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キックミー・ハプニング

 広報担当の茂吉です。作風としては完全にコメディですね。コメディに必要な要素っていえば、やっぱりキャラクーの魅力ですよね。作品の雰囲気としては、ワイワイガヤガヤといった路線を目指しています。

 基本的に一話完結で、読みやすさを重視しています。

 気になった方はぜひ読んでみてください!長くもないですしw

 アメリカ人が日本人よりも陽気でバカ騒ぎが好きな人間が多いと思われている節があるが、この際はっきりいっておくと、まったくもってそのとおりである。これは不安遺伝子が日本人の10分の1であるという説や、どこまでも広大な土地柄のせいである、と考える人間もいるが、それらは単なる後付けだ。

 結局はそれぞれの国の人間の、それぞれの親たちがそういう風に育てられ、その彼らの親の親がそういう風に育てていったという、結果的な集合体なのである。そして現在生きている我々は単なるその末端に過ぎない。

 人類がこれまで歩いてきたうんざりするような長い歴史の最先端にいる我々は、これまでの人類が日常でそうしてきたように、泣いたり、笑ったり、人を騙したり欺いたり、その報いを受けたり、または思わぬハプニングに遭ったりして生きているのである。

「なぁ、ジェームズ。大きなハプニングが起きたときに、どういう訓練をしておけば冷静でいられると思う?」

「急にどうしたのさ」

「だから、たとえば急にヤリの雨が降ってきたり、大量のゾンビが襲ってきたり、銃を持ったピエロが徘徊したときに、急にパニックにならないように努める方法さ」

「どれが起きても確実にパニックになると思うな」

「なんでもいいから答えてみろよ。話が進まないだろ」

「うーん、やっぱ常に最悪の事態を想定して行動するってことかな」

「なるほど。悪くないが、違う」

「じゃあ、何?」

「大きなハプニングが起きたときに備えて、毎日小さな驚きをすることが大事なんだ」

「ふむ」

「つまり毎日、小さな刺激や驚きを重ねることが重要なんだよ。そうすりゃ人は有事が起きたときにも大して驚かず、いつでも冷静でいられるというこだ」

彼らが通う『トレンスティベル・アダムス・スクール』はアメリカのカリフォルニア州の都心部からすこし離れた広大な土地に位置しており、基本的にはボーティングスクール(全寮制の中学・高校)の体制をとっているが、一部の生徒は自宅から通学しており、それほど大きな縛りが少なく、自由な校風が特徴の私立高校である。大学進学率も高い水準を維持しており、多くの優れた士官や政治家、有名なシンガーや音楽家を輩出していることでも知られている。

「トム、もうすこしわかるようにいってくれないかな」

トムと呼ばれた彼はいい意味でも悪い意味でも(悪い場合がほとんどだが)、学園でも有名な生徒だった。もしあなたが、この『トレンスティベル・アダムス・スクール』に入学もしくは留学したいと考えているのなら、それはトム・サースティンが卒業するまで待つべきだろう。この学園の寮の部屋は基本的に二人部屋となっているが、優秀な成績を修めた生徒に対しては一人部屋が設けられ、これが少なくとも生徒たちのモチベーションの向上につながっている。誰だって自分ひとりの空間を確保したいと思うのは当然だ。しかしトムの場合は、彼と同部屋になりたくないという嘆願が殺到したため、結果トムにはひとり部屋が与えられた。トムと同じ部屋になるくらいなら、ふたり部屋で構わないということだ。校内の学生たちからは、煙たがられている、とか、恐れられている、といった印象ではなく、どちらかといえば、あまり関わりたくない、といった感想が多かった。

「つまりみんなの日常に、ちょっとしたスパイスを与えてやるのがオレたちの使命なんだよ、ジェームズ」

 ジェームズと呼ばれた彼はトムの数少ない友人であり、そして幼馴染でもあった。やや理系な喋り方をし、コレステロールの高い食品を愛しているせいか、太った体型をしている。パソコンを含めた機械の知識を多く持っており、トムが企てる『日常のちょっとしたスパイス』とやらに影ながら加担しているのだが、どういうわけかいつも罰を与えられるのはトムのみである。親が大手銀行の副頭取であることもその理由のひとつだろう。

