マッチ売りの少女とクリスマスの夜の魔法~The Little Match Girl in Xmas~
アンデルセンは、1枚の木版画から着想を得てこの作品を書いた。1845年11月、彼のもとに編集者から手紙と3枚の絵が届く。この中の1枚を材料に童話を書くようにという依頼なのだが、彼が選んだのはマッチを持つ少女の後姿を描いた木版画だった。母の貧困な生育環境について、アンデルセンはよく聞かされていたが、貧困のうちに亡くなった母を思い出してこの作品が生まれたとされている。母をモデルにしたとも、貧しい者を見捨てる当時のデンマーク社会への批判ともいわれている。
尚、彼の母が少女時代にマッチを売っていた、という説があるが、母アネ・マリー・アナスダター(Anne Marie Andersdatter)は1775年生まれ(諸説あり)、1833年死去である。一方、マッチが発明されたのは1827年、母が52歳のときであるため、この説は誤りである。
1848年、『新童話集Ⅱ-2』に収録されたのが初出。
アメリカの絵本では、主人公の少女は死ぬ直前に心優しい金持ちに助けられるという結末に改変されている場合がある。
ある年の12月25日。この日は、ひどく寒い日だった。 雪も降っており、すっかり暗くなったクリスマスの夜だった。 この寒さと暗闇の中、一人のあわれな少女が道を歩いていた。 頭に何もかぶらず、足に何もはいていない。 家を出るときには靴をはいていた。 ええ、確かにはいていた。 でも、靴は何の役にも立たなかった。 それはとても大きな靴で、 これまで少女のお母さんがはいていたものだった。 たいそう大きい靴でした。 かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき、少女はその靴をなくしてしまった。 二台の馬車が猛スピードで走ってきたからだ。
片方の靴はどこにも見つからなかった。 もう片方は浮浪児が見つけ、走ってそれを持っていってしまった。 その浮浪児は、いつか自分に子どもができたらゆりかごにできると思った。 それで少女は小さな裸の足で歩いていった。 両足は冷たさのためとても赤く、また青くなっていた。 少女は古いエプロンの中にたくさんのマッチを入れ、 手に一束持っていた。 日がな一日、誰も少女から何も買わなかった。 わずか一ポンドだって少女にあげる者はいなかった。
寒さと空腹で震えながら、 少女は歩き回った。まさに悲惨を絵に描いたようだ。なんてかわいそうな子がここにいるとは!
ひらひらと舞い降りる雪が少女の長くて金色の髪を覆った。 その髪は首のまわりに美しくカールして下がっている。 でも、もちろん、少女はそんなことなんか考えていない。 どの窓からも蝋燭の輝きが広がり、 七面鳥を焼いているおいしそうな香りがした。 ご存知のように、今日はクリスマス。つまり、キリストの誕生日だ。 そう、少女はそのことを考えていた。
二つの家が商人たちの街の一角を成していた。 そのうち片方が前にせり出している。 少女はそこに座って小さくなった。 引き寄せた少女の小さな足は体にぴったりくっついたが、 少女はどんどん寒くなってきた。 けれど、家に帰るなんて冒険はできない。 マッチはまったく売れていないし、 たったの一ポンドも持って帰れないからだ。 このまま帰ったら、きっと田舎の町にいる父親にぶたれてしまう。 それに家の中だって寒い。 大きなひび割れだけは、わらとぼろ切れで塞いでいるが、 上にあるものは風が音をたてて吹き込む天井だけなのだから。
少女の小さな両手は冷たさのためにもうかじかんでいた。 ああ! たばの中からマッチを取り出して、 壁にこすり付けて、指をあたためれば、 それがたった一本のマッチでも、少女は ほっとできるでしょう。 少女は一本取り出した。
≪シュッ!≫
