おいしい魚
少し長めです
次の日
昼前。天気は昨日に引き続き快晴だ。今日は情報収集としてピルマの手を繋いで露店に顔を出していく。
「この魚はなんて言うんですか?」
店主であるおじさんが元気に笑いかけてくれる。
「おう、嬢ちゃん。こいつはねシイラって言うんだ。この辺の温暖な海ならよく取れるんだ」
「へぇ~」
「ではこちらはどのようにして調理されるんですか?」
ピルマが魚を指さして尋ねるとおじさんは顎のちょび髭を撫でつけながらいい質問だと言った風ににやりと笑われる。
「こいつはな、揚げたり焼いたりなんでもうまいぞ。個人的におすすめのシイラが食べられる場所は2つ先の路地を曲がったところの左手にある“ルミエール”っていう宿で提供される料理だな。あそこはシューテル子爵領一の宿飯屋って言っても嘘じゃないぜ!!」
「ルミエールってお店ですね、後で行ってみましょうか」
ピルマの言葉に頷いて、その店を後にする。
店主のおじさんは「また来いよ!!」と言ってくれたし、いい情報ももらえた。
とてもいい人である。
「リビアは先ほどの魚―シイラに興味があるんですか?」
「なんか可愛くない?形とかあの目とか」
「かわいいですか?あれ」
「うん」
ピルマは不思議そうな顔をしているが、あの魚可愛くなかった?
え、そう思っているのは私だけなのか?
おじさんに教えてもらった通りに辿っていくと少し人だかりができた場所があった。
おそらくあそこなのだろう。
いい匂いが宿から漂ってくる。
「結構人が並んでらっしゃいますね」
「そうだね」
「繁盛しているということは先ほどの店主が言っていたことは間違いじゃないんですね」
地元の人に人気があるなら何か情報を得ることもできるかもしれない。
少し経ってから店の中に案内され、誘導された席に腰をかける。
おすすめを注文して待つこと数分。店員さんが持ってきた皿の上にはほくほくと湯気を立てる。
「おいしそう!!私の注文がお茶漬け?っていうのだったよね」
「はい。お嬢―リビアはお茶漬けで私は香草焼きのはずです」
ピルマの皿には白身にハーブや塩コショウで味付けされた魚がのってあり、どちらもおいしそうだ。
「ねぇ、ピルマ半分こしない?」
「半分こですか⁈え、あ、それは…」
ピルマが逡巡し目線を逸らす。
どっちも食べたい私としては譲れない。ヴィオやレットなら小言を言いつつもいつも分けてくれるからと思って頼んでは見たのだがよくなかったのかな?
私食い意地張りすぎだなって思われて引かれた??え、引かないでほしいんだけどな
これがいつも通りの私です。
お願いの念を込めてピルマの目をまっすぐ見つめているとピルマの頬が色づいていく。
「わ、分かりました」
「ほんと⁈ありがとう」
ピルマが了承してくれたので店員さんに忙しいところを詫びてから取り皿をもって来てもらうように頼む。
持ってきてもらった皿にそれぞれ半分の量を取り分けて交換する。
「それじゃあ冷めないうちにいただこうか」
「はい」
「「いただきます!!」」
スプーンにお茶漬けというのを掬って口へ運ぶ。
シイラ自体はフライにしているのかサクサクとしたものに出汁がきいていている。噛めば噛むほどに味が出てきておいしい。しかも器のそこに入っているお米が出汁を吸ってお米自体の甘さだけでなく出汁のうまみも凝縮していてスプーンが止まらない。
口の中いっぱいが幸せで溢れている。
美味しい!!これ料理長とかに頼んだら作ってもらえないかな?