「なるほど」

ジェームズは納得したようにトムの論説に相槌を打ちながら、自身の作業にいそしんでいた。

 ふたりが今いるところは、普段は物置や資料室として半ば忘れられている校内の薄暗い一室で、彼らはランチタイムであることにもかかわらず、その『日常のちょっとしたスパイス』の仕込みに余念がなかった。

「ところでジェームズ、まだ準備は終わらないのか?」

「もうすぐで終わるよ」

 非日常的な被り物をしたトムに、ジェームズは特殊メイクを施している。

トムはというと、目を閉じたまま片手には銃の形をした黒い物体を握っている。

「おいおい、急いでくれよ。早くしないとランチタイムが終わっちまう」

 トムはすこしイラついた様子でジェームズを急かしているが、どこかワクワクしている様子でもあり興奮が抑えきれていなかった。

「早くみんなに見せてやりたいんだよなー。平和な午後のランチタイムに、突然この流血ピエロが現れて走り回るんだ。事前に殺人ピエロのウワサも流してある。この姿を見たらきっとみんなぶっ飛ぶだろうな」

 トムはそういいながら楽しそうに声をあげた。

「すごいよ、トム。これはなかなかいい出来だ。おそらく小さな驚きじゃすまないよ」

「そうか!いよいよ、今日が俺の殺人ピエロデビューというわけか」

 トムはこれから起きるであろう、近い未来を想像し、抑えきれずゲラゲラと笑いはじめた。

「オレってやっぱ最高だよなー」

 そう笑い飛ばすトムの横で、ジェームズはニヤニヤとこらえるように笑っている。

「あー、ところでジェームズ。ちょっと鏡を見せてくれないか?オレの顔がどんな感じに仕上がっているか確認したい」

「トム。鏡なんてみなくていいじゃないか」

「いや、いいから見せてくれ」

「トム。とてもよく仕上がっているよ」

「いや、でも」

「トム。今のきみは最高だ」

「そ、そうか?」

「もちろんさ」

 ジェームズのその自信満々の物言いに気をよくしたトムは、それならいいかと思い直し、細かいことを気にすることをやめた。

「よっしゃ。じゃあ、行くとするか!」

 そうして、彼らの日常のちょっとしたスパイスは始めるのであった。




 根川恭一がサンフランシスコのここ『トレンスティベル・アダムス・スクール』に留学してきて、もうすぐ2ヶ月が過ぎようとしていた。

 アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼は、小さいころからある程度英語を話すこともできたし、生まれて5年間はアメリカで過ごした。両親の離婚がきっかけで母親の故郷である日本に移り住み、それから9年たった現在、彼はふたたび自身の生まれ故郷のサンフランシスコにやってきた。サンフランシスコにいたときの記憶はあいまいで、彼としては自身が生まれた故郷を少しでも目に焼き付けておきたいと考えたため、今回彼は留学を決意したのである。

 留学して最初の1週間は、言葉のニュアンスや食習慣に戸惑ったりしたが、とくに周囲との大きな衝突もなく、学校の授業も学力に合わせたカリキュラムを組むことで、恭一は次第に生活に馴染んでいった。

 恭一には二人部屋が与えられた。ルームメイトのラッシュはまじめで気さくな人間である。アメリカ人の顔立ちは、恭一にとって判別しづらかったが、毎日見ているうちになんとなく違いがわかるようになっていた。

「やぁ、キョーイチ。こっちの生活にはもう慣れたかい?」

 恭一が朝ごはんに取り掛かろうとしているとこに、ラッシュが話しかけてきた。

「おはよう、ラッシュ。もうすっかりここの住人さ」

 寮の食堂はちょっとしたバイキング式になっており、各々が好きなものを選んで食べられるようになっている。コーヒーが飲めない恭一は、母親が日本から送ってきてくれるジャスミンティーを朝食と一緒に好んで飲んでいる。

