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終末のイフリート  作者: 矢宮暁
日本編
6/13

六話「学校」

 私立松房学園。


 ここは唯一、国立ではない私立のイフリート養成学校だ。


 規模は国立のものを大幅に上回り、東京ドーム七つ分とも言われている。また講師陣も優秀な人材を揃えており、毎年入学希望者があとを絶たない。


「えっと、F県のT市から来ました東堂零児です。よろしくお願いします」


 例の黒服から用意されていた人物設定を口に出す。どうやら、S市出身とバレてはまずいらしかった。


 そんな零児の嘘で固められた転入挨拶に、教室内は拍手や指笛に包まれ、零児はどことなく罪悪感を覚える。


(どうしてこうなったんだ?)


 話は早朝へと遡る。




「仕事だ、今日からしばらく学校に通ってもらう」


 男は相も変わらず機械的で、平坦な声で命令する。


「が、学校?」


「異論は認めない。制服は部下に届けさせる。送迎も送った」


「俺は学校で何を?」


 零児は当然の疑問をぶつけるが、「聞く必要があるのか?」という一言でそれを却下し、すぐに連絡は切られた。




 朝礼が終わり、教師が出ていくとあっという間に零児は取り囲まれた。


 教室の奥、窓際の席に人だかりが生まれた。


「なんで転入してきたの? 親の転勤とか?」


「得意な魔術は? 」


「彼女とかいる?」


 ひっきりなしに迫る質問に苦笑していると、何やら腕章を付けた女生徒が割り込んできた。


「はいはい、ストップストップ。一時間目は魔術応用なんだからとっとと演習場に行った行った」


 手のひらでしっしとやりながら、女生徒がそう言うと、囲んでいた生徒達は蜘蛛の子を散らすように駆け出していった。


「ボス?」


 零児が唖然としながら聞くと、女生徒は青筋と共に苦笑いを浮かべた。


「私は栃蔵(とちくら)(かえで)、委員長をやってる。間違ってもボスとかそういうのじゃないからね?」


 そう言いながら楓は手を差し出した。


 零児は微笑と共にそれを握り返す。


「よろしくな。委員長」


「じゃあ演習場まで案内するから付いてきて」


「あぁ」


 楓に連れられて零児も教室を出る。


 これが任務であるということも忘れて。







 イフリートとは、一つの兵科として扱われている。そのため、所属は自衛隊であり、管理しているのは国防省である。


 そんな国防省の一室、最奥に存在する絢爛豪華な異色の一室でその少女は座していた。


 小柄でありながら成人用の着物を、帯も絞めないままにただ羽織っている。下には何も着ておらず、服の隙間からは西洋彫刻のようにきめ細やかな肌が露出していた。


「んー? 来るのは今日じゃないのか。来週? 来週かぁ。追加とかはないのか。まじ効率悪くね? あーチームワーク無いのね。あいしーあいしー。したら、黒野に言っとくわ。あーめんどくせー」


 唐突に一人で話し始めると、少女はおもむろにスマートフォンを手に取って、アドレス帳を開く。


 タップしたのは『黒野』だった。


「あーもしもし、くろろん? なんかねー来週に延期っぽい。そうそう、あ、目標が増えてたりは無い感じ。うんうん、人数も変わんないみたいだし、配備はこのままね。うん、おぅけぃ。あとお腹すいたからカツ丼プリーズ。そんじゃねー」


 電話をきってスマートフォンを近くのベッドに放り投げる。


「だーマジ疲れたぁ」


 少女がそのままベッドに倒れ込むと、ぼうっと何かがそれを受け止めた。


「おーさんくす。ちなみにあたしの寿命あと何年くらい?」


 少女が話している相手は、どうやらこの幽霊のようだった。


「あ? あと二十年? あたしが今十五だから、三十代半ばで死ぬのかよ。まじかー辛いわ」


 棒読みで少女は嘆く。その顔には一切の悲壮感が無かった。


「なんてな。人間五十年、ってのは切っちまったけど、おかげさまでイージーモードだしね」


 天井を眺めながら少女が手を伸ばしていると、ドアがノックされる。


凛愛(りんな)様、カツ丼をお持ちしました」


 声とともにメイドがドアを開き、カツ丼を運んでくる。


 ベッドの上でだらけている少女一一凛愛を見ると、メイドは露骨に顔を顰めた。


「凛愛様。麻葉山(あさはやま)家の当主としてもう少し品位のある振る舞いをなさっては頂けませんか?」


「いーやだねー」


「やれやれ……」


 メイドは肩を落としながら、カツ丼を側のテーブルに置き、そそくさと部屋を出て行った。


「品位で飯が食えんのかってんだ」


 そんな捨て台詞を吐きながら、凛愛はカツ丼をかきこんだ。







 演習場は教室棟とは別にあり、如何に敷地が広大であるかを思い知らせた。


 床は一面コンクリート。二階には観覧席があり、体育館のようだった。


 まばらに並んだ生徒たちの前で、担当の講師が魔装を展開する。


「それじゃあ今日は『導きの風(ブロウ)』の発展型、第二準位魔術『突風(ゲイル)』をやろうか」


 そう言って講師は魔力を構築し、やがて魔術が起動した。


 直線上に放ったそれは、遠く離れた的を風圧を以て薙ぎ倒し、コンクリートを軽く削った。


「ちゃんとそれぞれ距離を取ってから練習するんだよ? それじゃあ始め!」


 それぞれが魔装を形成していく。その中で零児は俯いていた。


(バエルで使ってたのは魔力、じゃないような気がする。まさかバエルを使うわけにも行かないし、というかやっぱりそもそも無茶があったんじゃ? )


