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合鍵  作者: 望美
本編
9/14

8






結局、葵は一睡も出来ないまま翌日の朝を迎えた。

幸いにもその日は土曜日で、大学に朝から行く必要はないが、夕方からアルバイトが入っていた。


一晩中考えても、答えの出ない問いがまだ葵の中でぐるぐると回っているが、いまはとにかく休息することが最優先だと考えた葵は、今日はアルバイトまで眠ることにした。



(…シャワーを浴びたら、咲に連絡しておかなくちゃ。)



葵は軽くシャワーを浴びたあと、咲に昨日の謝罪と無事に家に帰れた報告をメッセージにして送り、そのまま力尽きたかのように深い眠りに入った。








スマホのアラームで目を覚ますと、画面にはメッセージが届いていると通知があった。

葵はまだぼんやりとした頭でアプリを開くと、咲からの返信メッセージを読んだ。


内容は、先ほどの葵のメッセージに対して気にしなくて良いという一言とともに、明日の午後に時間が空いていないかとのお誘いが添えられていた。



(…明日のバイトは確かランチタイムだけだったな。)



アルバイトのシフトを確認した葵は、余裕をもって16時頃からなら空いている旨の返信を送ると、アルバイトに向かうための身支度を整え、家を後にした。




葵はぼんやりとしながら駅に向かって歩いていた。一度寝てしまったら、昨日のことがまるで夢だったかのように感じる。

駅に向かう人だかりの中にいると、自分がこのままいつもの日常に溶け込んで行ける気がした。



(…そうしてしまえたら、楽なのに。)




ふとした瞬間に誠の顔が浮かんでは、あれは現実だったと葵に知らせてくるのだ。


懇願するような誠の表情が、葵をはやく、はやくと急かしているようなのに、明確な答えは未だに出ていない。



(誠は一体何に気づいて欲しいの?)



葵は、昨日から何度となくした問いを、また頭の中の誠にぶつけるのだった。





―――――






葵のアルバイト先は駅前のカジュアルなイタリアンダイニングで、特に今日のような土曜日の夜はカップルや女子会などで賑わうことが多い。

さらに今日は団体客も入っているようで、忙しくなることが必須だった。

葵は他のことを考える余裕もなさそうなことにどこか安堵しつつ、目の前の仕事に集中しようと息を巻いた。





予想通りディナータイムに入ると店は混雑してきて、葵は止まないオーダーを取るために店内を駆け巡っていた。



「すいませーん!オーダーいいっすか?」


「はい!ただいまお伺いします!」


葵は急いで呼び止められたテーブルに向かうと、珍しく男性客のみで飲みにきている二人組であった。



「えっと、マルゲリータひとつと、あとビールふたつ追加で。」


「はい、かしこまりました。マルゲリータと、ビールを」



葵がオーダーを復唱していると、ずっと突っ伏したままだったもう一人の男性客が突然顔を上げた。



「おねぇさん!おれは、ちゃんとずっとあの子にサイン送ってたんすよっ!!なのに、なんで女の子って気づかないかなぁ!」


「おい、お前ちょっと飲み過ぎだぞ。すいません、こいつちょっとプロポーズ失敗して荒れてて。やっぱ、ビールひとつとお冷下さい。」


「…かしこまりました。マルゲリータとビールとお冷をひとつずつですね。」



まるで自分のことを言われてしまったような気分になった葵は、慌てて注文を復唱しすぐにその場を離れた。








葵の上がり時間が近づいてくると、店内もいくらか落ち着いてきたため、時間通りに帰路に着くことができた。


来るときよりも多くなった駅付近の人ごみにのまれながら、葵はずっと引っかかっていたあの男性客の言葉を思い出していた。



(もしかして、誠もずっとサインを送っていたのかもしれない。)



そう思いながら、葵は最近の誠の行動を思い出してみようと、ひとつひとつ記憶を辿った。



(…あっ、合鍵。)




昨日の夜の出来事があってから、また忘れかけていたものの存在を思い出した。

思えば、葵はあの合鍵を渡されたあたりから、誠の言動が理解できないことが多くあった。




(…誠の気付いて欲しいことと、あの合鍵にどんな関係があるんだろう。)




