急来
マルコス視点→シルビア視点です
「ええ、シルビア様は冒険ものがお好きなのですか」
「そうなんです」
シルビアと穏やかなティータイムを過ごし、好きな本の話に花を咲かせていると―
コンコン
「?どうぞ」
「やぁ、こんにちは。シルビア、マルコス・ベスタ侯子」
「「!! 殿下」」
シルビアと同時に立ち上がり礼をする。
なぜ、いや、ガーナ公爵家は今期の王太子妃有力候補で巡りでもあるのだから殿下がこちらに来るのは何ら不思議なことではないのだが…。シルビアの様子を見る限り約束があったようには思えない。
「2人そろってかしこまらなくていい。楽にしてくれ」
殿下はシルビアの隣に腰を下ろす。
それに合わせて僕もシルビアも腰を下ろす。
「本日はいかがなさいましたか?」
シルビアは困った表情で殿下を見つめる。
「定例茶会でもないのになんの伝達もなくここにきてしまったことは申し訳ないと思っているんだが、そろそろ戻ってくると思ってな」
「相変わらず情報がお早いですね」
「少し公爵に手伝ってもらっているだけだ」
殿下は楽し気に笑われ、こちらをその瞳に捉えると不思議そうな顔をされる。
「いかがなさいましたか?殿下」
「いや、ベスタ侯子とは以前あったことはあるがガーナ公爵令嬢と君が一対一でお茶をするほどに仲が良かったとは思わなくて」
「先日我が家の蔵書室に父がお二人をお招きしまして、そこからのご縁でこのようにお茶をご一緒させていただいております」
「なるほど」
殿下はシルビア側に置かれていたマカロンに断りを入れてから手をつける。
ピンク色のマカロンがサクサクと小気味いい音をたてながら殿下の口元に消えていく。
殿下がマカロンを咀嚼し終わって少ししてからバタバタと廊下が騒がしくなるのが扉越しに分かる。
「?」
「ずいぶんと慌ただしいな」
「‥‥‥ゴッテル、ミオラを呼びなさい。あと執事長に」
「かしこまりました、少し離れます」
ゴッテルと呼ばれた側近が一時的に扉の外へ消え、すぐに戻ってきて少ししてから呼ばれたのであろう侍女が入室してくる。そのころには扉の向こう側の慌ただしさも消えていた。
侍女は殿下と僕に一礼した後、シルビアに近づき耳元で何かを囁く。
次第にシルビアの顔が険しくなり侍女に何度か確認を取ると侍女を下がらせた。
「…申し訳ありません、殿下。どうやらお姉様は殿下の予想を裏切られたようですわ」
「それは実に面白くないな」
殿下が整った顔をシルビアに向けまっすぐと見つめる。
きっとご令嬢たちが見たら黄色い悲鳴や噂がすぐに回るのだろう。だが、あいにくここに居るのはそういうものに興味のない自分だ。
しかもこの絵はときめきとかよりも寒気の方が正しい気がするのだが
「お言葉ですが、その感情は私ではなくお姉様に向けてください」
「シルビアは本当にリズビアに似ていないな」
「双子だからすべて同じと思うのは如何なものかと思います」
「知っている。それで?あれはどこにいる?」
「近日中に海の見える場所まで行くそうです。なんでも商会の取引で行くことになったとか」
「帰りは?」
「早くて2週間後、ロゼリア姉様の学園入学前に戻られるそうです。マリン・ビーナへの依頼などもするとのことです」
「チッ」
殿下の舌打ちに室内の温度が5度は下がった。それを意に介さない態度でティーカップを口へ運ぶシルビア。
この二人のお茶会はいつもこうなのか?
「残念ですね。せっかくの計画が」
計画?
