謝罪の手紙
例のお茶会の一件は我が家では大問題となった。
一国の王太子に対し娘がいきなり婚約者候補筆頭でありながら婚約者候補を辞めたいなどと遠回しに言ったこと、王太子のもてなしをする側でありながら十分なもてなしをすることなく退出してしまったこと等々を知ったお母さまは卒倒しかけた。
ロゼ姉さまもレイチェル兄さまも絶句。お父さまは頭痛故かこめかみを押さえながら顔色を土色にしていた。
そうさせたのは紛れもなく自分なのだが‥‥
しかし、それをきっかけにあの夢のことをちゃんと話すことが出来た。
もちろんヴィオやレットがフォローしてくれたおかげで自分がいつか勘当されてしまうのではないか、婚約破棄されてしまうのではないか。自分なんかよりシルビアの方が断然お似合いだと最愛の妹抜きで、家族で話し合った。
みんな勘当なんてしないしさせないと言い、怖い夢を見たのにひとりで抱え込んでいたのねと慰めてくれた。嬉しかった。
その日は二回も泣いてしまって恥ずかしかったが、熱以降ちゃんと家族の顔を―目を見て話せた。
あれから3日経ち…
「あうぅぅぅ」
「お姉さま唸り声上げないでください」
「そうはいってもォ~」
私はシルビアと一緒に図書室に来ていた。
シルは課題の図書を読み、私は王太子殿下へ謝罪プラス再戦お茶会招待状の手紙を書いている。というか書かされている。
シルの話から王子がご立腹ではないにしろ失礼を欠いたのはこちら―リズビア・ガーナ―にある為私が直接手紙を書くべきだとお母さまとシルに言われ渋々便箋と羽ペンをもって向かい合っているわけだが。
「あぁぁぁ、やだやだやだやだいきだくないィィ」
「姉さま五月蠅い」
シルは冷たく姉の嘆きをぶった切る。
さっきから筆は一向に進まない原因はこの再戦お茶会はなんとシルビア抜きで行われる。
シル曰く『殿下はお姉さまとお話したいと申しておりました故に姉さまがおひとりで行うべきかと』
最愛の妹のやさしさが痛い
酷く痛い。
そんな遠慮はいらないよ。お姉さまを助けてほしい。
しかし、お母さまからも私がかたをつけるようにと仰せつかっている。
分かっている。
『先日の御無礼として殿下と二人きりでお茶会をしたく思います』
この一文を書けばあとはもう書き終えているようなものなのに
どんなに大きな部屋であれど殿下と二人きりというだけで私の胃は限界値を迎えるレベルなのに…想像しただけでもすでに痛いわ!
シルビアがたった一文を書くために何十分と百面相する姉を見てうっすらと笑っていることなどリズビアは知るはずもない。
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「失礼いたします、殿下」
私室に入ってきたのは従者のアクアだった。
アクアは俺の唯一本音を曝せる相手でこの思惑渦巻く城の中では貴重な人員だ。
「どうかしたか?」
「ガーナ公爵家より手紙が殿下宛に」
「…ガーナ公爵家」
ガーナ公爵家は俺の婚約者として最も有力な令嬢がいる四大公爵家の1つ。
我が国の王族は代々忠誠を誓う四大公爵家から大体順番に妃を娶っている。または王弟、王妹が四大公爵家に嫁ぎ関係を均衡に保つことが習慣とされている。
むろん他国から妃を迎えることもあるし例外も中にはあるが基本は流れに沿っている。
そして自分の時はたまたまガーナ公爵家の番で、ガーナ公爵家に運よく年の近い女の子がいた為婚約者有力候補と言われているのだ。
「‥‥」
ガーナ家の末娘のシルビアは姉にいびられているイメージがあった。それでもいつも淑女の鏡というように淡く微笑む姿には自分と似たものを感じていた。そこに嫌悪も好感もない。ただいいパートナーにはなるかもしれないレベルの感想。
一方双子の姉・リズビアは我が儘令嬢で頭の回転も良くない。こちらも嫌悪も好感も抱かなかったが愚かだとは思っていた。それでもこの手の令嬢に猫を被っておけば勝手にウィル・デ・ファンネルブの評判を上げてくれるからいい顔をしていた。
なのに―
「チッ」
舌打ちが漏れる。
前回訪れたお茶会でなぜかリズビアは俺に挨拶の時に目を合わせたきりその後は一切目を合わせようとはしないどころか、いつもは自分から勝手にしゃべるはずがずっと大人しく俺とシルビアの話を聞いているだけ。声をかければ肩を大きく跳ねさせて驚かれる始末。
上げられた顔に浮かんでいたのは恐怖の表情。
それを無理やり笑顔でかき消しようやく口にしたと思った言葉は自分から婚約者の立場を棄権したいという様な事。しかもシルビアと俺が似合っているから次からは二人で茶会をすればどうかという。
今まではリズビアがそれを良しとしなかったのにいったいどんな心境変化なのか。
まさか俺の何かが失敗してリズビアが婚約者候補棄権なんて言い始めたのか?
考えても俺に非が見当たらない。
ならどうして―
「なんなんだあれは」
「リズビア嬢のことですか?」
声に出したつもりはなかったが言葉に出ていたらしい。
「何故いきなり怖れられなくてはならない」
「ウィルに非があったんじゃ―」
「思い当たることがなさすぎる」
「う~ん、シルビア嬢がリズビア嬢は熱が出たって言っていたからその熱で変わったのかもよ」
あぁ、そんなこと言っていたな。
しかし熱ごときで人があんなに変わるか?好意が恐怖に変わるなんてことがありえるのだろうか。
机に置かれた封筒をペーパーナイフで開ける。
中には綺麗な花柄の便箋が入っており、柔らかな文字で前回のお茶会の謝罪と改めて茶会を開きたいという旨が書かれていた。
手紙の最後には『お待ちしております。リズビア・ガーナ』と締めくくられていた。
どうやら次のお茶会はリズビアと二人きりのようだ。
「茶会の日取りをガーナ家に伝えておけ」
「かしこまりました」
優秀な従者は素早く部屋を退出する。
次の茶会ではリズビアはどんな顔をしているのか少し気になり口元が綻ぶ。
もし、あれが一回きりではないのなら―
猫かぶりの腹黒が多い




