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合鍵  作者: 望美
本編
6/14

6





予想外の人物の登場に、葵は翔にかけようとしていた言葉を飲み込んでしまった。






(…なんで誠がいるの!?)



動揺している葵をよそに、駆け寄ってきた他の上級生によって、翔は赤くなってしまった患部を冷やすために連れていかれてしまった。




その場に残された葵と誠の間に、沈黙が流れた。


しかし、誠はまっすぐに葵の方を見ていた。

その視線に耐えられず、先に沈黙を破ったのは葵だった。




「…なっなんで誠がここにいるの?…テニスは中学で辞めたんじゃなかったっけ?」


慌てて葵の口から出た言葉は、純粋に疑問に思ったことであった。

中学入学のときに一緒に始めたテニスだったが、誠は高校に上がるとともに、もうテニスはいい、と言って辞めてしまったのだ。

誠の正確で無駄がないプレーが純粋に好きだった葵は、とても残念に思っていた。






「なんで今朝起こしてくれなかったの?」



しかし、葵の質問をまるっと無視した誠は、質問に質問で返してきた。

相変わらず自分の言いたいことだけ言う誠に呆れてしまった葵であったが、自分の避けていた話題を出されてしまい、視線を反らした。



「…昨日は深夜までバイトって言ってたから、起こすの悪いと思って。」



我ながら自然な言い訳ができたと思った葵は、ここで会話を切り上げて咲のもとへ行ってしまおうと、じゃあね、と口に出そうとしたところで、誠に阻まれてしまった。





「これ、置いてあったんだけど。」



そう言った誠の手には、今朝がた役目を終えたはずの合鍵が乗せられていた。

いつもの無表情のなかに、珍しく怒りの色を含んでいることに気付いた葵は、しまった、と己の行動を後悔した。





(さすがに、直接渡されたものを、なにも言わずに返したのはまずかったかな…)



誠の怒りの真意はわからないが、とりあえず謝罪をした方が良さそうだと判断した葵は、恐る恐る口を開いた。



「…ごめん、なさい。」





「それは、渡した意味がわかった上での答え?」





「…え?」



葵はまた誠の言っていることがわからず、固まってしまった。

誠が『合鍵を渡した意味』など、初めからわかっていない。






(…誠は何か意味があって、私に合鍵を渡したの?)



ますます疑問が深くなってしまった葵は、混乱して頭が真っ白になってしまった。


そんな様子を見ていた誠は、葵の手のひらにそれをバシッと置くと、無理矢理握らせた。



「わかってないんだったら、それは葵が持ってて。」



葵はまた手元に返ってきたそれをしばらく見つめていた。

しかし、誠の言う『合鍵を渡した意味』など、到底わかるはずもなく立ち尽くしてしまった。


また二人の間に沈黙が流れたが、今度は誠がそれを破った。






「…あと、このサークルは葵には向いてないからやめたほうがいい。」


それだけを言い残すと、誠は元いた方向へと歩いて行ってしまった。




また自分の言いたいことだけ言って去ってしまった誠の後ろ姿を見ていた葵は、頭が回り始めると、ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。




(…あんな言い方じゃ、わかるもんもわからないよっ!どうしてわかってない私が悪いみたいに責められないといけないのよ!?)



葵のなかで一度沸騰してしまった怒りは鎮まることなく、さらに増幅していくばかりだった。



(それに、合ってないとか変な理由でっち上げて、なんで私のことまで指図されないといけないわけ!?)






(あんなやつに、揺さぶられてる自分がばかみたい…。)



葵は考えることを放棄し、待っているであろう咲のもとへと急ぐことにした。





――――――





少し離れたところから見学していた咲のもとへ向かっていると、葵が見えたあたりで咲が慌てた様子で近づいてきた。



「葵ちゃん、大丈夫!?」



見学していた場所から葵のことが見えていたようで、咲は心配そうに様子を伺っていた。

たぶん翔にボールが当たった場面を見て言ったのだろう、と思った葵は心配を煽らないようにと笑顔で答えた。



「ちょっと腫れてはいたけど、大したことなさそうだったよ。」



「…あっ、いやそうじゃなくて、あの先輩…」



何かを言いかけようとしていた咲だったが、葵の後ろから歩いてきた人物が目に入って口を閉ざした。



「高坂ちゃん、急にいなくなっちゃってごめんね。」



突然後ろから話し掛けられた葵はびくりとしたが、振り替えると翔が立っていて、慌てて口を開いた。



「いえ、気にしないでください!…足はまだ痛みますか?」



「すぐ冷やしたし、もう大丈夫だよ。テニスではよくあることだしね。」



そう言って湿布を貼った患部を動かしながら笑顔を見せた翔に、葵は誠のことを咎めていないことがわかり、安堵した自分に気付いてしまった。





(……あんなやつ、どうでもいいんだった!)



つい誠のことを考えてしまい、また怒りが沸いてきてしまった葵は、隣でなにか話している翔の言葉を聞き漏らしてしまった。




「………んだけど、高坂ちゃんたちもどうかな?」



「えっ、あっ、はい。」



聞いていなかったことをごまかすように返事をしてしまった葵に、じゃあ後で、と翔は満面の笑みで答えて去っていった。

一体なんのことだろうとポカンとしている葵の隣で、咲は呆れたようにため息をついた。




「なんか、このあとサークルの新歓コンパがあるんだって。行くことになっちゃったみたいだけど、いいの?」






―――――






葵と咲は、大学から歩いてほど近い大衆居酒屋に来ていた。

上級生について二階に上がっていくと、100人以上は入ると思われる広い掘りごたつ式の個室に案内された。今日はここを貸し切っているようで、いつくか長机が並んだ席で、すでに集まっていたたくさんの学生たちが談笑している。


訳もわからず返事をしてしまっただけだった葵だが、特に予定は入れていなかったし、憂さ晴らしをするにはいいかもしれないと思ったのだ。


もしかしたら、先ほどテニスコートにいた誠も参加しているかもしれないと頭をよぎったが、ここで参加を辞めてしまえば誠の言うことを鵜呑みにしてしまったように思えて癪だったのだ。



(…合わないかどうかなんて、自分で決めるっての!)



