猶予は三度まで
結局じゃんけんに負けた私は使用人に聞いたマルコスの部屋へまっすぐ向かう。
さっさと行って、さっさと連れて行ってシルビアに合流しよう。
そうしよう。二人きりとか無理。やだ。帰りたい。
マルコスの部屋に近づくにつれだんだん怒りが再熱する。
どうして私があの方に気を使わなくては?そうよ、勝手に蔑んできたのは、敵意を向けてきたのはあっちだし?私がわざわざ令嬢然として対応する必要ある?ないな。(この間0.1秒)
うん。これはあれにどう思われようといいよ。向こうもどうせ興味ないだろうし。そうなればパパッと終わらせよう。うん。そうしよう。
礼儀云々はあっちが先にかなぐり捨てたものね!(注:マルコス・ベスタは礼儀をかなぐり捨ててはいません。)
なら、こっちが何しようが無礼講よ!!
いろいろ吹っ切れて逆に楽しくなってきた私は勢いよく目的の部屋の扉を両手で開け放つ。
「失礼仕りますわ!!マルコス様。至急どうしても死ぬほど嫌ですが仕方がないのでお力添えいただきたくお迎えに上がりました!!」
吹っ切れた人間は時として怖いもの知らずともいう。それがいいか悪いかはその場によるのだが…。
マルコスは部屋の奥。窓際にいてこちらを驚いて表情で見つめる。
部屋の中はなぜか様々な資料が、紙が、本が床に机にベッドに散乱していた。
なにこれ強盗にでも遭いました?
少し首をひねるが本人に怪我はないし問題なさそうなので放っておく。
さっさと蔵書室に行くぞ!という気持ちを全面的に表せば彼の口からは疑問詞が零れる。
「は?」
「え?今ので聞こえてらっしゃらないの?嘘でしょ。結構勢いつけて言ったはずなのに」
「いいえ、聞こえてはいます」
思わず本音が零れたらしいそれにマルクスは間髪入れずに返答する。
おっといけない。取り繕う気がないとボロボロ本音が出てきてしまう。
「ただ…僕は力を貸さないと言ったはずですが?」
ああ、そんなことも言っていた気がするけど確か正確には
「貸さない?いいえ。力を貸す必要はないとは仰っていましたが貸さないとは明言されていらっしゃいませんでいたでしょう?これでも私記憶力にはある程度自信があるのです。それに先ほども申しましたが、私もマルコス様のお力をお借りせざるを得なくて頼っているのです。可能であれば死ぬほど嫌なのでお力添えいただきたくなかったのですが、本当にどうしようもなくて仕方がなく、シルビアとのじゃんけんに負けたのでここに来たまでです」
相手の言葉を否定しつつ、あくまで超不本意であることを明示しておく。
誰も望んでここに来るはずないだろう。
おそらく彼の心の中では私にここに立ち入ってほしくないなとか思っていることだろう。ははは、それは貴方だけでなく私も思っていますから。ご心配なく~
私の発言にマルコスは絶句状態だ。
どうでもいいからさっさとこっちに来てくれないかしら?一刻も早く戻りたいのだけど。
さっさとしてほしい。
「そ、うですか。しかし申し訳ないのですが今忙しくて」
マルコスは何とか返事をする。忙しいとか知ったこっちゃない。
「シルビアに用事がないかと聞かれたときには問題ないと仰られていましたよね?」
貴方の事情など興味ない。
ああ、でもついでだから多少の不満をぶつけてもかまわないでしょう。
「男が一度おっしゃったことを違えるというのはいかがなものなのかしら?」
前に騎士団で騎士たちが男に二言はないとか言っていたし、揶揄としてはちょうどいいだろう。
「それに、いくら嫌いな相手だからって年下の私でもちゃんと嫌々でも会話をしているというのになんなんですか?マルコス様の態度は」
そもそもだ。年齢こそ彼は私より上ではあるが爵位は私が上なのだ。礼儀を欠いていい相手ではない。ましてやさして親しい間柄でもないのだから尚更欠くべきではないはずなのだ。
とはいえ、私も人のこと言えないんですけどね。
ここにヴィオとレットがいればとてももの言いたげな表情で私を見てくることだろうことは容易に想像できる。
「貴女に、貴女になにが分かるというんだ!!男だから一度言ったことを違えないだって?君は馬鹿なのか?人間そんなこと一々守っていられるわけないだろう!!」
マルコスは私の言葉に怒り感情をむき出しに吠える。
その瞳は業火の炎を宿し、私を射抜く。
だけど、いつも聡明である…こちらを小ばかにしてくるような彼が感情のままに怒鳴り、睨むというのはまるで孤児院の幼い子供が癇癪を起しているように見えた。
小さな少年が吐き出せない感情を吐き出している。そんな風に捉えながら、頭の中では別のことも考える。
“貴女になにが分かるか”ですって?知るはずなし知りたくもないんだけど。
知ってほしいのなら言葉にしなくてはなにも何も―
「知るわけないでしょう」
「!?」
「貴方が私を毛嫌いしていること以外貴方がどんなことを考えているのかなんて私が知るはずないでしょう。馬鹿なんですか?だいたい一度言ったことを違えないというのは誠実さの表れでしょう。そんなこと誰だって知っていますよ」
後ろの廊下が少し騒がしくなってきたのでチラリと後方を確認すれば数人の使用人たちが慌ててこちらに走ってきていた。
彼等がここに着くまでにさっさと終わらせたいのだけど。
「というかそんなことも判断できないほど何を焦られているのかは興味もありませんし、どうでもいいんですよ」
心底マルコス・ベスタに興味がないしどうでもいいのだ。
「一々キレないでください。めんどくさいので」
ああ、本当に面倒くさいわ。
