駆け引きは未来を見据えて
「『ベソラの華』を知っていますか?」
バーテンダーの男は表情を動かすことなく私を見つめる。
「いいや、知らないな」
「とある港町のお店で教えていただいたんです」
表情は変わらない
「そいつは“水晶の華”に関係あるのかい?」
「さぁ?それを聞きにここに来ましたから」
表情は変わらない
「『ベソラの華』なんてものは知らないな。だから俺には分からんぞ」
「……そうですか」
男性は私の回答に興が冷めたのか、視線を私からファイシャへ移す。
「残念だが嬢ちゃんの質問には答えられねぇからこれで終いだな」
「いいえ、まだです」
「あ?」
男性が訝し気に渡しを見る。
「言い方を変えます。『ベソラの華』について聞いたことはありますか?」
ピクリ
彼の眉が動く。
ビンゴ!!彼は『ベソラの華』を聞いたことがある。
情報屋は客の求める情報を提供するために仕入れをする。それは自身が現地に行って仕入れるだけでなく客から引き出すことも含まれているそうだ。
特に情報だけで生計を立てている情報屋なんてものは言い回し一つが駆け引きの材料になる。これらすべてはファイシャとレット、ヴィオから言われた“情報屋”とは何たるかの講義から習ったことだ。
あの講座受けといてよかった!あれがなかったら今頃追い出されていたかもなんだもん!!
(ちなみに講義は3時間ぎっちりでした)
「…」
「…」
しばらく見つめ合うことで沈黙が落ちる。あたりの喧騒が遠くに聞こえるような錯覚に陥るが、どちらも動かない。
先に根を上げたのはあちら側だった。
「はぁ、最近のガキは頭がよく切れるんだな。確かに聞いたことはある」
「どんなことを聞いたんですか?」
「その前に追加代金をよこしな」
後ろに控えていたレットを見て頷けば、レットは布袋を男性の前のカウンターテーブルに置く。
男は布袋の中身を確認して、髪をかきむしるとどこから出したのかグラスに入った並々と酒を注ぎ、それを一気にあおる。
え、それ大丈夫なの??
こちらの心配を無視して男性は、先ほどまでとは打って変わって静かなそれでいて喧騒にかき消されるか否かの声量で答える。
「『ベソラの華』を見つけられれば交渉は確実に優位に進むんだと」
「それが何を指すかは?」
「いいや。ただ『ベソラの華』自体がどっかの訛りだってのは聞いたことあるよ。つってもこの話はもう50年前にちょっとした客から聞いたことだ」
訛り…。
つまり『ベソラの華』じゃなくて『ベソラノハナ』として考えなきゃいけないのか。しかも他国の言葉が訛ってってなったら本当の意味なんて分からなくないかしら?
でも何か意味があるからこの言葉、ひいては情報は別格扱いされているんだろう。
「“水晶の華”の幹部の名前を聞いたことはありますか?」
「あるな。商会代表がベンネル・マルフォイ、船長がラーヒズヤ・ラヨン・ヴァルマ、副船長がリ・ソホだったはずだ」
ベンネル・マルフォイ、ラーヒズヤ・ラヨン・ヴァルマ、リ・ソホ。この3人が幹部でありおそらくアローが漕ぎつきたい立ち位置の人間なのだろう。
…あれ?
「“水晶の華”に女性はいないんですか?」
「女がいたって話は聞いたことがないな」
「え、じゃあ“水晶の華”の由来ってなんですか?」
「確か…美しく珍しい花のあるものを水で運ぶからとか何とか」
!!? え、普通に女性がいると思っていたし、そう言う意味での華だと思っていた。
勘違いしていることが分かって若干恥ずかしいんだけど。
悟られない様にゴホンと咳払いして微笑んでおく。
「ありがとうございました」
「おうおう、役に立てて何よりだ――って終わるわけないわな」
男性が不敵に笑う。その瞳に明かりが反射して獣じみた鋭さが光る。
「俺は残念ながら無償で情報を提供するつもりはねぇんだわ」
「はい。知っていますよ。だからこちらも報酬は用意していますよ?」
「ガキが3000ベルとさっきの合わせて5000ベル前後持ってること自体がくそだが、もう金目の物持ってないだろう」
この人はよく客を見ている。
私達3人はずっとマントを羽織っている。私とレットに関してはマントのフードすら脱いでいないというのにもう手持ちがないことを暴いている。
それに布袋の中身を見は下が数えたりなんてしていないのに金額がドンピシャというのは…さすが情報屋というべきなのか、なんというか。
「貴方達にとって報酬とは金品だけではないでしょう?」
「はっ、そっちで支払ってくれるってか?いったいどんな情報をくれるんだい」
男は馬鹿にした表情で私を見る。
馬鹿にして、なめ切って、見下した目だ。そっちがその気ならこっちは堂々とやってやる。
ピッと腕を突き出し、相手に見えるように指を一本立てる。
「今から3年以内にハーテン領、マイラ領、テンシール領、バックロック領、ジーシャン領にて大掛かりな交通整備が行われるわ。それに伴って人手がいるけど、現状各領地内だけでは人員が確保できない。だから働き手を欲しているわ」
2本目を立てる。
「道路整備は国が需要視している問題の一つであること」
3本目を立てる。
「国は人が集まりさえすればすぐに取り掛かるでしょうね。国主導で」
国主導ということは易々と解雇などはされない。少なくとも道路整備が完了するまでは安全で安泰の仕事である。国主導の仕事はその安全性から募集する人数も少なくない。
4本目。
