悲しい世界
目を開けると、僕は見たことも無い場所に立っていた。
そこは、見渡す限り真っ白だった。いつからいるのかも、なんでいるのかもわからない。ここに来るまでの記憶が一切無くなっていた。住所も、自分の名前すらも分からない。
どこを見ても同じように白いので、どんな場所にいるのか想像すらつかない。上下左右、どれも痛いくらいに真っ白だ。
何かのドッキリなのかもしれないと思ったが、1時間ほど待ってみても何も起きない。VRをつけている訳でも無い。
さらに1時間ほど待ったが、景色は変わらないままだった。
夢ではないことはわかっていたが、最後の希望に縋るように、強く頬を叩く。
…痛い。やっぱり、これは現実だ。
それでも諦めきれなかったので、さらに2時間、夢が覚めてくれることを待つ。
2時間経った。諦めた。
もうどうしようもないので、とりあえず歩くことにした。
進んでも進んでも、視界に映るのは白一色。目がチカチカしてきた。
感覚としては100kmほど歩いたのだが、実際のところはどのくらい歩いたのだろうか。もう、独り言を呟く気力すらない。だが、不思議なことに喉は渇いていないし、体もぜんぜん疲れていない。ただ、精神疲労がそろそろヤバい。
そろそろ発狂してしまいそうだ。
なんで僕がこんな目に合わなければいけないんだ…
今にも壊れてしまいそうな心に鞭打って、必死に足を動かし続ける。
すると、遠くに、小さな点のようなものが見えた。疲れきった心が見せた幻覚かもしれないが、今の僕にとって、それは唯一の希望だった。その点に向かって、僕は全速力で走った。自分でも信じられないような速さで走っていた。みるみるうちにその点が大きくなっていく。
近くに行くと、それは点ではなく、黒色の扉であることがわかった。
やっとここから抜け出せる…
嬉しさよりも安堵の方が大きかった。
大きく深呼吸をして、扉に手をかける。ゆっくりと、その扉を開ける。
そこで、意識が途切れた。
目が覚めると、今度は真っ黒な場所にいた。ただ、左には白色の点、右には灰色の点が見えていた。さっきまで白い場所にいた記憶も、ちゃんと残っていた。
少し考えた後、僕は灰色の点に向かって歩き始めた。白色の点は、さっきの場所に繋がっているような気がしたからだ。
近くに行くと、やはりそれは点ではなく、灰色の扉だったことがわかった。
勢いよく、僕はその扉を開けた。
また、意識が途切れた。
気がつくと、今度は灰色の場所に立っていた。そこは、今までのように平坦な場所ではなかった。目の前に、途方もなく続く灰色の階段がある。後ろを振り返ってみると、何も無い。空間が広がっているとか、壁があるとか、そういうことではなく、本当に何も無かった。そんな気がした。
何も考えずに、僕はその階段を上り始めた。
一体何段上ったのだろうか。いつからか、階段の色が変わり始めていた。その色は、始めはピンク色だったのだが、段を上るにつれて濃くなっていった。今は、目が覚めるような赤色だ。
それが血のような、くすんだ紅色になった後もその色は濃くなり続けた。その色がほとんど黒色になった時、何段か上で階段が途切れているのが見えた。
もう、頭が回らなくなっていた。僕は、階段の途切れ目に向かって、とにかく走った。
階段のてっぺんに着いた。階段の色は、完全に真っ黒になっていた。
目の前には、途方もなく広い、何も無い空間が広がっていた。断崖絶壁だった。ただ一つ、目の前には、先が輪になったロープが垂れ下がっていた。
生きたいとか、死にたいとか、辛いとか、苦しいとか、そんなことを考える気力は、もう残っていなかった。
ただ、目の前にロープがある。
僕はそのロープに首を入れ、最後の一歩を踏み出した。