グレートエスケープな再会
さて、少し遅くなりましたねw 3話やっと投稿します!
連載ということですが、この辺で一旦終了したいと思います。今後は、続きを書くかもしれないし、または新しい作品を投稿するかもしれません。もうそのへんは筆者にしかわかりませんねw
お暇な方がいましたら、ぜひ読んでみてください~!
欲望や願望は誰にだってあるだろう。こうなりたい、ああなりたい。これが欲しい、あれが欲しい。早く大人になりたい。もしくは子供のままでいたい。
有名なロックシンガーは、なにもそこまでするかねといいたくなるくらい韻を踏んでこう叫んだりする。
願えば叶う。欲しがると手に入る。
そして手に入ったものが理想と違ったり、気分が変わったりしてまたこう叫ぶ。
願えば叶うし、なりたいものにはなれる。
究極の理想を追い求めることと、市販のガムを噛むことは似ている。どちらも最後には吐き捨てるか、飲み込んでしまうしかない。実際はさっさと吐き出してしまったほうが楽なのだ。いつだって欲しかったものは、咀嚼していくと味が遠のいていく。だからあなたがもし理想を追い続けたいと願うのなら、それは味がしないガムを延々と噛み続けることだと心得ておいたほうがいい。そしてそれができる人間は非常に限られているということも。
「トム。あー、いいかね?よく聞きなさい。君のお父さんと私は古い友人だ。フェルナンドには何度楽しませてもらったかわからない。それと同時に、私は子供というものを愛している。すべての子供は幸せに生活していく権利があると私は思っている」
トレスティベル・アダムス・スクールの実質的な運営権を握っており、学園理事として君臨するローズデットも、いわば味がしないガムを噛み続けることができる数少ない人間である。
ローズデットはいつだって信じている。子供は無邪気で、かわいくて、そしてちゃんと話し合えばかならずわかってくれる存在である、と。だからトムがどんなに学園でハメを外した行動や、非常識な行為をしたとしても、ちゃんと話し合い、語り合い、そして年相応に見合った罰(1ヶ月の外出禁止や芝刈り)を与えてやれば、けっして道を踏み外したりはしない。ローズデットはそう信じているのである。
「そういうわけだから、トム。ちょっとこっちを向きなさい。私は君に話をしているんだ」
ローズデット学園理事にそういわれたトムは、ゆっくりと顔をあげ、そして妙に落ち着いたトーンで話しだした。
「ローズデット学園長。なんてすばらしい考え方なんでしょう。すべての子供は幸せになる権利がある。とてもいい言葉ですね。ボクはおもわず感動してしまいましたよ。あなたを見る目が、歴史のある偉大な学校の学園長から、すごく歴史のある、とても偉大な学校の学園長にすっかり変わりましたよ。いや、ほんと、ボクは感動のあまり目まいがしてきましたよ」
トムの普段の様子からは考えられない言葉が彼の口からスラスラと出てきた。ローズデット学園理事にはまったくわからないが、トムの今の言葉は完全に上っ面であり、はたから見れば、なにもそこまですることないだろう、と首をひねりたくなるくらいオーバーな論説なのである。
「そうか、そうか。やっぱりわかってくれるか。さすがはわたしの学園の生徒だ」
しかしローズデット学園理事には効果てきめんだった。
ローズデットは相手が自分の言葉に感動し、すっかり反省していると思い込んでいる。そして二度と同じ過ちをすることはないだろうと信じて疑っていない。ちゃんと話し合い、語り合い、そして今日もローズデットは自分の理想を追い求め、ガムを噛み続けるのである。
「あー、いいかね。今後もう二度と、ピエロのマネで人を怖がらせたり、学園内の電気を停電させてはいけないよ」
「そんなことはしません」