新鮮な魚を仕入れるルートがまだ少ないから今すぐには難しいかも。あ、でもこういうのをもっと領地内に広めればもっと有名になって人気とともに同じようなお店も出てくるかもしれない。そうしたら店ごとの食べ比べとかもできるかも…
お茶漬けを半分以上食べてしまっていることに気づいて、スプーンをそっと置く。
なんだか一心に食べ続けていたことに若干の恥ずかしさを覚えながら、香草焼きをナイフで一口大に切って食べる。
柔らかい身が舌の上でホロホロと崩れていき、ハーブと塩コショウの味つけが絶品である。ハーブは一種類だけでなくて何種類か合わせているようだし、ハーブだけじゃなくて柑橘系も混じっているのかもしれない。レモンやオレンジとも違う今まで食べたことがない柑橘系かもしれない。あとで調べてもらおう。
向かいに座っているピルマを見れば、彼女もとても美味しそうに頬張っていて和やかな雰囲気が漂う。きっとこの店は料理で人を感動させて和ませる場なのだろう。だからこそ地元民に愛されている気がする。
料理を食べ終え、会計を済まして次は装飾品類の店を見て回る。
「これ綺麗だね」
手に取ったのは二枚貝を利用した口紅。入れ物に二枚貝を利用していて蓋もできる仕様になっている。
「貝殻を利用した口紅ですか?」
「色合いと量的なものはそんなに多くないけれど装飾品として飾ることもできるのはいいね」
「贈り物なんかにいいですね」
「確かに!使い終わってからもチェーンがついているからネックレスとしても利用できるよね」
口紅からのアクセサリーと2種の使い方があるのは独自性が高いと思う。
しかも、チェーンはとても細やかなものを使用している様で手が込んだ作りであることは一目瞭然。これを作れる技術がこの領地内には存在しているのだ。
「あの、これはどちらの工房で作られているんですか?」
「ああそれならバロン工房で作られてるよ。ここ一体の装飾関連の多くはあそこがやっているからね」
「そうなんですね。ありがとうございます」
バロン工房ね。店員から聞き出した情報を忘れないように口ずさんでシルビアに似合いそうな色合いの口紅を購入する。
7歳の私達はあまり使う機会がないかもしれないけれど、これからは機会が増える。特にシルは王都にいるから私よりも多いはずだしいつかは役立つかもしれない。
使ってくれたら嬉しいな。きっとシルに似合うはずだから。
そのあとも何軒か店を出入りしては商会の次の商品に繋がりそうなものを探っていく。
そろそろ夕飯も近いということで最後に入った店は文房具店のようで品を全部見て回る。どうやらロゼ姉様にお渡しした例の物はあれが試作品で間違いないようで一安心だ。
直轄領や王都でも見かけなかったけど海辺のこの地域ならあったりするかも…なんて考えていたがどうやら杞憂で終わったようだ。
店の中央の展示棚の一番隅。誰も見ないような場所に一つだけインク瓶が置かれていた。
値札などはない。飾りにしては中身がずっしりとしている。
店内の照明にあててみるが変化は大きく見られない。いたって普通のインク瓶に見えるが、値札のついているインク瓶とはラベルが違う。どこの文字だろう?
どこか古代語にも似ているけど神聖国語にも似ているし…わかんない。でも、この国の言語ではないのは確かだ。これでも淑女教育の一環で周辺諸国の言語は覚えている。
脳内検索に引っかからないということはおそらくこれは海を隔てた外の、異国の文字かもしれない。これをいつ入荷した?一個しかないから値段をつけられない?
いや、一個しかないってことはそれだけ貴重なものなのかもしれない。インク瓶をまじまじと見つめているとピルマに呼ばれる。
…どうやら時間切れのようだ。この店は後日もう一度来て今度は店主に話を聞いてみよう。
店を出ればなぜかレットとファイシャが立っていた。
「あれ?なんで2人がここに?」
「誰かさん達が女の子2人なのに遅いからさ~ヴィオが探して来いって」
「あまり遅くなると皆が心配しますよ」
レットが困ったように眉尻を下げ、ファイシャは楽しそうに笑う。
「ごめんね」
「申し訳ございません。時間は間に合うようにと思っていたのですが」
「大丈夫。大方リビアが何かに熱中して話を聞いてなかったんだろう?」
レットの言葉にピルマが苦笑を返す。
なんと!ピルマは何度か私を呼んでいたのか。気づかなくて申し訳ない。
「そんじゃ、帰りますか。報告会もあるしね」
「そうだね」
ファイシャとレットに挟まれる形で宿への帰路に就く。
…あれ?
「ねえ、ファイシャ」
「なに?」
「ヴィオ怒ってた?」
ファイシャとレットはヴィオに探せと言われてここまで来たのだと言った。いつも飄々としているファイシャまで外に出てきたということはもしかしなくてもなんじゃないだろうか。
嫌な予感を覚え、縋る様にファイシャを見つめるがファイシャは何も発さない。ただただ笑っているだけ。それが何を物語っているかなんて明らかすぎて私は顔を覆ったのは仕方がないと思うんです!!!!!
…案の定ヴィオには怒られ、それを見ていたアローにからかわれました。
リズビアをよく怒るのはヴィオ>シルビア>お母様の順です。
男性陣は本当にリズが悪いことをしない限りは怒りませんし、見守るに徹しています(家族は)
婚約者は別ですよ。