「最初にキミを見たときには純粋な日本人かと思ったけど、ハーフなんだってね。どうりで英語がうまいわけだ」

 そういいながらラッシュは、恭一のとなりに座る。

「僕は母親に似たんだよ。髪の毛も顔立ちもね。」

 恭一の両親は離婚しており、彼の親権は母親にある。そのあたりの話題は恭一が寮に入って最初にできた友人であり、ルームメイトであるラッシュには説明済みであった。離婚率の高いアメリカでは、親がシングルである話題をシリアスに捉える人間は少ない。

「なるほど。君が唯一母親と似なかったのは性別だけ、というわけか」

「そうなんだよ。こればっかりはむしろ真逆だね」

 モーニングタイムの穏やかさも、日本とはまったく違うものだと恭一は思う。

 日本にいたときは何かと慌ただしく、映像コンサルタントの母を持つ恭一はひとりで朝食を済ませることも多かった。

 母の仕事が忙しいことはわかっていたため、これまであまりわがままを言ったことがなかった彼だが、そのぶんどこか寂しい思いを膨らませていたのである。

 この学園での生活は、両親の愛情に飢えている恭一にとって悪くない環境であった。

「なにやら廊下のほうが騒がしいな」

 ラッシュがざわついている方向に目をやったのにつられて、恭一も同じ廊下の方向に目をやる。

開け放たれている食堂の入口に一瞬、異形の姿が一瞬横切る。

「い、いまのなに?」

 恭一はぎょっとしてラッシュに向き、それからもう一度廊下の方へ振り向いた。

 廊下の方から生徒たちの悲鳴や怒号が飛び交い、その声の中に「おい、トム!おかしなマネはよせ」「トム!今日という今日は許さないぞ!」という言葉が聞こえてくる。恭一はその声にだんだん不安になってくる。

「ねぇ、いったい何が起こってるの?」

「あー、たぶん、あれはトムの仕業だよ。ああやっていつもふざけているんだ」

「けど、僕一瞬見えたよ。あれってたぶん、日本でいう『落ち武者』だよ」

「オチムシャ?なに、それ」

「なんて説明したらいいんだろう。こっちでいう、死んだ兵士のユーレイみたいなものだよ」

 そう聞いたラッシュは天を仰ぎながら「子供だましじゃあるまいし、まったく」と呆れたように朝食に戻っていく。彼にとってはトムのバカ騒ぎは日常茶飯事のようで、さも気に留めた様子はない。

 次第に喧騒は聞こえなくなり、すぐさまもとの穏やかなモーニングタイムが戻ってきた。

 恭一も若干、戸惑いながらもとりあえず朝食の続きに戻ることにする。

「そうだキョーイチ。こっちの生活にも慣れてきたなら、そろそろ俺たちのグループに入りなよ」

 ラッシュは今の喧騒なんてまったく忘れてしまったかのように、すぐさま話題を変えた。

「まだどこのグループにも入っていないんだろ?」

 ハプニングへの耐性も、日本人と全く違うんだな、と恭一は思った。

どことなく品のある顔立ちをしているラッシュは、細身の体型だが身長は同い年である恭一よりも高い。

「グループか。いいね!」

 この学園では生徒はみんな何かしらのグループに所属しており、それぞれ趣味や気の合う者同士でつるんでいる。留学してきたばかりの恭一はまだどこのグループにも入っていなかった。