トムはしおらしくそういい切った。そしてローズデットの安心した表情を確認すると、礼儀正しく理事長室を後にするのだった。
そしてその足でいつもの校内にあるベンチにトムは訪れた。そこには示し合わせたかのようにジェームズが陣取っており、彼はまだランチの前だというのに本日2回目の食事である、全長が新生児くらいあるローストハムサンドウィッチを順調に胃袋に収めているところであった、
「やぁ、トム。こってりしぼられたかい?」
ジェームズにそう投げかけられ、トムはその隣にどっしりと腰掛け、足を組む。
「反省してる素振りをみせたら簡単に乗ってくれたよ。まぁ、一ヶ月の外出禁止はくらっちまったがな」
「なるほどね」
ジェームズはそういってうなずき、ふたたびサンドウィッチに戻っていく。
外出禁止とはいっても、学園内にいるぶんにはなんの問題もなく、寮を含めた敷地内にはわりとなんでも揃っている売店や、格安でコーヒーが飲めるカフェがあり、自由に使えるパソコンスペースや最新のハンドガンカタログが置いてある図書館も完備されているので、校外に出られないとはいっても最低限の娯楽や利便性は確保されているのであった。
とはいえ、トムにとっての外出禁止は、それこそ新生児に高速の乗り方を教えるようなもので、どだい無理な要望といえる。
「ローズデットは甘くても、ほかの教師たちはそうでもないみたいだよ、トム」
ジェームズがあごで指した先に、教師たちがチラチラとこちらを伺っている様子がみられた。
「朝からずっとあんな感じだよ。交代で君の行動を監視している」
トムの被害を受けているのはなにも生徒だけではなく、教師たちもトムのサプライズの餌食になることが多かったのである。
「仕事熱心だな。労働者としては合格だが、監視役としてはまだまだ甘い。オレにGPSをつけていないんだからな」
トムは教師たちの監視網など屁でもないといった風に冷笑する。
「次はなにをするんだい、トム」
そんなトムに、ジェームズは笑いをこらえながら尋ねる。
「外出禁止をくらっちまったが、しかし今日のオレはどうしても外出をしなければならない。」
「なるほど。それで?」
「だからまずはオーディションだな」
こうして彼らの慌ただしい一日が始まる。
恭一の朝もこうして始まる。
彼は今、PCの前に座ってスカイプをつないでいる。
「ねぇ、父さん。いまこっちに来ているんでしょ?もう3年も会えてないよ」
恭一が通話している相手は実の父であった。
恭一が4歳のときに両親は離婚しており、親権は彼の母親にある。母親いわく、彼の父親は、生活を共にしなければとてもいい人、とのことであった。ふたりが別れたあとも、恭一は数年おきに父と会っており、日本にいたときにもわざわざ海を渡ってきてくれた。恭一の父親は英語しか話せなかったため、恭一の今日の英語力は父親の影響の賜物といっていいだろう。
「じつはいまそっちに来ているんだ。昼ごろには撮影が終わる予定だから、そのあとにでも会おう」
恭一の父親は、なんと役者であった。しかも名実ともに有名な役者で、その名はギネスにも認定されている。『世界でいちばん名前が知られているエキストラ俳優』というのがギネスに認定されている文言で、その名のとおり、国や作風を選ばず、どんな役でもこなすスーパーエキストラ俳優なのである。なんでも、彼がエキストラに出演した映画は大ヒットするというジンクスがあり、しかも彼が出演すると現場の空気が和んだり、スケジュールがスムーズにいったりするという風説まである。当然、いろんな作品や監督、俳優陣からのオファーが多く、通称『世界一忙しいエキストラ俳優』とも呼ばれているのである。
「ほんとに!?父さん、嬉しいよ」