「別に来年に持ち越せばいい。次会うときは容赦しないけどな」
「今年は花鏡祭もありますから、祭までにお会いできたらいいのでは?」
「あいつが定例茶会にちゃんと参加していればこんなことにはならなかったのに」
殿下はどこか不貞腐れた様にそっぽを向く。
父の話では殿下は聡明で子供っぽくないと聞いていたが、今目の前にいる人は想像よりもずいぶん子供らしいと感じた。
「花鏡祭ではマルコス殿は誰かに花を捧げるのか?」
「え、いえ。自分にそのような想い人はいませんから」
「そうか」
「殿下、自分のことはマルコスで構いませんよ」
「わかった」
急に話を振られたが、花鏡祭か…
ファンネルブ王国で5年に一度催される祭で、国民の多くはこの日に想い人に想いをつげて結ばれたりする。そう言う催しだ。
しかし、それに殿下がご興味あったとは驚きだな。
「ところで、先ほどの計画とは何かお伺いしても?」
「殿下はもう少しされたら避暑地に行かれますからそれにお姉様も連れていくという計画です」
「シルビア、その言い方だと私がリズを無理やり連れていくようにも受け取れるのだが?」
「大方間違いではないはずですが?」
「リズに会えない不満を私にぶつけるのは君ぐらいのものだ」
「あら、勝手にそのように受け取られるのは殿下の自由ですが私の名誉のために否定しておきますね」
「はっ、よく言う」
殿下は呆れたように笑って、席を立つ。
「私の用は済んだ。シルビア体に気をつけるように。マルコス、私の婚約者候補殿を不在の間気にかけてやってくれ」
「はッ」
臣下の礼をとって応接室の扉が閉まるまで頭を下げる。
ソファーに腰を下ろし、シルビアと向かい合えばやはり殿下の前というのは緊張していたのだろう。自然と表情が緩む。
「シルビア様と殿下は自分が考えていたよりも大変仲がよろしいようですね」
「仲がいい…わけではないですが、そのように思われていた方が体面的にはいいのでありがとございます」
体面的とはこれはこれは
「ずいぶんとハッキリ仰るのですね」
「ええ、殿下は私に興味はありませんもの。あの方はリズビアに興味があるだけですから」
女性の最高権力と言ってもいい王太子妃ひいては時期王妃の座をこの姉妹はあまり望んでいないように思う。
「…貴女はそれでいいと?」
「特に問題を感じませんから」
それは、公爵家という家の力があるからなのかどうなのか。その真意を聞ければいいのかもしれないが今は早急すぎるだろう。せっかく得たこの立場を易々と手放すのは惜しい。
「そうですか」
「ご不満ですか?」
「いいえ。ただリズビア様は皇太子妃に前向きではなかったように思いましたので」
シルビアはなにも言わない。
振り子時計が夕刻を知らせる。
「それでは私は失礼いたしますね」
「ええ、またお越しくださいね」
****************
マルクス・ベスタと殿下の訪問が終わり、自室に入る。
今日は長い一日だった。
「ゴッテル、レットは?」
「ここに居ますよ、シルビア様」
お姉様仕えの従者は恭しく頭を下げる。
「…先ほどの連絡は本当なの?」
ミオラから聞いた伝達はこうだ。
“近いうちに公爵領管轄地域で有名な貿易船が来るため、ノグマイン商会会頭として取引に向かう。よってロゼ姉様の入学式前に王都に戻り次第2か月は領地で過ごす。次、王都へは花鏡祭の近くに戻る”
「残念ながら本当です。リズビア様は大旦那様と旦那様にお話を通されて正式な許可も出ました」
おじい様にお父様まで許可を出しているというのはなんという徹底ぶりの許可取りだろう。
さすがお姉様。
「3か月近く王都を離れると」
レットはその言葉に頷く。
「わかったわ。あなたとヴィオはともに行くのでしょうからくれぐれもお姉様をよろしくね」
「了解いたしました。それとシルビア様、リズビア様がお身体に気をつけるようにと」
「?」
「今年は寝苦しい夜が続くようになると思われるそうですので、体調を崩しやすいのだとか。もしも体調が優れなければすぐにこちらの薬を一日2回一錠ずつ飲むようにとのことです」
レットの手には白い小さな小袋が置かれていた。
そういった配慮はしてくださるのに…肝心なことは分かってくださらないのだから。
それがリズビアでもあるのだが困ったものだ。
「それをシルビア様に飲めと?もしも何かあったら―」
「ゴッテルさん、それはリズビア様を疑うということか?」
ゴッテルがレットを睨む。
一触即発となりそうな雰囲気に溜息を吐きながらゴッテルに下がるように言い、レットの手から小袋を受け取る。
「ありがとう、お姉様のことだもの信用できるわ。あとはよろしくね」
レットは頭を下げて部屋を出て行く。これから領地に戻るのだろう。お姉様付きの従者は大変なことね。
「ゴッテル、疲れたから少し休むわ」
「かしこまりました…」
一人になった部屋でベッドに身をゆだねる。
本当に今日は長い一日だったわ。
ベッドに横になったことで瞼が重くなり視界はだんだんと閉ざされる。優しい風がカーテンを揺らし、少女は小さな寝息をたててまどろみの中へ誘われる。
殿下って急に来るのが多い?気のせいかな?
殿下が選んだマカロンなんでピンク色だったのかな…
この回から殿下とリズビアの鬼ごっこ偏スタートです(いつ終わる鬼ごっこかは謎)




