありません」
「ですが!!」
「あの日のことはお互い様ですので、一方的に謝罪されても困ります。マルコス様が謝罪されたら私も貴方に謝罪しなくてはいけないじゃないですか」
リズビアは溜息を隠すことなく吐き出す。
「正直に申し上げるとマルコス様に今まで蔑まれていたとも傷つけられたとも思っていないので謝罪されても無意味なんです。意味がないことを私は他人に望みません。ですから不要です」
リズビアは真顔でそれだけ告げると身を翻し、私に微笑むと部屋を出て行こうとする。
「ま、待ってください!」
マルコスの懇願に足を止めるが、背を向けたままで
「謝罪の必要がないなら、僕は貴女になにをすれば…」
「何もしなくてもいいのですよ。ただ、強いて言うなら妹の友人として今後も妹と仲良くしてください。では、私はお母様に顔を見せてきますから失礼いたします」
扉の前まで歩み、振り返って優雅に一礼して退出する。その姿は公爵家の人間として完璧な振る舞いだった。
「…お望みであった謝罪は不要となりましたね」
クスリと笑えばマルコスはバツが悪そうな表情をする。
「あの方は寛大ですね」
「確かに、お姉様は寛大でいらっしゃいますね」
マルコスはきっと本気でそう思っているのだろう。では実際にそうなのか?否。あれは苦手もしくは嫌いな相手にわざわざ頭を下げたくないお姉様なりの回避策であろうことは双子の妹には容易に分かった。
ソファーに座りなおしシルビアは優雅にティーカップに口をつける。
ああ、良かった。駒が自動的に消えてくれて
静かに妹は笑うのだった。
シルビアって結構強かですよね~ 怖いなって思います。
まあ、妹だからお姉ちゃんを取られたくないんですよね!きっと そう考えるとまだまだシルビアもお子さまですね(笑)
更新に関してですが、昨年(12月中旬)から更新が出来ず読者の皆様を大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。この場をお借りしてお詫び申し上げます。
Twitterでも12月中旬辺りからぼやいてましたが、学生最大の難所にぶつかっておりまして1月中旬までは更新速度が落ちると思います。中旬以降は今まで通り5日間隔で更新をしていけたらいいなと思っております。今後とも『幸せに生きていたいので』をよろしくお願い申し上げます。