恭一が留学先をサンフランシスコに選んだのも、大好きな父と会える頻度が増えることを見越しての判断であった。父親が仕事の拠点をカリフォルニア州に置いていることも知っていたし、ここに留学すれば幼いころの父との思い出が少しは蘇るかもしれないと思ったのである。
「こっちに留学してくれて父さんは嬉しいよ。昔を思い出すな。まだ小さかったおまえをボールにして86年のフットボールの名試合を再現しようとしたら、お前の母さんにひどく怒鳴られた」
そりゃ母さん怒るだろうな、と恭一は苦笑した。
「冗談で葉巻の味を教えようとしたときは指を折られたしな。おかげでポーカーでイカサマができなくなって負けまくったよ」
そういって父はゲラゲラと笑った。
幼いころはどうして父と母は一緒に暮らさないのか疑問だったが、いまならなんとなくわかる気がする。
恭一の母は、明るく社交的な人間だが、どちらかというと真面目で現実的な性格であり、ふたりが同じ空間で生活することは、サルにソーシャルゲームのリセットマラソンの仕方を教えるようなものである。
「それじゃ、そろそろ撮影が始めるから切るよ」
「うん、わかった。時間忘れないでよ」
「まかせておけ」
そういって父との通話を終了する。
恭一は今日の一日がすばらしいものになるだろうという期待感を胸に抱き、パソコンを閉じた。
「おめでとう。これがオーディションの合格通知だ」
トムがそのA4の粗末な用紙を差し出した相手は、「メイドの格好をしてグレープフルーツをかじる」グループの発起人であるへリンズであった。『Congratulations!!』と書かれた紙を渡されたへリンズは何のことだかさっぱりわからないという顔をしている。
「これでおまえは今日一日、オレになれるという権利を得たわけだ」
「トム、いったいこりゃ何のマネだよ」
明らかに胡散臭そうな表情をしているへリンズに対し、トムはまったく意を介する様子はない。
「おまえとオレには共通している部分が多くある。まず身長と顔の長さ、利き腕、それから足のサイズ。ギリシャ系の顔立ちだが、残念ながら俺の方がイケメンだな。あとは」
「ちょっと、ちょっと!ボクになにをやらせる気だよ。厄介事に巻き込まれるのは勘弁だからね」
ヘリンズは勝手に会話を進めようとするトムに、抗議するようにいった。
「何いってんだよ。一日だけでもオレになれるんだぞ。こんなにワクワクすることはないぜ」
「ほんの10秒でも嫌だよ」
「わからないやつだなー。もう決まっちまったんだよ。おまえに拒否することはできない」
「ふざけたことをいって!」
と、頃合を見計らうかのようにジェームズがふたりのあいだに割って入る。
「まぁ、まぁ落ち着いて。とりあえずへリンズ、この写真をみてよ」
そういってジェームズは一枚の写真を差し出した。
なんだよこれといってへリンズはその写真をじっと凝視したあと、鼻で笑うように言葉を返した。
「わかってないなー。メイド服というものは基本的に黒タイツとの相性が抜群なんだよ。こんな生足でスカートを短くしちゃいけない」
ジェームズが見せた写真は、ちょっぴり幼い雰囲気の女の子がメイド服を着て写っている写真だったのである。
「第一、これは日本人じゃないし、まだ子供じゃないか。メイド服の発祥は英国だけど、いちばん似合うのは黒髪のロングの日本人なんだよ、わかるかい?しかしこの子は可愛いな」
ヘリンズは能書きをたれながらも、写真から目を離せずにいる。
「その道のプロが撮った写真だよ。君の行動次第で、この子の写真があと数パターン手に入る」
ジェームズにそういわれてますます写真から目が離せなくなっていた。
「だいたい、このメイドはなんでカチューシャがピンクなんだよ。リボンもピンクだし、ボタンもピンク。いいかい、メイドは白と黒のツートンカラーが常識じゃないか。こんな派手派手しいものにするなんてメイドの繊細な良さがわかってないよ、まったく。しかしこの子は可愛いな」
