再お茶会
「嫌だよ~」
「はいはい、手を動かせな」
「もうちょっと心配とかしてもいいと思うのだけれど…」
私一応公爵令嬢なのに…どうしてかだんだん威厳?がなくなっている気がしてならないわ。
エリオットと一緒に庭で今日も今日とて土いじりに勤しんでいる。
秋に満開になるように初夏も前な今から植えていくのだという。その手伝いをしながら例の再茶会の愚痴を聞いてもらっていた。
「そんなに悩んでもお茶会は明日なんだろう?しかも殿下がわざわざ都合をつけていらっしゃるんだから逃げも隠れも出来ないだろ」
「そうだけど」
エリオットは口を尖らせ不服な顔をする私を見て柔らかく笑い手袋の側面(汚れていない面)でこつんと額を叩く。
「わっ!」
「悩んでも仕方ないんだから諦めろって」
こんなやり取りも日常となり最初のころはヴィオやレットが顔をしかめていたが今では微笑まし気に見てくる。私的には2人にもエリオットと同じ距離感がいいと何度か伝えたのだが2人は納得してくれず―
まあそこは長期戦で頑張りましょう。
そんなことよりも問題は殿下との再茶会である。私が謝罪の手紙を出したのは一週間前。殿下が茶会に応じ指定してきたのは明日。そう明日である。
既に胃がキリキリしてる。もうヤダ
許されるならシルビア召喚して逃げおおせたいが、明日シルはロゼ姉さまと一緒にお茶会に行ってしまう。あああああ私一人でなんて無理なのにィィ
何を話せばいいの?え、あの私を断罪まっしぐらにする可能性を秘めている高貴なお方とどう接しろと?誰か教えてほしい。
お姉さまやお兄さまは私が照れ隠しで…と思っているのかいつも通りでいいのよと助言をしてくださった。いや、いつも通りの先にあるのは断罪からの勘当→死亡なんです。
いくらこの間家族会議(?)で私を勘当なんて絶対ありえないと皆口をそろえておっしゃったけどそれって今はですよね?私は未来―12年後―を危惧してるわけだがそこは誰も分かってくれない。
殿下は私を殺すかもしれない人物でできる限り関わりたくない。許されるならこれが最後の茶会であれ。あれ?最後の茶会なら‥‥お?なんだか胃の痛みが少し楽になった気がする。
「リズ、手が止まってる」
「あ、ごめん」
エリオットの注意で作業を再開する。
「ねぇ、もし会いたくない人がいてその人と会うのを最後にするにはどうしたらいいのかしら?」
「え?ごめんリズの頭がおバカすぎて何言ってんのかわかんないけど会わなきゃいいんじゃないかな」
何故馬鹿にされたのか。
貴族のしかも女の子に馬鹿とか言っちゃダメだと思うのよ。紳士として
「こっちも会いたくないけど絶対会わないのは難しいの」
「ん~なら出来る限り避けるとか」
「避ける」
「隠れるとか」
「隠れる」
「最低限の会話をしたら逃げるとか」
「逃げる」
「いろいろあると思うけど。それ聞いてどうすんの?」
なるほど社交辞令的に会話して速攻で逃げて避けて隠れればいいのか。
自分を避けるやつをわざわざお忙しい殿下も気にはしないだろう。我が家へ来るお茶会も3回に1回参加してあとは逃げ隠れしましょう。その方がシルと殿下がご一緒出来ていいだろうし。うんうんいい考えね!
「こら、どうすんのかって聞いてるでしょ?」
エリオットにまたも額を叩かれ思考から浮上する。
「実行するのよ!私が幸せになるために」
何こいつみたいな視線をされるが気にはしていられない。やはり持つべきは心優しい友だね。
「エリオット、ありがとう」
「‥べつに」
お礼を言われた本人はなぜかそっぽを向いてしまう。そういうところかわいいなと思っているのは秘密である。
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「もう無理、吐きそう」
「まだ応接室にすら行っていないのにここで吐かないでください」
「ヴィオ、その言い方だと殿下の前で吐けって聞こえる」
え、殿下の前で吐いたら即死刑じゃない?ダメだよ。
私死にたくない。
今日は殿下が来るからとなぜか気合の入ったお母さまに朝から仕立てられ、シルビアにはくれぐれも粗相のないようにと口を酸っぱくされた。
分かっている。これで前回と同じ事したらただの馬鹿でしかない。
せめてしっかり謝罪して今後について今一度話し合うべきである。
逆に言えば殿下と邪魔されることなく話せるのは今日しかないのだ。いざ立ち向かへ、私の死亡フラグに!と鼓舞すれど胃は限界を迎え吐き気がすごいし、頭も痛い。
うわぁ~ん。一人で魔王と戦うとか小説の中だけだから。現実では無理。死ぬ。むしろ立ち向かう前にダメージ喰らってるから。
どんなにいやいや言っても応接室に連れてこられた私は諦めて深呼吸をする。
大丈夫。とりあえず前回のことを謝りましょう。
コンコン
「遅くなり申し訳ございません、殿下」
ソファーに腰かけていた殿下がゆっくり立ち上がり礼をとる。
「いえいえ、お気になさらず。この度はお招きくださりありがとうございます」
殿下の向かいのソファーまで行き、殿下が腰を下ろすのに合わせ腰を下ろす。
心拍数がバクバク脳内に反芻して聞こえる。
あぁ、心臓によくないよ~
