猫かぶり
ガーナ公爵家の応接室の一室
いきなり姉・リズビアが放った言葉に私も殿下もお付きの者も唖然としてしまった。
最も早く対応したのは姉付きの侍女だった。
ほぼ連行する形で退出していった姉と侍女をただただ眺めることしかできなかったけれど、あの姉はなんて爆弾を放って行ってくれたのか。
リズビアは高熱を出して以降人が変わった。前まではただの我が儘令嬢だった。
私を嫌っていたからあたりが強く苦手であった。怒りはなかったけれど関わりたくない人種だった。プライドが高く世界が自分中心そんな人だった。
熱以降はあれほど頑なにあった選民思想は鳴りを潜め庭師の息子と一緒に庭いじりをしながら植物について学んでいるらしい。しかも私にも頭を下げ仲良くしたいと言ってきたのだ。
今日だって別々に会っていたお茶会を一緒に行こうと誘ってきた。
私自身もリズビアとはいつかお茶会をしたいと思っていたからいい機会と思っていたのになぜかリズビアは殿下を見てから心ここにあらずといった感じで私と殿下が喋ることとなった。
殿下もいつもおしゃべりなリズビアが静かなことが気にかかって声をかければ、かけられた本人は酷く肩を跳ねさせて愛想笑いをする始末。しかも私と殿下がお似合いだと言い放った。
前まで我こそが王太子婚約者に最もふさわしい的なことを言っていた人間が言う言葉ではない。それだけでなく自分はお邪魔だろうから次からは二人でどうぞ的なことを言うし、無駄に私をアピールしていく。
本当にあの姉は今までの姉と同一人物か疑わしい。
とりあえず、今は―
「申し訳ございません、殿下。わざわざお越しくださいましたのに姉があのようなことを口走り殿下のお心を曇らせてしまい本当に申し訳ございません」
深々と礼をすれば顔を上げるように言われる。
「シルビア嬢、貴方が謝罪する必要はありません。もちろんガーナ公爵家が謝罪する必要もないです。私がリズビア嬢を楽しませられなかったのですから私の落ち度です」
困ったように微笑む殿下に再度頭を下げる。
「本日はリズビア嬢の体調がすぐれなかったこともありますのでこの辺でお暇させていただきますね」
「殿下、姉は先月高熱を出したばかりでまだ体調が万全ではなかっただけですのでどうかお気になさらずに…」
「ありがとう」
そう言って殿下はまたいつもの笑顔に戻る。
殿下を見送り応接室に戻ってティーカップの中の紅茶を一気に飲み干す。
「ゴッテル、言いたいことがあるなら聞くわ」
後ろに控えている従僕に発言を許可すれば盛大な溜息を漏らす。
「先ほどのリズビア様の発言ですが‥」
「大丈夫なにも気にしていないわ」
「…私はシルビア様が王太子妃としてふさわしいと思います」
「そう」
空になったティーカップに新たな紅茶が注がれる。
ゴッテルは前々から王太子妃に相応しいのは私という。
側付きとしては正しい回答なのだろうが、私的には王太子殿下と将来を共にするのは今のところ微妙な状態だ。
リズビアはお似合いなどと言っていたが彼は一度だって私の前で素を曝したことがない。ずっと猫かぶりの笑み。気持ち悪いぐらい完璧な猫かぶりに抱く思いは小説の少女らしい恋心というよりは推理小説などでよくある疑心。
この王太子はなにを考えているか分からない。故にこちらも心は許せない。
貴族社会、社交界ではよくあることだがそのレベルが他を凌駕している。
好意はなくとも貴族社会では政略結婚しなくてはならない。
幼いころからそれを教わってきたためか物心つく頃には私の中で他人に好意や嫌悪を抱くことはめんどくさいこととなりどうでもよくなっていた。
それを悟られないために自身も仮面を被っているからこそ王太子の仮面にも気が付いたわけだが…
あの王太子の仮面が今日初めてほんの一瞬であれど外れた。
アホな姉が発した言葉によって。
いつも張りつけている仮面がはがれ驚愕の表情が現れたのだ。しかも、私や公爵家に非はないといった時の表情。あれにも動揺が隠しきれていなかった。
もしかすると―
「私は私よりお姉さまの方がふさわしいと思うわ」
ティーカップに映る自分から瞳の色が違う自身の片割れに思いをはせる。
馬鹿なリズビア。
きっとあの王太子は今日のことで興味を持ってしまったわ。
逃げ切れるかどうか…いい暇つぶしが出来そうね。
クスリと笑う自身の主をゴッテルが不服そうに見つめることにシルビアは気づかないふりをして優雅にティータイムを終えるのだった。
シルビアが怖いなって思います




