表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のイフリート  作者: 矢宮暁
日本編
7/13

七話「凛愛」

「あれだよなー」


 ベッドの上で一人、服も着ないままに凛愛は寝転んでいた。


「流石にそろそろ学校行かなきゃだよなー」


 チラリとクローゼットの方を見る。取っ手に積もったホコリが長らく開かれていないことを示唆していた。


「そういや、バエルってのが今行ってるんだっけかぁ……」


 凛愛はニヤリと微笑んだ。


「面白そうだな」


 ホコリだらけのクローゼットを開くと、むわっとした湿気と共に微妙に臭い匂いが立ち込めた。


「もしもし? くろろん? 学校行くから制服用意して。マッハな」


 黒野に連絡を入れると、凛愛は再びベッドに倒れ込む。


「ラブコメの波動を感じるね、うん」





「ごめん委員長待たせた!」


「遅い」


 既に楓は昼食を終えたようで、次の授業の用意を始めていた。


 零児の席の上にはビニール袋が置かれ、横にはバナナオレが置かれていた。


「これは?」


「奢り。ささやかな転入祝いってとこ」


「そっかありがとな」


 ストローを刺して吸うと、甘ったるい練乳のような味わいとバナナの香りが混ざった独特で懐かしい味覚が訪れた。


 そしてカレーパンに手をつける。


「っ!?」


 名前の通り、それは途方もなく辛く、舌の感覚を一瞬で麻痺させた。しかしそのあと、スパイスが鼻筋を通り抜け、


「すげぇインド……」


 そんな訳の分からない感想をもたらした。


「それ意外と人気なんだよね。いっつも売り切れてるし」


「そうなのか、それじゃあこのアボカドキウイサンドも?」


「いや、それはいつも売れ残ってるね。食べたこともない」


「……さいですか」


 恐る恐る零児はアボカドキウイサンドを口に運ぶ。


「お、これは……?」


「美味しいの?」


「ちょっと食ってみ」


 サンドイッチを半分に分け、楓へ渡す。


 そして楓も恐る恐るそれを口に運んだ。


「……微妙に不味い」


「そう……微妙に不味いんだよ」


 キウイとパンだけなら、あるいは行けたかもしれない可能性の前にアボカドが立ちはだかっているような感覚だった。


「話題にはならないような、絶妙な不味さだな……」


「これは……コメントしずらい不味さだね」


 少なくとも、二度と買わないことだけは胸に誓った零児だった。





 昼休みの廊下を、少年が歩いていた。


 本を大切そうに抱えながら、挙動不審に。


 すれ違う生徒たちが、 そのあまりの可愛らしさに目を惹かれ、小さく黄色い声を上げる。


「ねぇ、君どこから来たの?」


 女生徒が姿勢を低くして、目線を合わせながら聞く。すると、少年は心底不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「……人間風情が」


「え?」


「……ご、ごめんなさい。なんでもないです……」


 少年は小さく頭を下げると、そそくさと逃げていった。


「変な子……」


 残された女生徒は唖然とその場に立ち尽くしていた。





「あーい! あらいーぶど! あっと! すくーる!」


 そう雄叫びを上げながら、凛愛はベンツを飛び降りた。


「くろろん! バエルの教室はどこぞ!?」


 勢いよく振り向きながら凛愛が聞くと、黒野は消え入るような声で


「……2-Aです」


 とだけ呟いた。


「ご苦労!」


 カバンを振り回しながら、凛愛は校門を潜っていく。


 スキップどころか、鼻歌まで歌っている。


 そんな微笑ましい光景を前にして


「……」


 黒野は忌々しそうに唇を噛んでいた。


 瞳は血走り、爪は何度も何度も噛まれているのかボロボロだった。


 なるべく無表情であろうと取り繕っているが、悪感情が嫌という程に滲み出していた。


 そんな黒野に気づくこともなく、凛愛は楽しげに昇降口を通り、階段を駆け上がりやがて2-Aの戸を開いた。


「たーのもー!」


 授業中だった講師、及び生徒の全員が驚いたように凛愛の方を見る。


「うぇあいず! とーどーれーじ!?」


 全員が一斉に教室の奥、窓際の生徒の方を見た。


 黒い髪をボサボサに伸ばしており、だらしないようにも見えるが、姿勢は良く目鼻立ちははっきりとしている。


「え、俺?」


「いえす! ゆー! かもんぼーい!」


「いや、授業中なんだけど……」


「知らねぇよ! さっさとかもん!」


 つかつかと、零児の方へ向かい腕を掴み、無理やり引きずり出す。


「いやいやいや! ちょっ、離せ!」


「なるほど、東堂零児は女に対して手を上げるタイプと」


「違うからな!?」


「なら来い」


 零児を強引に言いくるめて後ろ側の戸から出ていく。


 喧騒に取り残された教室には沈黙だけが残っていた。





(転入初日にサボりとか色々とダメだろ……長居はしないからいいような気もするけど)