「なんなら会うことも不可能じゃない。もちろん、君の行動次第で」
「今日からオレはトムだ!よろしく頼む」
ヘリンズはさっと思考を変えるようにトムになりきっていた。
そんなヘリンズに、トムは軽蔑の眼差しを送るが本人は気づかない。
「つまりトムに変装すればいいんでしょ?その金髪ツンツンオールバックにさ」
「そういうことだ。今からトイレにいって着替えるぞ」
「なら、ボクのメイド服を着ていったらいい。あとグレープフルーツも」
「いや、いらねぇよ」
「遠慮するなって。いいカモフラージュになるからさ」
トムは不安感を胸に抱きながら、トイレに向かう。
時刻は午後3時。
恭一が通う学園から数キロ離れた市街にあるファミレスで、彼は父親と約3年ぶりの再会を果たしていた。
「父さん、ほんと会いたかったよ」
混雑する時間を過ぎたそのレストランは、数組のカップルがチラホラしているのみで、久方ぶりの父子が再会するにはほどよい賑やかさを保っていた。
「ずいぶんと大きくなったな。このあいだ会ったときはハグをはずかしがっていたのに。おまえもここに染まってきたみたいだな」
向かい合わせで座るふたりの父子は、仲睦まじく、親子というよりも年の離れた親友のような雰囲気が漂っていた。
「日本にいたときは転校ばっかりで友達もロクにできなかったんだよね。こっちに来たとたん、すぐにラッシュって友達ができたんだ。体を鍛えてばかりいるのに、ちっともゴリゴリにならないんだよ」
「たぶん、そういう体質なんだろうな。でも続けていれば、そのうち元州知事みたいな体型になるんじゃないか」
「本人はそれを望んでいるみたいだけどね」
恭一にはたくさん話したいことがあり、話題がつきることはない。頼んだミックスジュースにほとんど手をつけることなくひっきりなしに父に話し続けている。
「そういえば、キョーイチ。おまえ、メイドの友達でもいたのか?」
「え?」
父にそういわれ、恭一が気配を感じて隣を見ると、そこにはメイドの格好をした男が座っている。
「う、うわ!な、なに!?誰?」
おもわず飛び上がり、恭一の声が店中に響き渡った。
そのメイド服の男は、黒髪ストレートだったカツラを取り、代わりに金髪のオールバックがあらわになった。
「パパ、オレだよ、オレ」
恭一はその姿に身に覚えがあった。
あのトム・サースティンである。
「トム!おまえトムなのか!」
そうって目の前の父が顔をほころばせた。
「遅れてごめん。外出禁止を食らっちまってさ。抜け出すのにわざわざこの格好になったわけ」
「おー、外出禁止から脱出してきたのか。それでこそオレの息子だ!」
「ちょろいもんだよ。ほんとうにオレを閉じ込めておきたいんなら、GPSと、煩悩の数だけ手錠をかけるべきだな」
「それでこそオレの息子だ、トム。立派になったもんだ」
「ちょ、ちょっと!いったいどういうこと?パパっていったよね?父さん、いったいどうなってるの?」
ふたりの話についていけない。恭一は言葉が出てこず、動揺を隠せずにいた。
「あぁ、おまえたち初対面だったけな。あ、いや、違うな。昔一緒に遊んだはずだぞ。ここサンフランシスコで」
「昔?昔っていつ?」
「パパ。もしかしてオレの弟って」
トムもまさかというようなおどろいた表情をしている。
「覚えていないのも無理はない。まだおまえたち幼かったしな」
「それじゃ、このジャパニーズがオレの弟?」
トムはそうつぶやきながら、ゆっくりと隣の恭一をのぞき見る。
恭一はというと、頭のなかで妄想と記憶が混濁し始めていた。
