四話
日付跨いでしまったー
しばらく無言で歩いていた2人だが、恐る恐る朝日が切り出す。
「その、奈々さんって呼んで良いかな?いちお、付き合うわけだし。」
「かわまないわ。でも、さんはいらない。」
「わかった。」
ここから、朝日の中では奈々の方からじゃあ私も名前で呼ばせてねと話が続いていくことを願ったが、どうやら的外れだった。
奈々はどこか上の空で、何かについてずっと考えていた。
それは恐らく朝日と奈々の関係についてであり、世界が変わる前にこの関係について至った理由についてだと朝日は予想した。
勇気を出して朝日から話しかけて見たが、2人は再び無言に戻る。
奈々は何かを考えているようで、ずっと思いつめた顔をしている。
今まで多くの女性と付き合ってきた朝日だが、女性と並んで歩いて、ここまで気まずいと感じたのは初めてであった。
もう間も無く学校といううところで、次に沈黙を破ったのは奈々の方だった。
「もうわかってるかもしれないけど、あなたに告白したのには訳があるの…」
おおよそ清々しい朝に話す内容ではないことを伝えるように重々しい口調で奈々は話し始めた。
「いいよ、言わなくても、こんな世界になっちゃったし長い付き合いになると思うから。奈々が話しやすいタイミングで話してよ。」
朝日は奈々が、何か思いつめてるのを知って、奈々のことを思って遮った。
「違うの!違うのよ!!」
何が違うのか朝日には分からなかったが、学校も近くということもあり、登校中の生徒や通勤途中のサラリーマンたちも増えて来ている道の真ん中で、突然奈々が大きな声をあげたので、注目が集まってしまった。
それを嫌った朝日は奈々の手を取って駆け出した。
...
「ごめんなさい」
人気のないところまで走ると、立ち止まるなり、奈々が切り出した。
「全て...話すわ」
何かを察した朝日は、無言で朝日は頷いた。
それから、奈々の口から語られた事実はこういったことであった。
まず、七海奈々の家は中々に良い御家柄で、小さい頃から両親が決めた許嫁がいた。
高校二年生になったタイミングで奈々に両親は切り出したが、奈々は猛反対。
半年以内に奈々の両親が納得するような恋人を奈々が連れてくることができたら、許嫁の件は保留するということ。
そこで、奈々は困った。別段今まで好きな人ができたことはなかったし、自分に告白してくる男子たちの恋心を利用するわけにはいかなかったし、両親のお眼鏡に叶う人物はいなかった。
そこで、奈々は朝日の噂を耳にした。とても優しくて、成績優秀、運動神経抜群、おまけに誰にでも優しい男の子がいて、誰の告白にでも断れずに答えてしまう。
その男の子は付き合ったら、相手を本気で好きになろうと努力してくれるが、女の子の方が我慢できずに破局。
結局そんなことを繰り返して、元カノの数だけやたら多いことになってしまっていると。
それだけ色々な女の子と付き合えば悪い噂の1つでも立ちそうなものだが、むしろ耳に入ってくるのは良い噂ばかり。
奈々はこんな自分に最適の人材はいないと確信してしまった。
男の子には悪いけど、訳を話せば絶対に断らないという打算があった。
そして、奈々は朝日に告白をし、朝日に事情を話すつもりだったが、どうにもややこしいことになってしまった。
という訳であった。
この話を朝日はずっと黙って聞いていた。
「んー要は俺が奈々の両親の前で恋人であることを証明すればいいってこと?」
「っ!?」
「そうだけれど...あなたはそれでいいの?あなた、もう恋ができなくなるのかもしれないのよ!?」
朝日があまりにもあっけらかんというので、奈々は驚く。
当たり前である、曖昧な関係である2人。奈々の両親の前で恋人のフリをするまではいいが、現在2人はお互いを恋人として認識してしまっている。
恐らく、その後、奈々も朝日も二度と他の人と付き合うことができなくなってしまう。
自分の浅はかな行動ひとつで人の可能性がひとつ閉じてしまうからだ。
「できなくなった訳じゃないよ。始まりはこんなだったけど。」
「きっと君を好きになってみせる。」
あまりに堂々と言い放った朝日に奈々は思わず顔が赤くなる。
それとともに脈が早くなっていくのを感じた。
それは。
小さな。小さな。始まりの鼓動。