子供っぽくて何が悪い
廊下を少し進んでなおマルコスはなにも発さない。
え、逆に気持ち悪いんだけど。なんでこんなに静かなの?
怖ッ。
それでも一応叩いちゃったわけだし、私の方がどう見たって分が悪いわけで…
「頬大丈夫ですか?」
「え」
「その、叩いた頬は大丈夫ですか?」
「だ、いじょうぶです。…貴女が叩かれたのに心配されるんですか?」
ごもっともなんですけどね!!
すっごいぐっさって刺さった。今の心に刺さった。
確かにそりゃ叩かれた側からしたらお前が叩いたのになに心配してんの?って感じですよね。悪くはないけど。私は悪くはないけどさ。悪くないわけではないかもしれないけどそれでもさんざん言われてきたわけだし、ちょっとしたあれで。一方的に悪いわけではないはずだもの
「叩いたことは後悔もないですし謝罪も致しません。でも、叩かれたときは結構痛いものでしょう?特に叩かれた瞬間よりもだんだん後になる方が痛みが増してくるから。必要なら氷嚢とか用意されたほうが―」
「まるで経験されてきたかのような口ぶりですね」
そりゃ経験してるもん。一回は。あの時はおかげで大変だったけどさ。
「私も以前とあるご令嬢に叩かれましたので。叩かれたというよりも叩かれに行った的な感じで…。その時の経験談です」
あれは決してリズビアに向けられたものではなかった。それに今回は不服こそあれ、嫉妬とかはなかったし、あのご令嬢…もう名前も忘れてしまったけど彼女ほどの感情を込めて手を振りかぶったつもりはない。
…私はマルコスの腕を掴んでいない手をお腹のあたりで開いて閉じてを繰り返してみる。
さっきの力でもじんじんと掌が鈍い痛みを伴うのにあの子はどのくらい手が痛かったのかしら。もう知ることなんてできないでしょうけれど…
「そう言えば、なぜマルコス様は私をあそこまで毛嫌いされるのですか?私、貴方に何かした記憶はないのですが」
5歳の熱が出る以前に何かしてしまっていた場合は本当に申し訳ないけど、記憶にはないのだ。ご令嬢でも何らかの明確な目的がないと初めから敵意を持つことはない。
皇太子妃の候補者だとか、派閥とかそう言うものを羨んだ者、妬む者は初めから私自身に身に覚えがなくても敵意を向けてくることはある。
だが、ベスタ侯爵家とガーナ公爵家は大きな派閥戦争とかもないし、同姓でない為王太子妃の候補者として目をつけられているわけではないはず。
理由がずっと分からないのだ。
彼に敵意を、嫌悪を向けられる理由が。
「貴女のことを父上はよく褒められます。次期王太子妃として覚えがいいと、その年で一商会を立ち上げ新たな取り組みを取り入れ領地の活性に貢献していると」
嬉しくないんですけど???!!!!
特に前半。は?王太子妃としての覚えがいい?そんなことを宰相閣下に思われているの?初耳なんだけど。私は王太子妃になりたくなくて頑張っているはずなのにどうしてか認められている。どうして?
あの夢と同じ状況になってもやっていけるようにって思っているだけなのに。最悪国外逃亡できたらいいかもなとか最近思ってはいるけどさ、それでもやっぱり住み慣れた場所にいたいじゃない!!
「でも、僕がどれほど頑張って学業に励もうと父上から出された問いを解いて納得察せることの出来る解答を出せたとしてもお褒めいただいたことはありません」
「…ほぅ」
おたくの閣下は大変貴方のことをご自慢されていらっしゃいますけど??
だってパーティーの時だってマルコス様がいかに聡明で次期宰相として期待できるか、素晴らしいかをお父様と私に15分間ず~っと話されていたのよ?