つまり彼が心の拠り所にしていた妄想は、じつは自分がかつて体験した事実に基づく記憶だったのである。そう、あの砂場で一緒になって遊んだ、恭一が自分がこしらえた妄想だと思い込んでいた兄弟はほんとうに実在していたのである。
頼りになるいちばん上の兄はトム。ならもうひとりの優しい兄は?まさか、あの太った体型をしているジェームズ?たしかに幼い記憶をよく思い出してみると当時の彼も太った体型をしていた。そして姉がいたはず。あぁ、まさかこんな形で夢が実現するとは。どうしてよりにもよってサンフランシスコの、しかもピンポイントであの学園を選んでしまったのだろうか。偶然にしては出来すぎている。なにかの因果か、誰かの策略なのか、はたまた仕組んだ罠か。神が存在するなら呪ってやりたい気分だ。
恭一は沈み込んだ表情で得意の被害妄想を繰り広げていた。
「思い出したよ。たしかに砂場で遊んだ記憶がある」
そういったのはメイド服を来た学園一の問題児、トムであった。
「あのちんちくりんの泥まみれになってヤツが、おまえだったわけか。砂の中にキャンディ隠してあるっていったら延々と掘りあさってて、最後にはスコップが壊れて爪で掘ってたよなー」
恭一の、兄弟4人で砂場を掃除した記憶あるいは妄想が、そのトムの言葉で崩れ落ちる。恭一はガラスが割れるような音が聞こえた気がした。
恭一は無意識に席を立ち、混乱した頭のままフラフラとファミレスの出口へと向かう。
「お、おい!どこいくんだよ。せっかくパパに会えたんだろ!どこいくんだよ、おい!」
そうして恭一は寮に戻っていった。
恭一の、その美しく縁どられたまやかしの夢と妄想が無残にも床に叩き壊されていた同時刻、約1.5倍の倍率で見事栄えあるトム・サースティン役を射止めたロリコンメイド好きのヘリンズは、彼におかしな性癖を植え付けた張本人であるジェームズ・コリンズと共に学園内にあるなかなか立派な図書館にいた。 トムの自慢である金髪オールバックのツンツンヘアーのカツラをかぶり、ヘリンズはどこか落ち着かない様子であった。
「やっぱこんなんで大丈夫かなー」
明らかに挙動不審に辺りをキョロキョロと見回すヘリンズに、ジェームズは若干のイラ立ちを隠せずにいる。
「なにが?」
「いや、さっきから先生たちがチラチラとこっち見てるしさー。やっぱ怪しまれてるんじゃないかな」
「心配ないって。そのツンツン頭、トムによく似ている」
「こんなもんにだまされるやつなんて、きっとロボットくらいだよ。それもメインカメラが鼻のところについてあるやつさ」
ヘリンズが訳のわからない例え話をしていると、ふたりに向かって近づいてくる人間がいた
「ねぇ、トム。あたしのケータイ知らない?」
それはサンフランシスコが誇る破壊の女王、メイリーン・ティンスであった。
「すごいねぇ、メイリーンはよくできたロボットってわけだ。どおりでバグが多い」
ヘリンズはあわててメイリーンから目線を外す。
「ちょっとなに訳わかんないこといってんのよ。いいから、ちょっとケータイ鳴らしてよ」
「またケータイどっかいったの?今日はバストはデカくなってない?」
「今日はふつうよ。でもお尻がちょっと成長したんだ。あ、ここにあったんだ」
メイリーンはショートパンツをまさぐってケータイを発見した。
「見つかってよかったね。次は靴の裏にでも隠しておくといいよ」
ジェームズの皮肉が聞こえていないのか、メイリーンはスマホを熱心に親指で叩いている。
「あぁ、身長を伸ばすためか!ハハ、こりゃけっさくだよ!」
ジョークを遅れて理解したトム扮するコリンズはゲラゲラと腹を抱えて笑い出したが、直後にメイリーンに睨まれ、慌てて目線をそらした。
「ここにいたんだな」
恭一が自室のベッドに考え込むように座っていると、トムがメイド服のまま入ってきた。いつものテンション高めの態度はなりを潜めている。