 あーだこーだと考えていると、楓が肩を叩いた。


「やんないの?」


「ん? あ、うん、やるやる」


(こうなりゃ一か八かだろ!)


 配られた訓練用の魔装に、バエルの時に感じた力を流し込んでいく。そしてイメージするのは紗彩たちが使っていた小太刀型。


 バキッ!


「あれ?」


 訓練用魔装はそんな音と共に跡形もなく砕け散った。


「嘘だろう?」


 遠巻きに眺めていた講師が、慌てて零児に駆け寄ってくる。


「君、確か転入生の東堂くんだね? 魔力過剰で魔装壊すとか初めて見たよ! すごい才能だ!」


「はっははは……」


 興奮する講師とは裏腹に、零児は引きつった笑顔を取り繕うのが精一杯だった。


(やっぱり魔力だったのか? でも魔素受容体が生まれたわけではないだろうし……)


「聞いているかい?」


「へっ? あっはい! もちろんです!」


 零児が考え事をしている間に、話はすすんでいるようだった。


「はい、それじゃあ僕の魔装貸すから少し見せてくれないか?」


「えっあっはい」


 講師から魔装を受け取り、また魔力を固めていく。


 今度こそ小太刀を。


 目を瞑りながら、熱心にイメージする。


 そして目を開くとそこにあったのは日本刀だった。


(小太刀……まぁいいか)


 周囲からは「おぉ……」という感嘆のため息が漏れる。


「それじゃあ、そうだな『導きの風』見せてくれないか?」


 長い浪人生活の間、使えもしない魔術の使用法や名前、果てには法律まで頭に叩き込んできた。


 しかし、当然だがそれを使うのは初めてのことだった。


(風、風……)


 何度も何度も、風をイメージし、そして解き放つ。


「『導きの風』!」


 ドゴォォォ!


 予想していたのは、軽く吹いた風が的を程よい威力で吹き飛ばす光景だった。


 しかしそれは『突風』よりも早く、力強く的をかき消した。


(思ってたのと違う……)


 顔を青ざめさせながら、零児はそっと講師の顔色を伺う。


 講師は宇宙人でも見たかのように、その顔に驚愕を貼り付けていた。


「……きょ、今日の授業、あと全部自習で……」


 講師は魔装を取り返しもせずに、すごすごと演習場を出て行った。







 昼休み。


「東堂って凄いんだな」


 しみじみと楓は呟く。


 しかし今の零児はのんびり会話しているところでは無かった。


 今零児がいる購買は生徒でごった返しており、まともに進むことさえ出来はしない。


「いつもこうなのかよ!?」


 人混みから首だけを出しつつ楓に聞く。


「これくらい普通でしょ?」


 そう言いながら楓は購買のおばちゃんにお金を渡し、サンドイッチと牛乳を手にしていた。


「そこで待ってて、適当なパン買っておく」


「すまん! 助かる!」


 零児は先に雑踏から離脱しつつ楓を待つ。


 程なくして、人壁をかき分けながら楓は生還した。


「はい、とりあえずデビルカレーパンと、アボカドキウイサンドね」


「……ありがとう」


「文句は無いよな?」


「……無い」


 意気消沈しながら、零児はそれを受け取る。


 楓は悪戯っぽく満足気な笑みを浮かべた。


「じゃあ教室で食べようか」


「そうだな」


 二人が歩き出すと、零児のスマートフォンが鳴った。


「……すまん、先に行っててくれ。後で行くから」


「分かった。教室で待ってる」


 楓は少し名残惜しそうにしながら、駆けていった。


 それを確認しつつ、人気のない階段裏で零児は電話に応じた。


「なんですか?」


「作戦は本来ならば今日の予定だったが、来週に変更だ。あと一週間そこに通ってもらう。怪しまれないためのアパートは用意してある。今日はそこへ帰宅しろ」


「待ってくれ。作戦ってなんなんです? 俺は何をすればいいんですか!?」


「説明の義務はない。しばらくそこで生活していろ。念の為、アパートには監視を送らせてもらう」


 質問をするまでもなく、一方的に電話は切られた。


「とりあえずこの学校にいればいいのか?」


 思い悩みながらふと腕時計を見ると、昼休みが終わろうとしていた。


「やべっ! 委員長待たせてるんだった!」


 零児は慌てて教室へと向かった。

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