 見知らぬ少女に連れられて、零児は屋上に来ていた。


 ブレザーのサイズがやや大きいらしく、袖が余ってしまっている。身長は低く、小学生か中学生にも見える程だ。


 夏の訪れを告げるような爽やかな風が頬を撫でる。


「で、君は誰で俺になんの用なんだ? 今日転入してきたばかりだから、学校のこととか知らないぞ?」


「大事なニュースと、もっと大事なニュースがあるけど、どっちがいい?」


 悪戯な笑みを浮かべながら少女は聞く。


「え、じゃあ大事なニュースからで」


「これから、一週間後の任務の内容及び君の役割を説明する。あたしはイフリートとかじゃなく、『預言者』麻葉山凛愛。よろしくぅ!」


「俺は東堂、って知ってるのか。それで作戦内容は?」


 凛愛は大袈裟に咳を一つ。


「一週間後、先のS市の事件に関係していると思われる人型魔獣がここに出現する。といってもあたしの預言はそこまで明瞭には見えないからなんとも言えない。実際、少し前までは今日という預言だったのが、一週間後になったしな」


「内容はわかった。でもそれなら、学校に通う必要は無かったんじゃ?」


「潜入している可能性も捨てきれんからな。念の為だ。それに学校行きたかったんだろ?」


「そう、だけど……」


 にいっと凛愛は笑う。


「なら問題ないな!」


「でも、それならなんで……」


 零児は俯きながらボソリと


「なんで、人質なんて取ったんだ?」


「はぁ? そんなん取ってないよ?」


「え?」


「は?」


 凛愛はまさかそんなはずは無いとばかりにウンウン頭を唸らせ、そして


「……くろろ、違う。黒野か」


 その答えを出した。


「黒野?」


「君とコンタクトを取っていた黒服だよ。まさかそんなことまで言っていたとはねぇ……」


 ちゃらけた気配を完全に消して、凛愛は暗い目をしていた。


「安心して。人質なんて取ってないよ」


「じゃあ大量殺人の容疑は?」


「それもかかってない。だって松葉くんや、宮野くん。君の友達や妹くんが君の無実を証明したからね」


「良かった……」


 零児は胸を撫で下ろす。完全に重荷が消えた訳では無いが、それでも幾分かは軽くなっていた。


「どうにも私達はは君にかなりの非礼をしたみたいだね。謝らせてくれ。すまない」


 凛愛は深々と頭を垂れる。


「いや、麻葉山が悪いわけじゃないんだから頭を上げてくれ」


「麻葉山じゃ長い。凛愛って呼んでくれよ」


「分かった凛愛。これからもよろしくな」


「おう! もっちろんだぜぇー!」


 凛愛は拳を突き出す。


 零児は何も言わずに、拳を合わせた。


「じゃあ俺、授業に戻るから」


「待ちたまえよ。もっと大事なニュースを聞いていないではないか!」


 時代劇か、歌舞伎のように見栄を切りながら、凛愛は零児を制止する。


「なんだよ、そのもっと大事なニュースって?」


「ラブコメをしよう!」


 空気が凍った。


「そう……頑張ってな。じゃあ俺は授業に……」


「正確にはそういう体で、あたしの護衛をしてくれないか?」


「ああ、護衛。それならまあ、力になれるかは分からないけど」


「そうか! じゃあ行くぞ! ダーリン!」


 やけに凛愛はテンションが高い。


 なにかキメているかのようにさえ映る。


「ダーリンはやめてくれない?」


「うるせぇ! 行くぞ! ダーリン!」


 零児は何を言っても無駄なことを事ここに至り察した。


 凛愛の狂ったようなハイテンションに気疲れしながら、零児は屋上をあとにした。





「この人、使いやすそうだな。起点に使おうっと……」


 学校の外、校門の近くで少年はそれを行った。


 露骨だった黒野の異常は消え、今は平穏なとてもリラックスしたかのような表情をしていた。


「そうだよおじさん……僕の言う通りにすれば『楽』だよ……」


「楽……」


 血走っていた目は、胡乱なものに変わっていた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