「葵ちゃん、こっち空いてるって。」


また怒りが湧き上がりそうになった葵は、咲の呼びかけでハッと我に帰った。



(…いっぱい食べて、誠のことなんかきれいさっぱり忘れてやるんだから!)



今朝がた胸焼けをおこしていたことなどすっかり忘れた葵は、やけ食いすることを決意した。





時計の針が7時を指したころ、ポツポツと空いていた席が埋まっきたのを見て、個室の中央で翔が乾杯の挨拶を始めた。

新入生に対して見学に来てくれた礼を述べて、未成年は飲酒をしないように呼び掛けた後、部屋中に乾杯の音頭が響いた。




新歓コンパも中盤に差し掛かると、部屋中のざわめきが更に増し、至るところで騒ぐ声が聞こえていた。

葵たちの座った席は通路に接していたせいか、まわりは常に人が行き交っていて、向かいに座っていたはずの上級生もいつの間にかどこか別のテーブルに行ってしまったようだった。

そんなことはまったく意に介さず、葵は次々と出てくる料理にどんどん箸をつけていった。



「葵ちゃん、私ちょっとお手洗い行ってくるけど…」



咲は何かを心配するようにあたりを見回しながら言ったが、葵はからあげを頬張りながら、いってらっしゃーいっと手を振って送り出した。


口にいれたからあげを咀嚼しながらぼんやりと咲を待っていると、後ろから急に誰かに抱き締められて、思わずからあげが口から飛び出そうになってしまった。





「高坂ちゃん、みーっけ!」



そう言われて振り替えると、少しアルコールを帯びた様子の翔の顔が目の前にあった。

驚いた葵は硬直してしまい、その隙に肩に腕を回したまま翔が葵の横に腰を掛けた。



「どう?楽しめてる?」



「…あっ、はい。ごはん美味しいです。」



「そっか、よかった、よかった!」



あまり会話は成り立っていなかったが、ほろ酔いの翔は上機嫌でにこにこと笑いながら葵を見ていた。

葵はあまりの近さにどうしたら良いのかわからないまま、話続けている翔に相槌をうっていた。

この状況をどうにかしたかったが、実家で酔っぱらいのおじさんたちの相手はしていても、若い男性のあしらいかたなど葵が知るよしもない。



(…咲ぃー!早く帰ってきてぇー!)



頼みの綱である咲もお手洗いが混んでいるのか、まったく帰ってくる気配がない。



「高坂ちゃんってほんと、かわいいよねぇー。」



葵は、さっきからやたらと褒め称えてくる翔に曖昧な返事をかえしながら、助けを求めるために辺りを見回した。

相変わらずガヤガヤしている周りは、誰も葵たちなど気にしている様子もなく、我慢するしかないかと諦めかけたときだった。





カチンっと視線がぶつかった先には、こちらをじとっと見つめる誠の姿があった。




(…よりによって、こんなときにっ!)




誠がこの場に来ているかもしれないことは想定していたが、気付かれるタイミングとしては最悪だった。




(…いま、困ってる素振りを見せたら、だから言っただろうって思われるっ!)




意地になっていた葵は、それだけは避けようと飲み物を探していたふりをして、近くにあったビールジョッキをつかみ、入っていた茶色い液体を一気に飲み干した。





「…えっ!高坂ちゃん、それっ、ウーロンハイっ…!!」



翔が驚いた様子を見せると同時に、葵の口の中いっぱいにアルコールの香りが広がった。

イッキ飲みしてしまったせいで、急速にアルコールが体に回ってしまった葵は、だんだんと視界がぼんやりとしてくるのを感じた。





(…なんか、ふわふわする…、よこになりたい…)



回らない頭で、どこか横になれるところを探そうと立ち上がった葵は、騒がしい個室を出てフラフラと通路を歩きだした。


気が付くと人気のない通路に出ていた葵の前に、ふっと人影が現れた。





「高坂ちゃん、大丈夫?…もし横になりたいんだったら、俺の家すぐそこだから、休んでいく?」



ずっと着いてきていたらしい翔の提案は、今すぐ横になりたい葵にとって魅力的なものに聞こえてしまった。






「えっ…いいんれすか…?」



「もちろんだよ、じゃあ行こっか。」



そう言った翔に、性急に腕を引かれた葵はがくんっと前のめりになって、転びそうになってしまった。






(…ああ、もうだめだ、こけるっ…)





そう思った葵は、突然強い力で後ろに引き寄せられるのを感じた。


されるがままにボスッと当たった何かは、大きくて、温かくて、ぎゅっと葵を包み込んでくれた。






(…なんだろ、あったかくて、いいにおい……きもちいいなぁー…)




完全にアルコールに支配された頭で、葵はその何かから離れないように自分の腕をまわしてぎゅっとくっついた。


何かがピクリと反応したのを感じたが、心地好くなってしまった葵は徐々に意識が薄れていくのに抗えなかった。











「そういうことなんで、すいません。」




遠のく意識の中で、誠の声が聞こえた気がした。






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