「俺たちの仲間を紹介するよ、キョーイチ」

「ありがとう、ラッシュ」

 恭一はラッシュのグループに入ることにした。

けれども。


「キョーイチ。どうしちゃったんだよ、急にいなくなってさ」

 恭一は自身の部屋に戻っていた。すこし落ち込んだ様子で、机にもたれて頭を抱えている。

 ラッシュは心配した様子で恭一に駆け寄った。

「正直に言うよ、ラッシュ。僕は君たちのグループには入れない」

 恭一はアメリカンに来てから、なるべくストレートなものの言い方を心がけていた。

「どうして?いいグループだと思うんだけど」

 ラッシュたちのグループは通称『筋トレ・ボディビル』グループだったのである。ついさっき恭一が案内されたのは、寮に併設されてあるトレーニングルームだった。学生たちが使うにしてはやけに本格的で、そこで紹介された仲間たちとの圧倒的な体格差と筋肉量に恭一はひどく動揺してしまったのである。

「まさか君もあんなにゴリゴリだったなんて。この2ヶ月一緒に過ごしてきて全然気付かなかったよ」

「まぁ、見た目はわりと貧弱にみられるんだよ」

 ラッシュは欧米人特有の陽気さでそう答える。

「もし僕があのグループに入ったら、きっと僕もあんな風にゴリゴリになってアメフトの選手とかに選ばれて、そんでもって強烈なタックルなんか食らったりして、そのまま意識が戻らないまま、医療技術がいまよりさらに進歩するまで植物人間のままベッドの上で過ごすことになっちゃうよ。目が覚めたときにはおそらく初老になっているんだ。そんなの嫌だよ!」

「いや、さすがにそれは考えすぎだよ」

 恭一はときおり、周囲があきれてしまうくらい誇大妄想をしてしまうことがあった。恭一のことをよく知っている人間は、もし彼が履歴書の特技の欄に『妄想』と書いてしまっても特に気に留めないだろう。

 そのくらい彼は神経質で被害妄想が強いところがあった。

「筋肉はいいよ、キョーイチ。互いに見せ合うことでさらに美しく引き締まるんだ」

 そう言いながらラッシュは、その細く白い腕に筋肉をまとわせた。

「ちなみに俺たちのグループにはゲイはいないとされている」

「されているってなんだよ」

「まぁ、ウィンストンは若干怪しいが、カミングアウトはしていない」

 恭一はラッシュたちのグループに入ることをやめ、どこか別のグループを探すことになったのだった。




「おい、ジェームズ。ありゃなんだよ。ぜんぜん殺人ピエロじゃないだろ。銃に見せかけたドライヤーも持ってきたのに」

 さきほどの物置部屋に戻ってきた二人だったが、トムの方は自身の仮装がイメージと違うことに対してジェームズに腹を立てている。

「トム。でもみんな驚いていたよ。かなりのインパクを与えたのは間違いないね」

「お、やっぱりそうか!オレもそうなんじゃないかって思ったんだよなー。みんな大騒ぎしてたぜ」

 トムは、『落ち武者』の被り物について深く考えることもなく、そしてジェームズが面白がってワザと殺人ピエロと偽って特殊メイクを施したことについても、すぐに頭の中から消えていた。要するに彼はある種、徹底的な結果主義ともいえるし、もしくはあまり考えることが苦手ともいえるし、救いがたいバカともいえるだろう。彼はもうすでに次の「日常のちょっとしたスパイス」のことを考えていた。

「もっとなにか大きなことをしたいよなー。今度はもっと大勢を巻き込む、参加型のサプライズだ」

「いいねー。それ楽しそう」

 ローランルイス(学園近くのビッグサイズのハンバーガー専門店)のトマトチリソースバーガーLLサイズの4個目に取り掛かろうとしているジェームズの横で、トムは自慢の金髪オールバックを整えている。