「なにか用?」
トムがゆっくりと恭一に近づいていき、その隣に腰かける。
ふたりのあいだに一時の沈黙が流れる。
そして短い呼吸をしたあとに、恭一に話しかけた。
「おまえがどう思っているかわかんねぇけど、オレはずっと弟が欲しいって思っていたんだ。ずっとひとりっ子だったからな。16年間生きてきて、まさかほんとうに弟できるなんて思ってもみなかったよ」
トムはどこか嬉しそうに声を弾ませている。これまで迷惑な存在としか思っていなかったぶん、恭一はその様子に親近感が抱いた。
「僕もびっくりだね。さんざん人を怖がらせたピエロの正体が、じつは自分の兄だったなんて」
トムはその軽口におもわず笑ってしまう。
「パパは、まぁ、あんな性格だからな。オレもお前の話を聞いてことなんてこれまで一度もなかったんだよな。聞いていたらもっと早く日本に会いに行ってた。カタナも見てみたかったし」
トムがそういうと、恭一はおもわず笑ってしまった。
「なんか変な感じだよなー。オレたち全然似てないのに兄弟なんだぜ。信じられるか?」
「僕もちょっと実感わかないよ。でも、まぁ、そうなんだろうね。イメージとはだいぶ違うけど」
恭一のなかで、トムはそこまで悪い人間ではないのかもしれないという思いが広がっていく。思えば彼に対するイメージは、その多くは憶測やウワサで成り立っていた。イタズラ好きで、人の迷惑を顧みない、厚顔無恥な人間だと決めつけていた。しかし今回の件で、その見方がほんのすこし変わろうとしている。兄弟であることがわかってしまった以上、けっして無視できない繋がりを感じずにはいられない。恭一にとって、長年の夢であった兄弟ができたのだから。
「そういやおまえ、どっかグループに入ってるんだっけ?」
「いや、まだだけど」
「だったらオレたちのグループに入れよ。仲間を紹介する」
「メイド服のグループだったんだっけ?」
「これは変装だ。ちょうどいい、おまえもこれを着ろよ」
「なんでだよ。ぜったい嫌だ」
トムは立ち上がり、手振りで恭一を誘い部屋を出ようとする。
恭一もそれに従い、トムの後をついていく。
「あ、グループに入るのはいいけど、でも人の迷惑になることはやらないよ!これはぜったいだからね」
恭一はそういって兄を追いかけながら部屋をあとにした。
「どうして僕がこんな格好に」
恭一は自分のメイド服姿にうんざりしていた。
「オレは外出禁止を食らっちまってるから、カモフラージュ作戦だよ」
「だったらトムだけでいいじゃないか。なんで僕まで」
「ひとりでこんな格好して歩いていたら目立ってしょうがないだろ」
いや、ふたりで歩いていても十分目立つと思う、と恭一は心のなかで思った。
そしてトムの友人であるジェームズのいる学園内にあるカフェにやってきたふたりは、ケータイを熱心に見つめているメイリーンとジェームズ、そしてトム扮するヘリンズのもとへ合流する。
「キミたち、その格好でここまできたのかい?」
ジェームズが呆れた様子でそう聞く。
「こいつキョーイチ。オレの弟なんだ。あんまり似ていないけどな」
トムはとくに気にする素振りを見せず、仲間に恭一を紹介した。
「やった!!新しい仲間を連れてきてくれたんだね!ありがとうトム」
そういって喜んだのはヘリンズだった。その場にいる人間に睨まれたあと、さっさと消えろとトムにいわれて、あわててカツラを脱いで立ち去った。
「あいつトムのニセモノよ!」
メイリーンが大発見したかのようにそういった。
「今ごろ気づいたのかよ」
トムは呆れたようにそうツッコミをいれた。
「まぁ、とにかく。今日からこいつはオレたちのグループに入る。キョーイチ、挨拶しな」
「よ、よろしく」
恭一が戸惑った声で挨拶すると、ジェームズが手を差し出してきた。