「先日のお茶会では大変失礼なことを申し上げ殿下に不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
「先日の茶会の際は体調がよろしくなかったようですが、今は大丈夫なんですか?」
「は、はい。おかげさまで元気いっぱいでございます」
後ろでごふッと咳き込んだのが聞こえたが気にしていられない。脳内はパニックだもの。
何話すのこの後。え、怖い。殿下全然笑って無くない?目の錯覚?え、すでにお怒りなんですか。もう無理。それは準備遅かったからなんですか。ごめんなさい。死にたくないです。
「それはよかった。心配したのですよ」
「あ、ありがと、う、、ございます」
こわいこわいこわい
圧がすごいんだけど。自分に失礼なこと言っておいて心配さすなんていいご身分だな的なこと思われてます?本当にごめんなさい。
「ところで…」
「は、はい⁈」
紅茶を優雅に持った殿下に声をかけられて思わず背筋が伸びる。
「前回私はリズビア嬢に何かしてしまったのでしょうか?」
「いえ、何もしておりません(夢の中で未来の貴方に殺されただけです)」
「そのわりにとても怯えられている気がするのですが」
ひィっ
眼が、眼が全然笑ってないです。それが怖い。強いていうなら今のあなたはそれが怖いです殿下。
「そ、そんなこと―」
「以前はよく貴女から話してくださっていましたし、僕の隣にも積極的に座っていましたよね」
背中に嫌な汗が伝い落ちる。
確かに熱出る以前の私はまだ婚約者でも何でもないのに殿下の隣に堂々と座りべたべたしてましたね。誰か止めてよ。(周りはちゃんと止めていました)
べたべたしすぎが通常みたいになってるじゃない!
「婚約者でもないものが隣に座り殿方にべたべたするのはよろしくないと思いまして」
「なるほど。では話を振らなくなったのは?」
「私ばかり話していてもきっと楽しくないと思い…」
「ふーん」
泣いていいなら今すぐ泣けるんだけど。怖い。怖すぎる。死にたくないのに
どうすればいいんだろぅ。もう紅茶の味わかんない。
カチャリとティーカップをソーサーに戻した殿下は今日一番の笑顔をこちらに向ける。
輝かしい笑顔と対照的に青ざめるリズビアの顔色。
「リズビア嬢、何故私を怖がるのでしょうか?」
「こわがっ―」
ニコリ。圧の激しい笑顔で口を噤む。
誰が王族に向かって「はい、怖いです」なんて言えるのか。
言っていいなら言いますよ。すこぶる怖いですって!!
「あなたは僕が何もしていないという割にとても怯えているように思うのです。それに話さなくなった件、べたべたしなくなった件どれも僕から距離を置いているように見えるのですが…」
「—っ」
「その理由をお聞きしたい。なにせ僕の有力婚約者候補の一人と僕の仲がよろしくないというのはあまりいい話ではないので」
その言葉に胸が詰まる。あぁやっぱりこの人にとって私はただの駒なのだ。死んでも生きても変わらない存在。
だから殺せたんだ。
ほんの少しそうではないと信じていた。愛した男が自分を殺すだなんて‥なら、あの時の私の想いは一体なんだったというのか。
恐怖が少し和らぎ、頭が冷静になる。
「そう、ですね。殿下の御身を考えればそれは当然ですね」
まっすぐと相手を見る。張り付けた笑顔がどんな風に見えるかは知らないが、このままではいけない。私は貴方の駒にはなりたくないし、幸せになりたいのだ。
もう二度と誰かを愚かに愛して裏切られ殺されてたまるものですか。
「しかし、殿下。私は前回のお茶会時に申したことは本心です。私は殿下の婚約者になりたくございません。その立場はシルビアの方が相応しく存じます」
背筋を伸ばし、声を張る。
決して周りの者が止めることが出来ないように一息を短く、そして一気に思いのたけをぶつけなければ…
「シルビアは貴族の令嬢としての立ち居振る舞いも完璧ですし、殿下とお似合いです。もちろんまだ婚約者をおひとりに決めることはできないことも承知しております。そのために私を隠れ蓑としてお使いになるのもよろしいかと思います。けれど、私は殿下の婚約者候補でありながら殿下の婚約者になりたくございません。ですので今後私を抜きでお茶会をしていただきたいぐらいです」
前を見れば殿下と殿下の侍従が驚きの表情で固まる。
ヴィオとレットも後ろですごい顔をしていることだろう。
もちろん婚約者候補という名誉ある立場を自ら蹴ろうとしていることがいかに愚かで以前までのリズビアなら許せないことだったのだろうが今は違う。そんな名誉はいらない。
ただ静かに幸せに暮らしたい。
「失礼を申し上げていることも重々承知です。しかし私は望んでもいないものになりたくないのです。これは全てリズビアの考えで意志である為、ガーナ公爵家とは何ら関係ございませんことも聡明な殿下であらせられればご理解くださると信じております」
スッと立ち上がり深々と淑女の礼をとる。
それが意味するのは私の言葉が決して軽々しいものではないという証明。
応接室は静寂に包まれる。
もうここまで言い切ればなんだかいろいろ吹っ切れる。ソファーに座りなおし手に取ったティーカップを口に着ける。
少し冷めているがいつもの紅茶の味にほっと胸を撫でおろす。さっきまでは味がしなかったのが嘘のようだ。