「ジェームズ。うまそうだな、それ。オレの分は?」

「今、元気に工場で作られているよ」

 トムが紙袋を奪い取ると、そこにはスライスした玉ねぎが数枚こびりついているだけだった。

 最後のトマトチリソースバーガーLLサイズをジェームズは手品のように一瞬で腹に収めた。

 あきらめたトムは紙袋を投げ捨て、話題をもとに戻す。

「じつは前から考えていたサプライズがある。なんとここにちょうどふたつ、ローランルイスのビックサイズバーガー無料券が2枚ある」

 トムはポケットから2枚の引換券を取り出した。

「どこかの誰かが週に10回以上もここのハンバーガーを食べまくったおかげで手に入れた。しかも一度に買う量きたら、栄養士も腰を抜かすほどだぜ」

「とんだ大食いがいたもんだよ」

 トムはそのとんだ大食いを無視して話を続ける。

「ついては、このビッグサイズハンバーガー無料券を景品として、とあるサプライズを以前から考えていたんだ」

「いいねー。景品があるとゲームは燃える」

「そうだろ?あとは誰にサプライズの立役者になってもらうか、だがな」

 トムはニヤつきながら、考えを巡らせていた。




「ラッシュの紹介できたキョーイチだな?歓迎するよ。ボクはへリンズ。うちのグループに入りたいんだって?」

 今日の授業も終わり、各々が自由な時間を過ごすという、日本でいう放課後のことだった。

 恭一はラッシュのその広い人脈をつてに、この学園にある様々なグループに接触していた。

「いや、入りたいというか、まずは見学させてほしいんだよ。どういったグループで、どういう人たちがいるのかちゃんと知りたくてね」

 恭一は朝のラッシュとの出来事を教訓に、安易な返事をしないと決意していたのである。

「もちろん見学だけでも大歓迎だよ。この学園ではみんな何かしらのグループに入っている。きっと自分に合うグループがどこかにあるはずさ」

 ヘリンズは親切そうな笑顔でそう熱心にそう語る。

「君たちはどんなグループなんだい?」

「うちはとくに変わった感じのグループじゃないんだ。メイド服を着てグレープフルーツをかじる、っていうただこれだけさ。でもこれがやりだすとけっこうクセになるんだぜ?君はけっこう体格が小さいみたいだけど、ちゃんと君が着られるサイズのメイド服も用意できるよ。グレープフルーツのサイズは心配しなくていい。それはみんな同じだからね。どう、なかなか楽しそうでしょ?」

 彼がそう語るのを聞いた恭一は、適当な理由をつけてその場から離れ、次の紹介先へ向かった。

「あぁ、聞いてるよ。ラッシュのルームメイトなんだってな。 我々のグループはミッシェル・ファイファーのポスターを眺めながらハチミツ入りのコーヒーを飲むのさ。ポルノの権化である彼女だが、法に触れるような卑猥なものはこのグループでは扱わない。親にだって見せられるもので楽しむ。それにグループメンバーの仲もいいぞ。なんたって、俺を含めて3人しかいなんだからな」

「やぁ、よく来たね。キョーイチって君だろ?僕らはB級映画を観ながら鼻の毛を切るグループさ。最近はメンバー同士で互いの鼻を切り合えるほどの信頼関係が出来てきている。相手に自分の鼻毛を託すんだから、そこには絶大な信頼関係が出来上がる。今後は耳の毛にも挑戦していこうと考えているんだ」

 「やぁ。僕らのグループを見学したいんだって?きっと気に入ると思うよ。僕らはアオギリの葉にヨウ素液を漬けて、その脱色具合でその月の運勢を占うグループだよ。これがけっこうよく当たるんだよ。揃えてもらうものは、ゴム手袋にうがい薬に、拡大鏡とそれから小さな好奇心といったところかな」

「よ、よくわかったよ。いいグループだね。他にも紹介されてるからそっちも見てくる。それじゃ」

 恭一は全員に同じようにそう答え、そして同じような感想を抱いた。もっとふつうのグループはないのか、と。

 この学園にはマニアックなグループしか存在していないのだろうか。それぞれの趣味に文句いうつもりはないが、もっと建設的で、もっと実際的なグループないものだろうか。たとえば部屋の汚れている箇所を競争して見つけるとか。床を汚さずにドーナツを食べるグループとか。

 恭一はそんなことを考えながら、学園内の体育館に続く長い渡り廊下を歩いていた。ラッシュに紹介してもらったグループはこれで全部だった。

 恭一が若干の短いため息をつくと、ズボンのなかに入っているスマホの着信音が聞こえる。メッセージはラッシュからだった。

 どこかのグループに入れたかい?