何という輝きだろうか。 何とよく燃えることだろう。言葉では表せない。 温かく、輝く緋色の炎で、 上に手をかざしてみるとまるで蝋燭のようだった。 すばらしい光。 小さな少女には、 まるで大きな鉄のストーブの前に実際に座っているようだった。 そのストーブにはぴかぴかした真鍮の足があり、てっぺんには真鍮の飾りがついていた。 その炎は、まわりに祝福を与えるように燃えた。 いっぱいの喜びで満たすように、炎はまわりを温める。 少女は足ものばして、温まろうとする。 しかし、小さな炎は消え、ストーブも消え失せた。 残ったのは、手の中の燃え尽きたマッチだけだった。
少女はもう一本壁にこすった。 マッチは明るく燃え、その明かりが壁にあたったところはヴェールのように透け、 部屋の中が見えた。 テーブルの上には雪のように白いテーブルクロスが広げられ、 その上には豪華な磁器が揃えてあり、 焼かれた七面鳥はおいしそうな湯気を上げ、 その中にはニンジンや玉ねぎとセロリといった香味野菜が詰められていた。 さらに驚いたことには、 七面鳥は皿の上からぴょんと飛び降りて、 胸にナイフとフォークを刺したまま床の上をよろよろと歩いて、 哀れな少女のところまでやってきたのだ。 ちょうどそのときだった。マッチが消え、厚く、冷たく、じめじめした壁だけが残った。 少女はもう一本マッチをともした。 すると、少女は最高に大きなクリスマスツリーのモミの木の下に座っていた。 そのツリーは、 金持ち商人の家のガラス戸を通して見たことのあるものよりもずっと大きく、 もっとたくさん飾り付けがしてあった。
何千もの光が緑の枝の上で燃え、 店のショーウインドウの中で見たことがあるような楽しい色合いの絵が少女を見下ろしている。 少女は両手をそちらへのばして――そのとき、マッチが消えた。 クリスマスツリーの光は高く上っていき、 もう天国の星の子たちのように見えた。 そのうちの一つが流れ落ち、長い炎の尾となった。
「いま、誰かが亡くなったんだわ!」
と少女は言った。 というのは、おばあさん、少女を愛したことのあるたった一人の人、いまはもう亡きおばあさんがこんなことを言ったからだ。
「星が一つ、流れ落ちるとき、魂が一つ、神さまのところへと引き上げられるのよ」
と。
マッチをもう一本、壁でこすった。 すると再び明るくなり、その光輝の中におばあさんが立っていた。 とても明るく光を放ち、とても柔和で、愛にあふれた表情をしていた。
「おばあちゃん!」
と小さな子は大きな声をあげた。
「お願い、わたしを連れてって! マッチが燃えつきたら、おばあちゃんも行ってしまう。 あったかいストーブみたいに、 おいしそうな七面鳥みたいに、 それから、あの大きなクリスマスツリーみたいに、 おばあちゃんも消えてしまう!」
少女は急いで、一束のマッチをありったけ壁にこすりつけた。 おばあさんに、しっかりそばにいてほしかったからだ。 マッチの束はとてもまばゆい光を放ち、昼の光よりも明るいほどだ。このときほどおばあさんが美しく、大きく見えたことはない。 おばあさんは、少女をその腕の中に抱いた。 二人は、輝く光と喜びに包まれて、高く、とても高く飛び、 やがて、もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ――神さまの御許にいたのだ。
けれど、あの街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうな少女が座っていた。 薔薇のように頬を赤くし、口もとには微笑みを浮かべ、 壁にもたれて――クリスマスの最後の夜に凍え死んでいた。 その子は売り物のマッチをたくさん持ち、体を硬直させてそこに座っていた。 マッチのうちの一束は燃えつきていた。
「あったかくしようと思ったんだなあ」
と人々は言った。 少女がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いなかった。 少女が、クリスマスの喜びに満ち、おばあさんといっしょに素晴らしいところへ入っていったと想像する人は、 誰一人いなかったのだった。