3.カボチャ大王と少女
3.カボチャ大王と少女
エミリアのいる屋根裏部屋が、美味しそうな焼き菓子やカボチャのパイの匂いに包まれていく。――それらがエミリアの口に入ることは無いが。
やがて日も天の真ん中を過ぎるかという頃になってから、エミリアの母親が昼餉を持って屋根裏部屋へ来た。
「そんなに気を落とさないで、エミリア。ハロウィンは、また来年もやってくるわ」
毎年同じ台詞を言う母親が少女に作る食事は、毎食全て(何をどうしたらそんなになるのか分からないくらいに)薄い粥だ。
ハロウィンの為に作る、匂いからして美味しそうな焼き菓子やパイは、全て夜に来るパレードの為のモノなので、エミリアに渡ることは一度として無かった。
母親の言葉に特に反応せずに、くるくると(色々な意味で)薄い粥を混ぜていたエミリアだったが、その小さな手は突然止まった。
膝に置いていた粥の皿を跳ね上げるほどに咳き込んだエミリアは、これがいつもの発作ではなく、自分がこの世を去る為のモノだという事を、無意識に感じ取っていた。
「エミリア、エミリア!」
苦しげに咳き込む娘の名を呼びながらその小さな背をさすっていた母親は、やがて医者を呼びにバタバタと家を出て行った。
自分の吐いた血で赤色に濡れながら、少女はぼやけていく視界に男の姿を認めた。
呼吸すら儘ならなくなっていく少女は、男の声を聞いていた。頭が思考すらも停止したのか、男の言葉の意味までは理解していなかった。――ただ直感か本能か、声には出さずとも男に対し是という答えだけが届いていた。
*****
出て行った時と同じ様に、バタバタと音をたてながら、エミリアの母親が村の医者を連れて来た。
年老いて腹の出ている、白髪の頂点だけが光り輝いている髪型の医者は、重たい仕事用の鞄をフウフウ言いながら屋根裏へと上がってきた。
老医者は、案内された場所が屋根裏という事に驚いたようだったが、すぐに窓際に置かれたベッドに気が付いた。
「お医者さま、娘を……」
老医者に縋り付こうとした母親は、ベッドを見て固まった。
娘――エミリアの姿は、大量の血液とひっくり返した粥の皿を残して、消えていた。
「エミリア……?」
消えそうなくらいに小さな声で呟く母親を尻目に、老医者はエミリアのベッドを調べる。
「この出血量では歩けるような状態では無いはずなのに……」
ぶつぶつと何かしら呟きながら、老医者はエミリアのベッドの様子を観察し、書き留めていた。
そんな老医者に掴みかかるかの様な剣幕で、何事かを言っている母親を、エミリアは狭い屋根裏部屋の片隅で男と共に眺めていた。
「何を喚いているのかしら、あの人」
冷たい視線を、その母親に向けながら呟くのは痩せた膝の少女。
「どうでもいいさ、そんな事は。それより、お前の覚悟は決まったのだな?」
少女の肩に手を置きながら答えるのは人外の男。
「そうね。私に散々、楽しみを見せつけてきた人間たちに、復讐してやるのだわ」
既に生気の消えている頬をして、少女は言い放つ。
「そういえば、アナタのことは何て呼べは良いのかしら」
小柄な少女よりも随分と背の高い男を見上げて、くすんだ金色の髪――最も手入れなど全くされていないのだが――の少女が問う。
「そうだな……では、俺は今日からハロウィンの永遠の王、カボチャ大王とでも名乗ろう」
そう言うと、男は手のひらでサッと顔を払うような仕草を見せた。
そうすると、朧げな印象だった男の顔――正確には頭部全体――は、カボチャになった。目や口などはくり抜いた様に形取られている。ジャック・オー・ランタンのようだが、ランタンの様な灯りはその顔には燈されてはいない。
「さぁ、エミリア。俺と一緒に、永遠に、ハロウィンに復讐し続けよう」