「やぁ、キョーイチ。会うのは10年ぶりくらいかな。最後に会ったのはセントラル公園の砂場だったと記憶しているよ」
「ジェームズ、おまえ知ってたのか?」
「まぁね。最初に見かけたときから、もしかしたらって思っていたけど」
「どうして早くいわなかったんだよ」
「その方がおもしろいかと思って」
ジェームズは真顔でそう口にする。
「あたしはメイリーンよ。よろしく」
恭一はメイリーンとも握手をする。恭一はその細身の姿を見て、けっこう可愛いなという印象を受ける。メイリーン本人はというと、握手を終えるとすぐにケータイを忙しく叩く作業に戻っていった。すこし変わった人なのだろうかと感想を抱いた。
すると突然、教師たちが走ってこちらにやってくる。
「おい、変態グループ!トムはどこにいった?」
どうやらトムを監視していた教師たちのようだ。トムに扮していたヘリンズがカツラを脱いで立ち去っていったために、彼に騙されたと思い込みこちらにやってきたのだろう。
「トムならいまごろ、たぶん図書室で静かに勉強をしているんじゃないですか」
ジェームズがしれっとそういうと、教師たちは早く見つけるんだ、と騒ぎながらどこかへ走り去っていった。
「変態グループって」
恭一は自分の格好をみて、これのことかと思い立ち早く脱ごうとトムに提案するのだった。
その日の夜。
恭一はルームメイトのラッシュに今日起きた出来事を包み隠さずに話した。
ラッシュは夕食であるボロネーゼスパゲッティとサラダを食べながら、恭一の話を聞いている。
「なかなか衝撃的な事実だね、そりゃ」
トマトをかじりながらラッシュは気の毒にといいたげにそう感想を口にした。
「災難だったな、キョーイチ」
「まだ新しい状況に頭がついていかないよ」
今日はたしかにいろんなことがあった気がする。まず久しぶりに父と会い、トムがメイド服で現れ、しかもそのトムは自分の兄弟であった。そして自分がこれまで妄想として作り出してきた兄弟たちが、ほんとうに存在していたなんて。そして現実の彼らは恭一が思い描くイメージとはだいぶ違っており、そのギャップに軽いショックを受けた。あの悪名高いトム・サースティンの弟であることが自分のなかでまだうまく馴染めておらず、そしていうほど彼は悪い人間ではないということも分かってしまい、ますます複雑な気持ちになってくる。
「キョーイチ、あまり思いつめないことだ」
ラッシュが慰めるようにそういってくれる。
「あんな人間の弟だけど、これまでと変わらず友達でいてくれるかい?」
今日の出来事を語り終え、ラッシュがどう反応するか恭一はすこし心配だった。
「まぁ、あんな人間の弟かもしれないけど、これまでと変わらずオレたちは友達だよ」
ラッシュのその言葉を聞いて恭一は安心した。
そこへ、自分の名前が呼ばれか気がして後ろを振り向くと、例の、あんな人間が食堂の入口で自分を呼んでいる。
「あぁ、新メンバーの歓迎会をしてくれるみたいなんだ。ちょっといってくるよ」
「先に寝ているよ。グッドナイト」
ラッシュをあとにて、恭一はトムと合流した。
そうして恭一は、なぜかいま車に乗っている。
運転しているのはトムで、助手席にはジェームズが座っている。恭一は後部座席に座っており、その隣にはメイリーンがいる。そういえば彼女も、たしかかつての砂場の記憶のなかにいたはず。恭一の記憶ではとても優しくて、かわいくて、親切なお姉さんだった気がするが、実際のところはどうかわからない。今の彼女はデニム地のショートパンツに、ドクロの絵が書かれてあるパンクな白いTシャツを着ており、足を組んで座っている。アメリカ人の女の子にしては小柄で可愛いのだが、やや下がっている口角のおかげでなんとなく不機嫌な表情に見える。