 そんなメッセージだった。

 せっかく紹介してくれたラッシュには申し訳ないと思い、しばらく返信に困っていると、急にあたりが騒がしくなり始める。

恭一はスマホから顔をあげ、辺りを見回した。チラチラと恭一の方を見る生徒が何人もいる。明らかにみんな恭一に注目しているようである。

そして、

「あいつだ!あのジャパニーズだ!おい、おまえ!そのまま動くなよ」

 ひとりの男子生徒が興奮したように大声をあげ、恭一に向かって走ってくる。

「ちょ、ちょっと。何なんだよ、いったい」

 恭一は訳も分からず、怖くなって無意識に相手に背を向けて逃げ出した。すると何人も生徒が大声をあげたやつに続いて、恭一を追ってくる。

「あいつだ、間違いない。待ちやがれ、このやろう!」

 追ってくる人間は次第増えていき、全力で逃げる恭一の後ろにはいつのまにか大勢の人間がおり、まるでスキャンダルを起こした映画俳優のパパラッチのようになっていた。

 

「ちくしょう!どこに消えた!?」

「まだ近くにいるはずだ。探すぞ」

 学園内にいくつか置いてあるベンチの影に隠れて恭一は連中をやり過ごすいったいなぜ自分が追いかけられているか恭一にはさっぱりわからなかった。追いかけてきた連中は、憎しみや怒りといった感情はないように思える。どちからといえば、野次馬のような熱心な好奇心で恭一を追いかけてきたように感じる。

 息を整えながら追ってくる人間がいないことを確認し、ふと近くの教室の窓に映った自分の後ろ姿に目を疑った。恭一が着ているパーカーの後ろに蛍光塗料のようなもので大きく「kick me」と書かれていたのである。

「なんだよ、これ。いったい誰がこんなものを」

 ますますわけがわからなくなってくる恭一だったが、考える暇もなくすぐに探している連中がやってきた。

「おい、いたぞ!あそこだ」

 やばいと思い、考えることはあとにしてすぐにその場から離れることにした。


「また見失った。くそ、あいつどこへ行きやがった」

「こうなったら景品は山分けといこう。みんなで協力するんだ。おまえはあっちを探せ。俺は向こうを見てくる」

「オーケ。見つけたらすぐに知らせる」

 今度は自動販売機でコーラ缶を補充している業者になりすましてことをやり過ごす恭一。たまたま業者がその場を離れていて、しかも作業服が置いてあったことが幸いだった。

「このままじゃマズイ」

 このまま逃げるのは得策じゃない。恭一はそう考えていた。

 きっと逃げたとしても、行く場所がない。仮に覚悟を決めて学園を抜け出してヒッチハイクを繰り返して空港を目指したところで、途中の悪質なトラック運転手に騙されて追い剥ぎにあって、しかも関係を迫られてしまい断りきれなくて受け入れてしまって、そのまま行き場を失って最後には中国人が経営するチェーン店のスシ屋の支店長にされて就労ビザを持っていないことを指摘されてFBIに捕まってしまうのがオチだ。そうなってしまったら自分の人生は負のどん底だ。もう二度と純粋な心で青空を拝めないだろう。   

得意の被害妄想の嵐に耽っていた恭一だったが、ふと目の前にあったコーラ缶のダンボールが彼の目に入った。

「そういえば」

 アメリカ人はコーラが大好きだ。彼らの狙いは僕の背中の「kick me(僕を蹴って)」。だがしかし、人間という生き物は自分の好きなものは簡単には蹴ったりできないだろう。日本にいたころの歴史の授業で習った踏み絵の話を思い出す。好きなものや信仰を誓っているものをないがしろにすることは人間は生理的に拒否してしまう傾向にある。もし僕の背中にコーラの絵があったら、彼らはきっと蹴ることをためらうだろう。いや、むしろありがたいと思って、追いかけるのをやめて平和的にコーラを飲みに行くかもしれない。そして図らずともボクはコーラの売上に貢献したとして、数パーセントのマージンをもらえるんじゃないだろうか。絶体絶命のピンチをチャンスに変えるとはこのことだ。

