4.屍少女と初めてのハロウィン
4.屍少女と初めてのハロウィン
「それより、せっかくのハロウィンなんだ。それなりの恰好をしなくてはな」
そう言って、男――カボチャ大王――は、エミリアに向かって片手をひらりと降った。
エミリアの服装は、薄くて襤褸い麻の寝間着だったのが、キラキラひらひらとした、黒い魔女の仮装姿になっていた。
黒いとんがり帽子から溢れる髪は、手入れのされていないボサボサのくすんだ金色の髪から、サラサラに梳かされた柔らかな手触りの髪になっていた。
「えーと……」
はい、とカボチャ大王にバスケットを手渡されたエミリアは、戸惑いながら男を見上げる。
「ハッピーハロウィン」
それだけを言い残して、カボチャ頭の男は闇夜に紛れてしまった。
バスケットを抱えながらしばし考えたエミリアは、どこからか聞こえた村の子供たちのハロウィンパレードの声に引き寄せられるように歩き出した。
それぞれが魔物や化け物の仮装をして、楽しそうに村を練り歩く子供たちの行列の最後尾に、エミリアはそっと紛れ込んだ。
魔物や悪魔を払う為の仮装と、その年の収穫を祝う為のパレード。
……そこに本物の化け物が紛れているなどと、誰が思うだろうか。
エミリアは、帽子のつばで顔が隠れるようにして、子供たちの特別な夜に混じって故郷の村を練り歩いた。
「トリックオアトリート!」
「トリートオアトリート!」
辿り着く家々の玄関口でそう唱えながら、バスケットにキャンディなどのお菓子を入れてもらう子供たち。エミリアもそれに倣ってバスケットを差し出すと、今までに見たことのないくらいのお菓子を入れてもらえた。
子供たちに付いて行くと、村中の家々や畑の畦道を歩いて行く。家から出る事がほとんど無かったエミリアにとっては、それすらも楽しく感じた。
やがて、子供たちの行列は、村の外れにあるエミリアの家に向かう。
エミリアが亡くなった――母親はもしかしたらそれすら認めていないのかもしれないが――にもかかわらず、家にはハロウィンの飾り付けが施されていた。
にわかに、子供たちの雰囲気が変わった。
先程までの楽しげな雰囲気の中に、戸惑いと躊躇いの入り混じった気配が漂い始める。
それでも、パレードの先頭にいた年長の子供が、エミリアの家の呼び鈴を鳴らした。
毎年の事なのだろう、笑顔で村の子供たちに、一日かけて作った焼き菓子やキャンディなどを振る舞う母親は、エミリアの知っている母親とは、まるで別人のように映った。
「ハッピーハロウィン」
そう言って、エミリアのバスケットにたくさんのお菓子を入れる母親は、まるで知らない女性の様だった。
エミリアの家が最後だったようで、浮足立っていた子供たちの雰囲気はまるで変容する。
エミリアの家から少し歩いたところにある森に少しだけ入ると、夜の闇に紛れながら子供たちが先程もらったエミりアの母親に貰ったお菓子だけを、バスケットから放り出し森に捨てていた。
「キメェんだよ、あのババア」
「自分の娘屋根裏に閉じ込めて自分だけ楽しんでるとか、マジあの家には生まれなくて良かったわー」
子供の言葉は、純粋だからこそ、残酷だ。
「そういえば、エミリア死んだって聞いたけど」
自分の話題になり、ギクリと身体を強張らせるが、森の宵闇がそれを隠してくれたようだ。
「えー、でも医者のゴドリック爺さんは、行方不明って言ってたって、母ちゃんから聞いたぜー?」
「まじかよー。コワっ」
「てか、ゴドリック爺さんそろそろ引退じゃね? エミリアのおばさんにヘコヘコ腰振っててマジキモいし」
「それなー!」
粗方、自分や小さな子供たちのバスケットから不要な菓子(ほとんどがエミリアの母親の菓子だったが)を捨て終わった子供たちは、残りの菓子だけをバスケットに入れ、村へと帰って行った。
自分の母親が、生活を切り詰めてまで作った焼き菓子が大量に捨てられている森の入り口を眺めながら、エミリアは自分のバスケットから母親に――初めて――貰った焼き菓子を出し、口に運んでみた。
「…………マッズ」
母親の菓子は、毎日運ばれてきていた薄い粥よりも、不味かった。――むしろ、粥の方が、味も薄い分マシかもしれなかった。