というか、そんなことより。
「ねぇ、この車どうしたんだよ」
恭一はさっきから疑問に思っていることを口にした。当たり前のように乗っているが、いったいこの車はどこで入手したものなのか。そして運転しているトムはちゃんと免許があるのだろうか。
「それ以上は聞かないほうがいい。おまえを共犯者にしたくないからな」
一緒に乗っている時点ですでに共犯だと思うのは気のせいだろうか。というかそもそもトムは外出禁止ではなかったのだろうか。恭一はほんとうに彼らのグループに入ってよかったんだろうかと早くも後悔しはじめていた。
「心配するな。運転免許は先々月に取った。オレはルールと拘束は破るが、犯罪は犯さない。部屋は汚すが、心に汚れはない。安心するといい」
「そうそう。運転試験の日もちゃんと時間通りに来たんだから。トムの替え玉がね」
「エリックはほんとうによくやってくれたよな。罪の意識に苛まれて転校しちまったけど」
ほんとうに彼らのグループに入ってよかったのだろうかと恭一は激しく後悔しはじめていた。
「それで、この車はどこに向かってるの?」
窓の外を見ると、まるで田舎道であるかのような、外灯もなければ人家も見当たらない光景が延々と続いていた。。
「親戚のおじさんのガレージを借りてバーベキューやろうと思っててな。ついでにこの車を返しにいく」
「じゃあ、帰りはどうするんだよ」
「また車を借りればいいだろ」
トムは当たり前のことを聞くなよといわんばかりの口調でそう答えた。残りのふたりもトムのやることにとくに疑問を抱いていない様子である。なるほど、さすがは幼なじみといったところか。
「トム、ガソリンいれた?」
そう聞いたのはジェームズだった。見るとガソリンメーターの針が今にも水平になってしまいそうなほど、Eの位置に差し掛かっていた。
「あれ、たしかにもうやばいな。今朝、ちゃんと満タンにしたはずなんだがな」
すると車は、なぜかガタンガタン、と上下に揺れ始め、明らかに失速し始めていた。
「あ、あれ?ちょっと、なに?」
そして車はプスプスと音を立てながら、完全に止まってしまう。
「どうしたわけ?なんで止まるの?」
ずっとケータイに目を落としていたメイリーンがそう聞いた。
「トム。ちゃんとガソリン入れたんだろうね?」
さすがのジェームズも呆れたようにそう聞いた。
「おかしいなー。ちゃんとボンネット開けて給油口に満タンにガソリンいれたはずなんだよ」
トムは困ったようにキーを回したりしている。
「あれ、給油口って、ボンネットにあるんだっけ?」
恭一がそういうと、トムはキーを回す手を止めた。
「まぁ、普通は車のサイドにあるよね」
ジェームズがその一言を発言したあと、一同にしばらく深い沈黙が流れる。あいかわらず車からはプスプスと不吉な音が聞こえている。その音は次第に大きさを増している。そしてほぼ同じタイミングで全員が車から逃げ出すように急いでドアを開けた。
全員が逃げ出したのを確認するかのように、車は突然耳障りな音をたてて爆発した。
あたりは暗い農道だったが、車を包み込んでいる燃えさかる炎で、あたりは昼間みたいに明るかった。
4人は巨大な松明と化した車を唖然とした表情で見つめている。
すると、トムが口を開いた。
「バーベキューするなら今しかないな」
恭一のサプライズな一日はまだまだ終わりそうになかった。
今回はとりあえず全3話だけ投稿して、好評だったら続きを書こうかという予定だったので、今回はここで一旦終了したいと思います!w作者的にはもちろん続きの話も考えているみたいなんですが、まぁはっぱをかけないと書けないひとなのでそのへんは広告担当であるわたしが頑張りたいと思いますw
なにか意見や評価があれば、みなさんぜひコメントしてくださいね!!
それでは!