「よし。これならいける」

 長い妄想、長い思考の末、さっそく恭一は作業服とパーカーを脱ぐ。

しかし次の瞬間、背中を思いっきり蹴られた。

 時間が止まったかのように一瞬宙に浮いたかと思うと、すぐさま地面に転げ落ち、半回転してうつ伏せに倒れた。さらに背中に足を乗せられ写真を撮られる。

「これでよし。景品は俺のものだ。軽いもんよ」

 蹴った相手は満足したかのようにその場から去っていった。

 パーカーを脱いだ恭一のTシャツには、蛍光塗料で「kick me.More(もっと蹴って)」と書かれていたのである。

 



「約束の景品だよ」

「おう、サンキュー。うわ、マジでビッグサイズバーガーが無料で食えるじゃん!やったね!ピクルス抜きにしてもらって、かわりに肉増やしてもらおうっと」

「なるほど、その手もあるね。今後の参考にしよう」

 ビッグサイズバーガー無料券をもらった相手が去っていくのを見届けながら、ジェームズはそのようにつぶやき、トムが座っているベンチに腰掛ける。

「あのジャパニーズにも、この学園のエキセントリックな一面を体感できたと思うぜ。前から目についていたんだよなー。あの留学生」

 トムは満足した様子でそう語る。

「きっと彼にも、トムの『日常のちょっとしたサプライズ』が伝わったと思うよ」

「やっぱそうだよな!オレってホント最高だよな」

 トムはそういってベンチから立ち上がって陽気な様子でダンスを踊り始めた。

「あー、ところでジェームズ。景品は2枚あったよな?もう1枚はどこにやった?」

「それもちゃんと考えてあるよ、トム。ボクは君のアイデアを無駄にしたりはしないよ」

「おー、そうか!」

「今ごろ、ほかの誰かの背中にも例の文字が書いてある。SNSといのは便利だよね。あっという間に情報が拡散するんだからさ」

「あれを書かれたやつにはきっと最高のサプライズが待っているだろうな」

「ほんとうにそう思うよ」

 ジェームズがどこか不気味な笑みを浮かべていることにも気づかず、トムはハンバーガー食いに行こうぜといいながら歩き出した。

 そこへ凄まじい助走つけてきた男子生徒に、トムは思いっきり背中を蹴られる。

 トムは一瞬時が止まったかのように浮遊し、すぐさま地面に転げ落ちて半回転してうつ伏せに倒れ込んだ。そして背中に足を乗られて写真を撮られる。

「約束の景品だよ」

 ジェームズがトムの頭上で授賞式を行っていた。

「おう、サンキュー!やった、マジでタダでハンバーガー食えるじゃん!しかもビッグサイズ!これって中身全部ピクルスにできたりするのかな」

「たくさん余っているみたいだからお店の方は大歓迎だろうね」

2枚目のビッグサイズバーガー無料券をもらった相手が去っていくのを見届けながら、ジェームズはそのようにつぶやき、トムがさっきまで座っていたベンチに腰掛けるのだった。

 アメリカ人が日本人よりも陽気でバカ騒ぎが好きだという節があるが、いうまでもなくそのとおりである。彼らはこころのどこかでハプニングを求めているのかもしれない。




 連載していこうと思っていますので、気になった、あるはすこし興味をもった、という方はとりあえず3話まで読んでみてください!現在筆者が珍しくやる気を出して書いているところなのでwわたしも読んでみたんですが、けっこう面白いと思います!w普段は本を読まないのですが、なかなかテンポよく読めましたね。

 なるべく早く掲載したいと思っていますので、今後ともよろしくおねがいします!

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