1.少女とハロウィン
1.少女とハロウィン
「こんにちは、おばさん! エミリアはいる?」
「こんにちは。エミリアは今日もベッドなの……」
それは、10月の最後の日。
少女にとっては、最も残酷な会話。
「じゃあ、エミリアは今年も……」
「そうねぇ。いつも誘ってくれて、ありがとうねぇ」
少女の母親と、その近所の子どもたちによる、少女に突きつけられる風景。
「わかったよ、おばさん! エミリアによろしくね!」
そう言って、笑いながら駆けて行く子どもたち。
「エミリアは今年もビョーキだってさ!」
「やっぱりね! ウチの母さんも、エミリアがハロウィンに出れるわけ無いって言ってたし!」
「毎年誘うのも、疲れて来たよねぇ」
「まぁ、そう言わずに! 夜になったらイチバンお菓子くれるのは、エミリアのおばさんなんだから!」
幼気からの無邪気なのか、自覚しての言葉なのか。
窓の外から聴こえる、子どもたちの会話。
どちらにしても、少女に突き刺さる事に、代わりは無い。
「そんなに気を落とさないで、エミリア。ハロウィンは、また来年もやってくるわ」
昼餉を持って少女の寝床の横に置いた椅子に座る母親。
正直に言うと裕福ではない彼女らの家計に、少女・エミリアの病は大きな影を落としていた。
父は村の農作業だけでは娘の薬代に足りないと、鉱山に出稼ぎに出ている。定期的に金銭が送られてくるが、少女の記憶の中の父親の姿はおぼろげ。
母もやはり、村の農作業だけでなく、村と村とを行き来する商人に売ってもらう為の、手細工の内職をしている。さらに、村にやってくる宣教師を名乗る者らにもお布施を渡し、信心深さでは村一番だ。――この宣教師を名乗る者達に、お布施という名の春を売る為に、エミリアの寝床は小さな家の中でも屋根裏の部屋に移された。
母親は、娘が参加出来ないハロウィンの魔除けのパレードにも、たくさんの菓子を用意する。
それが、娘への救済だと信じて。
それが、娘の憂鬱に繋がるとは知らずに。
村中にハロウィンの飾りが施されている。
カボチャをくり抜いたランタン。本当は、昔は、カボチャではなく、別のモノが使われていたことを、少女は知っていた。
村の名産は、この時期に大量に使われるカボチャ。そして、村の収入の大半もこのカボチャ達によって賄われている。
だからこそ、少女はハロウィンに参加したかった。
自分達を賄うカボチャ達の、飾りたてられた姿。
魔物に扮して、行列を作り、村の家々を回るパレード。
そして、魔除けとして、子どもたちに配られるお菓子。
病弱で、他の子どもたちとは同じ遊びが出来ない少女は、だからこそ、ハロウィンに惹かれたのかもしれない。
少女はその年齢とはかけ離れた、ハロウィンの知識や、ハロウィンに対する知的欲求を持っていた。
少女エミリアは、それでも希望を持ち続けていた。
いつか自分もハロウィンのパレードに参加すること。「悪戯か奢り」の呪文とともに、焼き菓子やキャンディを貰うこと。
別にそんなにたくさんはいらない。彼女は年相応よりも少食だから。
そんな無垢な少女エミリアの屋根裏からの囁かな祈りすら、神は戯れにされど無慈悲にも手折ったのは、ハロウィンのひと月前だった。
それはエミリアにとっては、この世界の全てが無になる宣告。
エミリアが、余命ひと月も保つかどうかという、医師の宣告だった。