途中でお母さまが割り込んで話が打ち切られていなければあと30分は絶対話してたよ。核心を持てる。
そんな方がマルコス様を褒めないっていうのは本当だろうか。
絶対べた褒めだと思ったのに。家では違うのかしら
「僕は貴女が羨ましかったのだと思う。どんなに頑張っても褒められない自分と会ったことも見たこともないのに父に褒められ納得させ期待される貴女を比べていると嫌になってしまった。同姓であれば自分も同じようにみられるのかと。どうしたら父の瞳に移れるのだろうかと考えていました」
褒められたいのに褒めてくれない。違う相手を褒める。おそらくだけどマルコス様の前で私のことを褒めたのだ。それも一度でなく何度も。それがこれまでの経緯ってことか。
「案外マルコス様って子供っぽいのね」
「いきなり扉をあけ放ち声高々に嫌だとか渋々だとか言ってのけるご令嬢には言われたくないですね」
ようやく調子を取り戻してきたマルコスにお互い様だろうと言っておく。
私達はまだ子供だもの。
不必要に大人びる必要もない。焦って大人になる必要もない。
むしろ私からすると成長するたびにカウントダウンが近くなるから素直には喜べはしない。
今をそれなりに生きていたい。幸せだなって思える瞬間を大切にしていきたい。
「閣下はマルコス様の課題や解答を見た際どのような反応を返されるのですか?」
「無言か溜息を吐かれますね」
「無言と溜息…」
本当にそれはただの無言と溜息なのだろうか?あんなにご子息の話を胸を張って誇り自慢していらっしゃった方が?到底考えにくい場面だ。
これってもしかしなくても―
「マルコス様は閣下のその時の表情とかをちゃんと見られていますか?」
「表情ですか?」
「はい。閣下の顔を毎回見ていらっしゃいますか?」
「いえ。僕は見るのが怖くて…どうせ失望されるならもう何も見ない方が傷つかずに済むと‥‥‥」
なるほどね。それが答えだ。
「マルコス様、悪いことは言いません。閣下の表情をちゃんと見てください。絶対にそれはただの無言でも溜息でもない」
「どうしてそこまで断言されるのですか?貴女は何も知らないだろう」
「ええ。侯爵家での貴方と閣下がどのように過ごされているのかも閣下が貴方のことをどう思っているのかも知りません」
話をしていないのだから、見ていないのだから分かるはずもない。だけど、これだけは言える。
「少なくとも貴方よりは閣下を見ていますよ」
マルコスが息をのむのが聞こえる。
反論される前に伝えておかなくてはもうすぐで蔵書室についてしまうし
「閣下とはパーティーの日に私と初めてお会いしました。その際に侯爵家の蔵書室へのお誘いをいただいたのですが、それに返答した後15分近くの間ずっと閣下はマルコス様のご自慢ばかりされていましたよ。嬉しそうに次期宰相も貴方が務めるだろうと、優秀でご自身以上だと、奥方にもご子息にも恵まれたご自身は幸せ者だと、今後も国のために忠義を尽くしたいと」
掴んでいたマルコスの腕を放す。
彼は驚いた表情で私を見つめる。その瞳はやはり閣下によく似た色合いで、二代続けて宰相となればベスタ侯爵家の誇りになることだろう。
「あのような“親”の表情をした閣下を貴方が存じているかは知りませんが、少なくともそんな表情が出来る方が貴方の解答を無意味だと期待していないはずがないと私は思いますよ。万が一、無表情であると仰るのならば一度閣下と真正面から話し合えばよろしいではありませんか」
家族なのに話を聞いてもらえないというのは寂しい。悲しい。
ベスタ侯爵家の家族関係とかは深く知らないけど、話し合いもせずに決めつけてしまうのは悲しいよ。手を伸ばせば、ほんの勇気を持てばなにか変わるかもしれないのだから。なんて、絵本の中のおとぎ話の様に上手くいくとは限らないけれどそれでも―
「家族なのだから」
あとは貴方次第…
マルコス様に背を向けて蔵書室の扉を開ける。
「さぁ、お力貸していただきますわよ。マルコス・ベスタ候子」
気が付けば100話を超えていた…。
え、めっちゃ頑張ってる私凄い!!(自分で自分を褒めるしかない人間です)
しかし100話で2年…先が思いやられますが頑張っていきたいです。
これからもリズビアたちの成長を温かく見守ってくだされば幸いです。これからもよろしくお願いします!!