「リーマス領とコーリン領でも同じく道路整備が必要となる。けれどこっちは“トンネル”の選択肢も存在するから技術者と医療関係者がそろう必要性がある。もっともこちらは領民の説得にも時間を要するから向こう3~5年程度先の話になると思ってほしいわ」
最後に小指を立て、5本すべてが立った状態にする。
「シャッフェクローラ領には川があるのをご存知?」
「確かにでかい川があったな」
「その川は川の増水による近隣被害を考慮して近々、川の工事をするはずよ。これも国主導。一番早く取り組まれる問題かもしれないわね。これは人手もだけど技術を盗めば他の地域でも同じことが出来ると思う」
そう。働き手はただ単に上の指示に従うだけになるかもしれないけど川の工事は道路整備などよりも大規模で全体の完成までの時間を要するため、誰しもが全体の構図を頭に入れ携わることになる。その中で向上心ある者や野心家の者は技術を盗んで他に広めればいい。
その技術を盗む云々までは私には関係ないことだもの。
もちろんこれがノグマイン商会の技術を横取りとか、盗まれたとかならきっと思うことは違うんだろうけど、私に直接的に害がないならいいと思う。
というかこんなこと言っておいてなんだけど、情報屋はここまで話したりしないと思う。
だって、話してしまったらそれだけ同じことをしようとする人間が増えるじゃない?そうしたら全体的に情報屋にメリットが何も残らないもの。傍観して人の動きを見てその先を読む。
そっちの方が幾分も彼らにメリットを与えることだろう。
「これが追加料金」
男は黙ったまま動かない。
しばらくしてから男はゆっくりと唇を動かす。
「根拠のない情報は売れないんだ」
「根拠はその情報を売れば見えるわ。きっとこれは国主導で行いたいけれど条件が揃わないから動けない事案ばかり。だから先に情報を使って条件を揃えてあげるの。そうしたら嫌でも動かざるおえないでしょう?」
これは戦略の一つだ。国主導という案件は民からしたらこぞって漕ぎ着けたい仕事だ。だが、国主体であることを大々的にして人員を募ればきっと大なり小なり今まで通りに事が進めないところが出てきてしまい、次の問題となってしまう。
それを避けたい国は人員確保について渋っていることは想像に難くない。
では、その問題点を先に解決してしまったら?
答えは簡単だ。
「私の売った情報を他の者に売って1年半以内にことが進まなければノグマイン商会を訪ねてくればいい」
「…ノグマイン商会。いいだろう。お嬢ちゃん、交渉成立だ」
差し出された手は大きくてごつごつとしているようだったが、指先には小さな切り傷が多く目立った。きっと料理の時に切ってしまったものだろう。
そんなに手を切るってことはこの人料理下手なのかもしれないわね。
その手に自信の小さくて白い手を差し出し、握手する。若干力が強くて痛かったけど、成果は上々だ。
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カランカラン
出入り口の扉をくぐって店内から退出すれば辺りはすっかり暗くなって夜を知らせている。まぁ、入った時点で夕方だったんだけどね。
店内は一切窓とかなかったから時間の進み具合に驚きが隠せない。そんなに長居していたつもりはなかったんだけど…。
各々フードを外して外の空気を吸う。うん、空気がおいしい。店内はお酒の匂いが充満していたから新鮮な空気がとても美味しく感じる。
あ、そうだ!
思いだした私は店名を再度確認する。
店先の看板にはやはり“バーイン”と書かれている。
「んじゃ、帰りますか~」
「そうだな。リビア、帰ろう」
「あ、うん」
ファイシャとレットが並んで歩きだす。その真ん中に入って、一緒に宿までの帰路につく。
が、忘れないうちに…
「ねぇ、ファイシャ」
「ん~?」
「さっきのお店の名前は“バーイン”だったでしょう?」
「そうだね。エカヤ男爵領の情報屋はあの店“バーイン”にいけば会えるんだよ」
「なら、なんであの時“サーペンツェ”?なんて言ったの?」
「…レットー、おたくの子は大丈夫か?」
「まだ二桁いってないから」
ファイシャに話を振られたレットは気まずげに視線を逸らす。
あ、これは馬鹿にされたのか??
レットに視線を向ければ何かを葛藤している。そんなに私に聞かせられないようなことなのか?
仕方がないのでファイシャの顔をじーっと見つめればファイシャが溜息を吐きだす。
「“サーペンツェ”っていうのは国中の情報を何でも知っている組織の名前だよ。もちろん今回あったのはいい人側の人間だけど、あそこには犯罪に精通している者もいるから、気を付けなきゃだよ?ま、リビア一人でそう言うのに関わることはなさそうだけどさ」
「そんなすごいのがあったんだね!!」
何それ知らないんですけど。…え、すごくない?さっきのバーテンダーの人。そんなすごい組織の一員だったの?全然そんな感じしなかったんですけど⁈
は!あのド低音はそう言う組織の人間だからだったのかな?
衝撃がすごすぎる!!
「はぁ、リビアはほんとそう言うこと知らないよね」
「…申し訳ないとは思ってるんだけどな」
「知らないよりは知っている方が使えるんだからさ、教えときなよ?そうじゃないとお嬢様は大変なんじゃない?」
「はぁぁ。肝に銘じとくよ」
2人の会話はリズビアには届かず夜の闇に溶けていく。
一体いつからファイシャは知ってたんですかね?
そして、ファイシャが知っているってことは……ってことですよね!!(ご想像にお任せします)