「それよりもさっさと一緒に蔵書室に来てください。これ以上シル一人に本を読ませるのは気が引けるので」
閣下の問いを解いたらいち早く馬車で屋敷に帰ろう。ヴィオにおやつもって来てもらおう。今日は3時のおやつを抜いているのだ。少し夕食前に食べても問題ないはず。
「坊ちゃま!?」「デモーラ何をしている!!」
あ~時間切れ。やっぱり使用人が来る前に方が着かなかった。使用人に間に入られるとより面倒なのよね。だって噂はどこから立つか分からないもの。
他家の使用人なんて信用するに値しない。信用できるほど相手を知らないのだから。
執事の一人が部屋に足を踏み入れ私より前に出ようとするのを手で制する。
困惑した様におろおろする使用人を一瞥して、視線はマルコスから逸らさない。
「ご、ご令嬢。申し訳ありませんがお下がりください」
無言を貫けば手で制した場所から一歩動いたものがいることを告げる床の紙がガサリと音をたてる。
土足で何が記されているか分からない資料を踏むのはいかがなものなのか。眉間に皺がよる。
「止まりなさい。今私が候子と話しています」
「し、しかしこのような状況ですから―」
「黙りなさい」
わざわざ状況を教えているにもかかわらずそれを妨げようとするのは使用人としてはご法度であろう。しかも相手は侯爵家の上。公爵令嬢だ。
その意味をこの者たちは分かっていない。
それは侯爵家にとっては致命的だ。
「もう一度だけ言います。今は私が候子と話している最中です。一介の使用人がそれを妨げるとは何たる無礼ですか。下がりなさい」
これは慈悲だ。
「しかし―」
それに口答えをするというのはただの愚か者だけだ。
もちろん時と場合による。今にも手出ししようとかお互いがどう見ても冷静さを欠いている場合、医療的行為が必要な場合、何らかの連絡をしなければならなない時は例外だ。けれど私は少なくとも冷静だし、例外行為に当てはまる状況ではない。
「私は一度だけ申すと言いました。お前達には耳がないのかしら?不快だから今すぐ下がりなさい。出来ないのであれば…どうなるかは分かるでしょう」
不快だということを公爵令嬢として伝えれば使用人たちは顔を青ざめさせる。
ええ、やめてもらえます?私何も間違ったこと言ってませんし。
公爵家の人間が侯爵家の使用人に手出しできるわけはないのだからそこまで怯えなくてもよくない?そんなに怖いのかしら?
保身に走る人間にとっては恐怖にはなるのかもしれないなと考えつつマルコスにもう一度向き直る。
「さて、マルコス様。さっさと私とともに蔵書室に行きますよ。無駄な手間をかけさせないでくださいな」
これで三度目。三度目の正直だ。これで行かないというのなら手段は選んでいられない。
「僕は…」
言葉はしりすぼみとなり最後の方は掻き消える。
行かないという意味なのだろう。どれだけ意地なんだ?この人。そんなに私に力を貸したくない?いやまあ私も同じぐらい嫌だけどまだ私の方が大人な気がするのよ。
溜息を吐き出しながら意を決する。
「仕方ありませんわ」
本当に仕方がない方だ。こちらが向かうしかないとは何てが手がかかることか。
「少々失礼いたします」
その場で履いていたパンプスの紐を屈んで解き、パンプスを脱いで部屋に広がった神の上に足を乗せる。滑らないように、紙に皺を極力寄せたり、折ってしまったりしないように細心の注意を払いつつマルコスに近づく。
マルコスを捕まえられる距離まで近づいた私は彼をまっすぐ正面から見据える。
ここにきてなお彼は後ろを見て退路を探す。
本当はしたくなかったけど、その女々しさが。その態度が、今までの暴言が私の中の何かに触れる。
ブッち
前を振り向いたマルコスの頬めがけて右手を振る。
それはそれは愉快で甲高い音が室内に響き、清々する。
状況が似見込めていないのかマルコスは困惑した表情で自身の頬に手をあてている。
そういえば、前に領地祭でご令嬢から手厚いビンタをいただいた時は中々痛かったのよね。頬貼れたし。
「いい加減にしてくださいます?シルビアが待っているので。貴方が私に協力したくなかろうが何だろうが閣下から出された課題を解くには致し方なく貴方を頼らざるを得ないのです。私は課題を中途半端に終わらしたくないので使えるものは何でも使います」
聞き分けのない子供に言い聞かせるようにもう一度念押しする。
遠回しに手を煩わせるなという意味を込めて。
マルコスはなんの返事もせずただただ私を見つめるだけで話が進まないと判断した私は彼の腕を掴んで来た道を戻る。
この際マルコス本人が靴を履いてて靴のまま書類踏んでるとかそんなのはどうだっていい。最終的にそれらはマルコスの自業自得でしかないのだから。私が知ったことではないのだ。
入り口まで戻るとパンプスをしっかりと履いて、もう一度ここまで来て逃げられても困るので腕を掴みマルコスの自室を後にする。
少し廊下を進んだ先でそう言えば使用人の口止めをするのを忘れていたなと思いなおし、くるりと後ろを振り返って微笑んで見せる。
「それでは皆様御前失礼いたしました(訳:今見たことは他言無用で)」
視線が合った何人かは顔を引きつらせて頭を下げる。
あら、思ったよりこういうもの分かりはよろしいようで何より。
彼等の反応に満足して長らく待たせてしまったであろうシルビアを思いつつ廊下を進む。
男性の女々しいがよく分からない作者は悩んでます。
ヤンデレとかもちょっとわかってないけどそのうち出せたらとは思ってる。
…カオスじゃん