この答えの出ない問いから抜け出すキーを見つけた気がしたが、まだ『合鍵を渡した意味』を理解できていない葵に答えを出すことは出来なかった。



結局何の進展もないままに自分の部屋に着いた葵は、心身ともに疲れ果てていたせいでいつの間にか眠ってしまった。





―――――





カーテンから入る日差しで目を覚ました葵は、そのまま眠ってしまっていたことに気付くと、手元にあったスマホで時間を確認した。

時刻は午前9時半をまわっていて、今日も11時からアルバイトが入っていたことを思い出すと、葵は急いでシャワーを浴びることにした。





バタバタと家を出てアルバイト先に向かっていると、葵のスマホが着信を告げた。確認すると、発信先は薫だった。



『もしもし、葵?いま、ちょっといい?』



「なに?どうかしたの!?」



薫の少し焦った様子に、葵は慌てて答えた。



『えっと、今日ってバイトあったりしないよね?』



まるでない方が良いような聞き方をした薫に引っかかったが、葵はまさに今向かっているところだとを伝えた。



『…そっか。…あのね、今日ちょっと人と行くことになるかもしれなくて…』



「そうなの?うちの店、美味しいからオススメだよ。ランチタイムなら私が接客してあげるね。」



どこか躊躇している様子の薫だったが、諦めたように、じゃあランチに行くわね、と言って通話は切れた。



(…なんかお姉ちゃんらしくない電話だったなぁ。)



いつもと違う様子の薫が少し気になったが、そろそろ本格的に遅刻しそうになっていることに気付いた葵は、アルバイト先へと急いだ。






ギリギリ間に合った葵は、急いで着替えると店内へと出て行った。

まだピークの少し前なので、店内にはポツポツと客が入り始めたくらいであった。


まだ余裕のある葵は、今日店に来ると行っていた薫のことを思った。



(…一昨日のことばかり考えていたけど、もうお姉ちゃんはあの告白の返事をしたのかな?)



誠と薫が付き合い始めても、誠への気持ちを持ち続けようと決めた葵だったが、その事実を目の当たりにすれば、しばらくは平静ではいられないかもしれない。



(もしも、今日お姉ちゃんの口から、誠に関することが出てきても平静を装えるように心の準備をしておこう!)



そう心の中で固く頷いた葵は、他の客のオーダーをとりながら薫の来店を待った。






「いらっしゃいませ。」



正午をまわりピークに入って混雑してきた店内に、また来客を伝える音が響くと、葵は振り返って元気よく挨拶した。




「葵っ。さっきは突然ごめんね。」



葵はそう言いながら入ってきた薫に笑顔で頷くと、横に目線をずらした。隣には薫よりいくつか歳上と思われる顔の整った男性がいて、笑顔でこちらに会釈していた。


てっきり女友達とでも来るものだと思っていた葵は少し動揺したが、会釈を返して二人を窓側の席に案内した。






その日は近くでイベントがあったようで、いつも以上に混雑していたため、一時間半が過ぎても葵はなかなか薫に話しかけるタイミングが見つからなかった。

それがわかった様子の薫は、会計のタイミングでそっと葵に話しかけてきた。



「もうすぐバイト終わるのよね?その後、少し時間もらえないかな?」



「16時から予定あるから、少しならいいよ。今日なんか忙しくて、話す時間もなくてごめんね。あと30分くらいしたら上がれると思うから少し待っててもらえる?」



「じゃあ、隣のカフェにいるね。」



そう言った薫は、連れの男性と一緒に隣のカフェへと歩いて行った。



(あの人も一緒なのかな?…一体誰なんだろ?)



誠以外の男性と親しげにしていた薫に少し不信感を抱きながら、葵は引き続き仕事に戻った。








葵はアルバイトを終えて、簡単に化粧直しをすると隣のカフェへと向かった。

窓越しに二人の姿を見つけると、薫も気付いたようでこちらに手を振っていた。


葵が二人の席までくると、男性と向かい合わせに座っていた薫が男性の隣に移動して、向かいの席を空けてくれた。


店員にカフェラテを注文すると、三人の間に沈黙が流れた。





(…一体、これはどういう状況なんだろう?)



葵は、なぜ自分が薫と知らない男性を目の前にカフェにいるのかわからなくなってきた。



「えっと、」



このよくわからない状況に、沈黙を破ったのは薫だった。

それを見ながら隣の男性はニコニコしている。


葵は静かに薫の言葉の続きを待った。



「この人、は、今私が働いてる会社の先輩の、藍川 透(あいかわ とおる)さんっていって、」



何故か言いづらそうに隣の男性の紹介をし始めた薫を不思議に思いつつ、なんだ会社の先輩か、と葵は納得した。



「…で?なんだったっけ?」



続きを言いよどむ薫に、隣の透はニコニコとした笑顔のまま意地悪そうに続きを促した。

その様子をみた葵は、二人の空気が先輩後輩のそれとは違うことに気付いて、また不信感を募らせながら薫の続きを待った。









「…いまお付き合いしてる人ですっ!」



ヤケになったように言い切った薫の言葉に、葵は言葉を失った。






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